049 亡者の迷宮
「そんじゃこれ借りるね」
「ああ、ここの連中は任せろ」
アンゲーリカは美音を漁村内に送り届けた後に騎士の一人に短槍を借り、ダーグルやコレットなどの知り合いの非戦闘員の避難と護衛を頼んだ。
騎士は子供が迷宮の方へ行ってしまったので迎えに行くと言うとあっさり請け負ってくれた。
(クレナイちゃんに憑依していたあの獣、消失した時代に関するとされていた資料に載っていたあの怪物によく似てた……)
昔の記憶を思い出しつつ迷宮へ向かって進むと周辺では騎士たちが灰の亡者と戦っていた。
亡者には恐れと痛みが存在せず、それぞれが訓練を受けた兵士としての技量を持ち合わせており何度倒しても迷宮の周辺から復活してしまう。
一方で騎士の装備はほとんどが魔法の付与が施されていて訓練と実戦経験も優れているが、死ねばそれっきりで疲労は溜まり続ける。
(騎士は時間を稼ぎつつ非戦闘員を漁村のボートで脱出させてそれが終わったら全員で戦線離脱、あたしはそれまでに迷宮の主を倒してクレナイちゃんを連れ帰る……うん、無茶だなこりゃ)
成功する自信はないが、自信のなさが行動に結びつかない性格故に臆せず走り出す。
迷宮に近づくにつれて亡者が増え、やがて無視して通り抜けられないであろう箇所が見える。
(盾を持っていない奴を倒して突破するか)
槍に魔法を付与しながら定めた標的に向かって全力疾走。
「うおおおおお……お?」
しかし声をあげながら突貫しようとしたところで奇妙な音が聞こえて右に視線を向ける。
「なんだあれ」
(あの槍持ってるのは青い服着てるからアンゲーリカか)
岩沢と正田とは合流したが安全のためソルヴィと共にスーパーに留まらせ、動かせる状態だった自動車を一台借りて漁村まで運転してきた伊作は迷宮の入り口とそれに挑もうとしているアンゲーリカを発見。
「オンリーユー」
迷宮の方へ向かってアクセル全開で発進。
自動車が邪魔な亡者を全力で跳ね飛ばしながら進むその光景は、車から流れる穏やかな曲に似つかわしくないものだった。
(一度車で人を撥ねてみたかったんだよな、まあコイツらはモンスターだけど人型で動くから似たようなもんだ)
願望を叶えるために亡者を撥ね飛ばすが、亡者の装備する鎧や武器などによってボンネットやフロントガラスが傷付きタイヤに穴を開けた。
数体の亡者は撥ねられた衝撃で機能を停止、消滅するが漏れ出した螺旋煙は迷宮の入り口へ流れ込んで行く。
(ゲルルフに聞いた通り迷宮から出たモンスターは殺しても螺旋煙の入手はできないか)
アンゲーリカの近くに来たところでドアを蹴破って車から降りる。
(思ったより爽快感なかった、地面が舗装されてないから速度が微妙だし)
「どうも、なんだか大変なことになってますね」
「色々聞きたいことはあるけど今はいいや、それよかちょっと面倒なことになっててね」
「はい?」
アンゲーリカは迷宮が出現してからクレナイの身に起こったことなどを手短に説明。
伊作はクレナイに憑依している狐のような獣が迷宮に入ったことを知る。
「なるほど、では行って来ます」
「待て待て話聞いてた?迷宮に入るってだけでも危険なのに元に戻す方法もわからないクレナイちゃんの獣を相手にするんだぞ?」
「危険は承知していますよ、しかし迷宮を放置してもいいことはありませんし、クレナイさんがどんな状態であれ会ってみないことにはどうしようもありませんので」
「言い方が悪かった、危ないからガキは引っ込んでろって言えば分かるかい?」
後ろ腰の拳銃を抜いて迷宮の入り口へ向かって歩く伊作とそれを引き止めるアンゲーリカ。
危険に飛び込みたいがために適当なことを言う伊作と危険に向かわせたくないアンゲーリカのやりとりが続き、次々と復活する亡者に囲まれたところで二人は敵陣の中にいたことを思い出す。
(こんなところで話してりゃあこうなるわな)
伊作はこれ以上ここに留まってアンゲーリカの小言に付き合いたくないと思ったので迷宮の入り口へ走る。
それに続いてアンゲーリカも走るが伊作を阻止することはできなかった。
(なんだこの迷宮)
目の前にあるのは病院などを思い出させる研究施設じみた巨大な建造物であり、異世界人の世界における文明とはかけ離れた現代的な建物。
「伊作!お前いい加減にしろよ!」
迷宮の中の光景を見て立ち止まり、その後ろ姿を発見したアンゲーリカが伊作の肩を掴んで振り向かせ、胸倉を掴んで顔を寄せる。
