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048 創傷獣

「出て来たな」


漁村から真西に迷宮が出現しているのを発見してからすぐに迷宮の入り口周辺にモンスターが発生した。

最初に見えるのは頭頂部だけだったが、歩みを進める度に階段を上っているように地面から体が出てくるそれらは、赤黒い灰で形成された人型の物体に錆び付いた武具を装備させたような外見。


「灰の亡者か……しかしあの装備、少々古めかしいが我ら帝国騎士団のものに似ているような気がするのだが」

「確かに似てるけど油断しないようにな、迷宮から現れたってことは襲ってくるだろうから」

「ちょっと、どうすんのよ」


アンゲーリカもヘートヴィヒも美音に状況を説明することはないが、迷宮とそこから現れたモンスターと身構える異世界人2人の態度からとりあえず危険なことだけは理解できる。


「ヘートヴィヒ、これ借りるぜ」


そう言うアンゲーリカは返事も聞かずにヘートヴィヒの周辺の地面に突き刺さっている予備の矢を手に取る。

通常のものよりもはるかに長いその矢を握って義手を這わせると青白い蒸気のようなものが発生。


「おお、アンゲーリカは付与魔法使いなのか」

「付与魔法も使えるってだけの道具屋だよ、これ使ってあたしたちの移動を援護してくれ」

「たちって私も!?」

「非戦闘員は一箇所に固まってたほうが騎士の連中も動きやすいし、漁村ならボートで海から逃げられるからね」


解説しながら他の矢にも魔法を込め、地面に刺さっているすべての矢に付与を施し終えたアンゲーリカはクレナイと美音の手を掴んで漁村へ向かって走る。

その間ヘートヴィヒは弓矢を使って漁村へ進行する灰の亡者に攻撃。


「手を離して!走りにくいのよ!」

「君みたいなタイプはこうやって急かした方が早い!」

「意味わかんない!」


アンゲーリカに引っ張られる美音は走って追いつくのに苦労しているが、クレナイは体力的な問題はない。


「な、れ――」

「なんだい!?」


クレナイが何かを言っているが走っていることと声が小さいことが合わさって聞き取れない。


「離れて!」

「うわっ!?」

「ちょっと!?」


クレナイは突然大声を出しながら手を振り払ってアンゲーリカと美音を突き飛ばす。

突き飛ばされて地面に転がった2人は何事かと思ってクレナイを見ると、頭を抱えて苦しそうにしていた。


「クレナイちゃん?どうしたんだ?」

「来ないで……僕から離れて……寄るな、殺すぞ』

「え?」


さっきまで具合が悪そうに見えた華奢な少女は次第に落ち着きを取り戻すが、その時にはまったく別のなにかへと変貌を遂げる。

普段の無気力感がある穏やかな表情は非常に冷たい刺すような鋭い目つきになっており、黄色い瞳は黄金を想わせる輝きを放つ。


「クレナイちゃん、あたしを見るんだ、落ち着いて今どんな状態なのか教え――」

『黙れ……楔の厚意を無駄にしたくなければ私に寄るな、殺すぞ』


外見こそ幼い少女だがその声はおよそ人間のものではなく、エコーのかかったような不気味な息遣いと共にクレナイの肉体は徐々に変化して行く。


「まさかクレナイちゃんに憑依してたのがこんな……」

「な、なによこれ……」


『ハァーッ!』


完全に変化したその姿はクレナイだった頃の面影が一切ない巨大な獣。

両手の指が六本ありそれぞれが槍のように鋭い爪を有し、両脚の形状も獣的な関節をしていて頭部は色を濃くした夏毛の狐そのもの。

顔面を含めた全身に大量の傷痕、二足で直立して猫背ぎみに歩行している全長3メートルほどの巨大なそれは怪物としか言い様がない。


『アァァァアアアァァァァアアァァァ!』


狐の怪物は獣の如き声を発しながら灰の亡者へと突進。

目の前の亡者を両手で掴み左右に引きちぎった。


『貴様らは私が!私がァッ!鉄クズを纏った暗愚な亡霊どもめがァァァァァ!』


罵声を撒き散らかしながら迷宮の入り口へ走って行った。


「あの獣は!」


一連の様子を見ていたヘートヴィヒは一旦弓を置いて腰の入れ物から布袋と赤い鱗のようなものを取り出し、布袋に赤い鱗を乗せてそれを思い切り叩き砕く。

赤い鱗は砕けた瞬間に炎を発し、その炎で布袋が燃え上がって赤い煙を出した。


「うーむ……話せば分かるだろうか……」


煙を出す布袋を投げ捨てて弓を拾い、矢をつがえながら剣を持って向かって来る亡者を見据える。


「気の毒になあ……」






「おい起きろ、出発するぞ」

「む?しばし休憩するのではないのか?」


丘の上。

剣を背負う赤い軍服のような服装の少年が、座ったまま刀を抱いて寝ている和風の甲冑を身に着けたいかにも武者といった風貌の者を起こす。


「あれ見ろ」


少年が指差すの方には赤い狼煙。

それを見た武者は「なるほど」と呟いて立ち上がる。


「急がないとマズそうだから俺ァ先に行ってるぜ、おめェはアイツ連れて追って来い」


それだけ言うと少年は轟音と共に飛び上がり、狼煙の方へ飛んでいった。


「相変わらず疾風の如きわっぱよのう、さて……」


武者は後方にある体育館に入り、中にいる者に近づいて声をかける。


「少々早いが出発するぞ」


手足と頭に包帯が巻かれて人相が分からない少女は武者に声をかけられて振り向く。

包帯の隙間から僅かに見える目と口の形から感情を読み取った武者は視界に入った文字を見る。


「嬉しそうであるな、この文字になにかあるのか?」


そこには”イサク 紅”と書いてあった。


「ええ、いやぁ知り合い程度の仲でも見知った人の手がかりがあるってのは嬉しいもんなんスねぇ」

「おぬしが以前話していた長身の若者と手枷を付けた幼子か、それではここに残るか?」

「一緒に行くッスよ、もしかしたら2人がそこにいるかも知れないし」

「では急いだほうが良いかもしれぬぞ、なにやら尋常ではない様子だ」


(先輩とあの子、あたしのこと覚えてるかなぁ)

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