帰省 パート1
第一章 その一
一日の始まりがポストの確認から始まると言っても過言ではない。
現在位置はベッドの上。むくりと起きると、寝ぼけ眼のままのそのそとマンションの扉の方に向かう。
例にならって、扉に併設されている郵便受けを確認するとそこにはたわいもない郵便物ばかりだった。
水道工事の広告や、キャバクラのチラシなど、同じ広告が数枚入っていた。
ノルマがあるのかは知らないが、ゴミになるので是非止めてもらいたいものだ。
パラパラとめくりながら確認しつつ、まとめて捨てる。それを繰り返していると危うく公共料金の請求書まで捨てそうになった。
ハサミを使うことなく、封筒の上部を手でちぎる。そこにはこうあった。
本納入通知書を持参のうえ、裏面の納入間書でお支払いください。上下水道料金の納入についてのお問い合わせは、表記のお問い合わせまでお願いします。
○○○県○○○市○○○町
○○○番○○○号
相馬和人 様
水道料金 2,872円
汚水排除量 16㎥
下水道 1,979円
合計 4,851円
「約5,000円か。痛いな」
和人は紙面を封筒に戻すと、自室へと歩を進めた。誰にいない空間に和人の足音だけがこだましている。
マンションの扉から直進し、最初に右手に見えるのがキッチン、その奥にユニットバス。そして、さらに直進すると寝室兼リビングダイニングがある。そういう間取りだった。要するに、ワンルームマンションということだ。
本日より、和人は有給休暇を消化するために、四日間のお盆休みをもらっている。これだけゆっくりできているのは、そのためだった。
テーブルに封筒を置き、カーテンを開けると朝の陽光が室内に差し込む。薄暗かった室内に陽が差し込むことで、部屋に中にあらわになった。
和人は、そのあられもない状態に溜息しか出ない。
「片付けてからにするか・・・・・・」
そう言いつつも、和人は徐に服を脱ぎだした。決して、いやらしい行為でない。たんに、シャワーを浴びるためであった。
側に設置されている洗濯機に脱いだ服を入れ、その足でバスルームへと踏み入った。
「うっ」
足裏の不快感が全身に巡る。
ここ何週間か風呂掃除というものをしてこなかった末路であろう。
踵歩きになりながらも、そそくさとシャワーを済ます和人。
そして、出たタイミングで全裸のまま洗濯機を回し、その辺に放置されていた服を手に取った。
室内には真夏特有のむっとした熱気が充満している。和人は、窓を開けるかどうか一瞬迷ったが、開けてたところで涼しくならないのは明白だ。なので、速やかにエアコンのリモコンを手に取った。
起動音がなり、ファンが回り出す。ともすれば、送風口から心地好い冷風が全身を撫でた。
「ああ、涼しい。これぞ文明の力」
大手を広げて風を感じる和人は、しばらくの間天上界に召されていた。
「おっと、こんなことをしている場合じゃなかった」
和人は我に返り、気を取り直して部屋の掃除を開始した。取り敢えず床に散乱しているものをテーブルとソファーの上に置いて、掃除機をかける。
その後に、テーブルとソファーの上に仮置きしていたものを仕分ける。これはここで、それはここ。そんなふうにすること十数分。やっと全てのものが収まり、引っ越してきた当初の姿となった我が部屋。
これがあるべき姿と言わんばかりに、和人はうんうんと頷いた。
「よし次」
和人は目と鼻の先である風呂場へと向かう。ゴム手袋をはめ、シュッシュッと洗剤を吹きかけてスポンジで床を磨く。すると、白かった洗剤がみるみる内に赤色へと変色していった。
「こんなところで身体を洗っていたのか・・・・・・」
和人は一層手に力が入る。それはもう、床が磨り減るぐらいに。
和人は、フウッと一息吐いた。額からスーッと一筋の汗が流れ落ちるのを袖で拭う。限界に達していた腰を労りながら、ゆっくりと立ち上がりながら言うのだった。
「次は浴槽か」
イタタタと呟きながら浴槽の中に入った。やはり、床と同じように排水溝の縁に水垢が見受けられる。
和人はそこを重点的に磨き、シャワーで洗い流した。徐に浴槽を人差し指で擦ってみる。
こぎみよいキュッキュという音がバスルームに響いた。
そして、和人はあることに気付くのだった。
「しまった。トイレを先に掃除するべきだった」
誰に言うわけでもなく、ボソリと呟く和人である。
しかしながら、自身の過ちに嘆いたとしても尻を拭ってくれる相手などいるはずもなく、結局はトイレ用の取っ手がついたスポンジを手にするのだった。
便器を磨き、便座を専用のシートで拭く。経過時間約10分。
これで風呂場の掃除は完了である。もうここまで来ると大掃除も大詰めだった。最後に、洗濯機のなかのものを畳めば終了だ。
和人は道程途中にある洗濯機から洗濯物を回収し、リビングダイニングへと向かう。
冷房の効いた部屋。再び昇天してしまうのを堪えてつつ、抱えている洗濯物をソファーの上に置いた。その近くに腰を据えると、早急に畳み終えた。
和人はデスクの卓上型時計に目を向ける。間もなく正午を過ぎようとしていた。
「12時か。帰る準備でもするか」
せっかく据えた腰を再び持ち上げるのは運動不足の和人にとって、かなりの労力である。
立ち上がる際、不意によっこいしょと口からこぼれるのを、若干のジジ臭さを感じつつも帰省の準備を始める。
と言っても、特別なものを持っていくわけではないので、ショルダーバッグに貴重品を入れるだけで事は済むのだった。
バッグを肩にかけ、部屋を見回し最終確認をする。
「クーラーよしっ、コンセントよしっ」
キッチンに移動する。
「火の元よしっ。確認終了。行くか」
玄関まで行き、腰を下ろす。
「よっこいしょ」
言ったそばからこれである。まったく、手に負えない。
和人は肩を落として、自宅を後にするのであった。