050 亡者の迷宮2
「どこかでお会いしましたか?」
なぜ生きているのかと問いかけてくる理由は自分の死を見たことがあり、復活を見たことがないのだろうと伊作は思った。
しかし伊作は目の前のエルンストという人物に見覚えがない。
「最初に会った時、お前はハラワタがはみ出してたぜ」
「ハラワタ……あっ、ああーはいはい!」
そこで伊作は思い出した。
世界がこうなった初日、甲殻類のようなモンスターにノコギリで腹部を切り裂かれてもう助からない状態になっていた時、誰かが手を握ってトドメを刺してくれた者がいたことを。
「思い出しました、あなたは僕が死に掛けていた時に介錯してくれた人ですよね?」
「そのつもりだったがちゃんと殺してやれてなかったみてェだな」
「そんなことありませんよ、僕が初めて死んだのはあの時ですから」
とても意味不明なやり取りだが、その会話から伊作が不死身だということを少しだけ信じたアンゲーリカは間に割って入る。
「とりあえず剣をおろしてくれるかい?」
「てめェらが敵じゃないことを証明したらな……と言いたいとこだが生憎そんな暇はなさそうだ」
エルンストは向けていた剣を肩に乗せて伊作とアンゲーリカの後ろを指差す。
二人の後方にあった巨大な建物の大扉から複数体の亡者が姿を現した。
「ここでじっとしてろ」
人差し指で地面を指すジェスチャーをしながら亡者たちの方へ散歩でもするかのように歩いて行く。
その背中を見送る伊作は一つの疑問が思い浮かぶ。
「アンゲーリカさん、あの人は止めないんですか?今まさに危険を冒そうとしていますよ?」
「ああ……強襲部隊は伊作と違って遊び感覚で武器を持ってる連中じゃないからね」
ズバァン!
不意に聞こえた轟音を一瞬銃声の類と勘違いをしたが、すぐにそれはエルンストが発した音だと気づく。
(なんだあの動き?)
轟音が出ると同時にエルンストが普通の現代人である伊作ではほとんど目で追えない速度で移動。
その勢いで亡者の一体の首をすれ違いざまに落としつつ最後尾の亡者を蹴り飛ばす。
蹴られた亡者は十数メートルも吹き飛ばされ、明らかにただの蹴りではないことがすぐに分かる。
「なんなんですか強襲部隊って……」
大剣を流れるように振り回しながら高速移動するその様は地球における人間という生物を逸脱している。
「帝国騎士団は基本的に迷宮が発生したら周辺の人の避難や保護をする役割を持つ騎士がほとんどでゲルルフとか漁村の騎士はみんな警備隊って感じ」
アンゲーリカは持っている槍の柄の部分を指差す。
「そんな騎士団の中で唯一迷宮に突っ込む役割を持つのが強襲部隊、騎士団って組織のこの部分さ」
そう言いながら槍の先端を指差し、伊作はその説明で軍の特殊部隊的なものだと認識した。
轟音を出しながら立体的に飛び回ったり相手を飛ばしたり剣を振り回したり、常人なら骨折する勢いで着地しても問題なく動き回る様を眺めながらアンゲーリカに質問を続ける。
「部隊ってことはあんな人が他にもいるんですか?」
「いるみたいだけど詳しくは知らない、あたしが知ってるのは移動がうるさいって有名なエルンストを含めて三人だけだから」
騎士団の強襲部隊について聞いている間に大扉から現れた亡者は全て倒され、まるで準備運動をした後のように軽い足取りで伊作たちの前まで歩いてくる。
「もしてめェらが敵なら俺が亡者と戦ってる隙を狙って攻撃しただろうな……ってことで今は気にしないでやるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
そんなことがエルンストの敵でない証明にはならないが、伊作に敵意を感じられないことと自らの力に自信があるため脅威とは思えなかった。
「つーわけで俺ァ先に行くぜ、てめェらは亡者が出たら逃げるなり戦うなりしてとにかく生き延びろ、俺がここのボスをぶっ飛ばしてやる」
エルンストにとって二人の戦闘力が未知数であることに加えて初対面と上手く連携できる気はしない。
それならば一人で身軽に素早く迷宮を消滅させるのが最善だと考えた。
「ちょっと待った、一つ聞いてもらいたいことがある」
「なんだよ?」
「あたしたちの目的はこの迷宮に入った子供……腕に枷を付けた狐みたいな獣なんだ、もし獣を見つけても攻撃しないで欲しい、最悪でも殺さない程度に留めてくれないかな?」
「ふーん……よくわかんねェがわかったよ、そういうことなら俺の後をゆっくりついて来い、運が良けりゃ会えるだろうよ」
エルンストは躊躇なく一人で大扉に入って行き、すぐにその姿は視界から消えた。
再び何度か轟音が聞こえて少し経ってから伊作とアンゲーリカは歩き出す。
「僕たちも行きましょう」
「ああ、傍を離れないでね」
大扉から施設の中に入ると中には亡者などのモンスターが一体も見当たらなかった。
(こりゃあ俺が戦える機会はないかもしれんなぁ……)