「あの……僕がアンゲーリカさんになんかしました?なぜそんな怒ってるんです?」
「あたしは気軽に迷宮へ挑む奴を見るのが嫌いなんだよ」
「はぁ?そんなことでわざわざ止めようとしたんですか?」
「そんなことってなんだ、命に関わる危険に飛び込む子供が目の前にいて止めない奴はいない」
(いやたくさんいるだろ……人間をなんだと思ってるんだこの人)
「大体なあ、お前がクレナイちゃんを心配して迷宮入ろうとしたならまだ納得できる、でもそうじゃないだろ?」
クレナイが獣と化していることを知る前から自動車で真っ直ぐ迷宮を目指していたのを見たアンゲーリカは伊作が邪な動機で行動していると感じ、事実それは的中していた。
(好き勝手言いやがって……)
だが伊作にとって例えそれが的中していようと的外れであろうと他人に自分の心情を指摘されるのはストレスの原因であるためアンゲーリカに対する苛立ちが増す。
「ちっ……だからなんだってんですか、動機がなんであれ漁村とクレナイさんの助けに繋がる可能性はあるでしょう」
「そんなついでみたいに助けられたってクレナイちゃんは傷付くぞ」
(よくもまあここまで知ったようなこと言えるな、人のことなんざ理解できるわけないってのに)
アンゲーリカとの会話に心底うんざりした伊作は胸倉を掴む手を振り払う。
「あークソが……いつモンスターが出てくるか分からないこの状況で説教じみたこと垂れ流してなんの得があんだ?あ?」
危険を冒す行為を咎めているにも関わらず状況に相応しくない感情的な言動への苛立ちがついに伊作の本性を暴いた。
「ああ……そうだね、確かに今はこんなことしてる場合じゃないな、ごめんよ」
「ったく……いったい俺にどうして欲しいってんだ」
怒りであっても初めて伊作が自分へ感情を剥き出しにしたことに少し安心を感じたアンゲーリカは一呼吸置いてから真っ直ぐ目を合わせる。
「絶対に傍から離れないで欲しい、なにがあっても守るからさ」
「はぁ……そうですか」
以前のアンゲーリカは危険を冒そうとすることを咎めつつも強引に止めようとはしない姿勢だった。
しかし今は明らかに違った態度をすることが不思議でならない。
(クレナイが関わっているから?それとも迷宮だからなのか?)
どういう心境なのか興味はありつつも今聞き出したいほどではないので有意義な話をすることにした。
「アンゲーリカさん、心配してくれるのは嬉しいですが僕を守る必要はありませんよ」
「おいおい、君がいくら自分の命を軽視したって――」
「そうではなくて、僕は不死身なんです」
今でも不死身であることを知られるのは可能な限り避けたい。
しかし燈一の場合は銃とその弾薬が戦闘力であるため伊作が不死身だと安易に言いふらすことはできず、アンゲーリカの場合は性格的に不死身だと言いふらさないと感じているし伊作が不死身なら安心して自分のことだけを優先してもらえると思っての判断。
(死んでも問題ないのに守られるとか煩わしいったらないからな)
「意味が分からないんだけど……」
「僕は死んでも復活するんですよ、実際に見たほうが早いですね」
伊作がノコギリで自分の首を切ろうとしたが、一切の躊躇いなく自害しようとする様子から思わずそれを阻止。
「本当に不死身なのかイカレてるのかは分からないけど本気で言ってるのはわかったよ」
「そりゃよかった、それじゃあ僕を気にせず、というか僕が先行します」
「それは駄目」
(なんだコイツ)
「死んでも蘇ることが気軽に命を賭ける理由に相応しいとは思えない」
そう言うアンゲーリカの眼差しは憐憫に似た感情が現れているように見えた。
どう返事をするか迷っていると、後方から何かが落ちる音が聞こえて二人同時に振り向く。
(こんなところでウダウダ話してるからモンスターが……あ?)
二人ともモンスターが現れたと思ったが、そこにいたのは赤い軍服を着た伊作とほぼ同世代と思しき少年。
手に持っている身の丈ほどある剣は鍔が片方欠けた先端が平たく刀身に謎の文字が彫られている。
「なんだてめェら先客か?」
「ああ、君は確か帝国騎士団迷宮強襲部隊の……えーっと」
「エルンストだ、よろし……おいてめェ」
アンゲーリカに対しては友好的な態度をしていたエルンストと名乗った少年は、伊作の姿を見た途端険しい表情になって剣を向けた。
「なんで生きてやがんだ」
「はい?」




