不老不死の眠り
「犬飼さん、何があったのか...せ、説明してくれますよね!」
セシルの遺体の周りには、犬飼さんも居た。霊安室の中は肌寒いが、薄着の理沙はそんな事気にもせずに怒鳴った。
何故こうなったのかーーそれを知りたかった。
セシルは出張に行ったはずだった。なのに何故、こんな姿で戻って来たのか。
「そうだな。まぁ良いだろう」
犬飼さんは理沙を鼻で笑った。
永遠の旅に出掛けたセシルの顔は、とても綺麗なものだった。まるで、全てを覚悟したような、もう何も思い残した事がないようなーーそんな清々しい顔をして眠っていた。
彼は坦々と話し始めた。
「こいつは出張先で、刺殺された。それだけだ」
「何がそれだけ、ですか! 何故『SR細胞』を使ってくれなかったんですか!」
「何故使わなければならない」
「え...」
めんどくさそうにため息をつく犬飼さん。私は手は怒りで震えていた。
「何故こいつに貴重な血を使わなければならないーーと、上は言っていた」
「う、上...?」
「表向きは、そうなるがな。前に研究班での実験で、ある事が起こった」
「SR細胞」を投与したマウス(これはマウスSとする)と、まだ実験をしていないマウス(これはマウスG)とする)を一緒のカゴの中に入れてみた。一週間ほど放置してマウスGの体を検査してみると、何故かマウスGからも「SR細胞」が検出されたそうだ。
だから、次は人での実験が行われた。理沙を一番一緒に居る「セシル」を殺してみる。それが一番確実だ、という理由で。
「だから! だからセシルが...! 本当、利己的な人達。人の心の拠り所を事もあろうか実験と称して奪うだなんて...」
理沙は目に涙を溜めた。犬飼さんは顔をしかめ、こうつぶやいた。
「俺だって...こいつの事は弟のように思っていた。だがな、これは世界のーー」
「そうやってまた言い訳して! 逃げて! 何が世界の為ですか、私にだって生きる権利があるんですよ。セシルにだって生きる権利はあったんですよ。それを貴方方は無理矢理奪った。本当に自分勝手...だから地球は壊れていくんです。
もう人権なんて関係ないじゃないですか...自由の権利とか...生きる権利とか...全然関係ないじゃないですか...」
「...ちなみに、別の実験では、『SR細胞』を持った生物を殺す方法が判明した」
「え...」
犬飼さんの言葉に、理沙は過剰に反応した。「SR細胞」を持つーー不老不死の細胞を持つ生き物を殺す方法...セシルはもう永遠に眠りから覚めない。なら逸そーーもう死んでしまった方が楽だ。
もう自分の事を大切に、大事に、妹のように守ってくれる人なんてもう存在しないから。
「『SR細胞』は、血液から患部へ運ばれそこから再生する。だから、『SR細胞』が居る血を全部抜いてしまえばその生物は死ぬ事が出来る」
「え...」
血を抜く、考えるだけで身震いするような事だが、あながち間違ってはいない気がする。確かに「SR細胞」は血液中に含まれるもの。その血液を全部抜いてしまえば、「SR細胞」も一緒に抜かれた事になり、体を不老不死にするものはなくなる。
理沙は考える間もなく犬飼さんに飛びついた。
「お願い! 血を抜いて!! お願い!」
「馬鹿、お前が死んだら元も子もないんだよ」
その後、犬飼さんは耳元でつぶやいた。
「此処は見張られている。部屋で話す」
**
ニューヨークの空は曇っていた。雨は止んだが、晴れてはいなかった。短時間だが、もう涙も枯れてしまった。
目が痛い、心が痛い。部屋に戻ると、犬飼さんは口を開いた。
「俺は正直、お前をこれ以上苦しませる事に不穏を抱いている。もうお前が泣く所は見たくもない」
「それなら、私を殺してください。でも、それで貴方の立場が悪くなるというのなら...無理は言いません」
「いや、俺はもう『国際連合』から手を引こうと思うからそれは心配しなくて良い」
「手を引くって...」
「もう、隠居して後世過ごそうかと考えている。お前を殺す...というのは気が引けるが、それしかない」
犬飼さんは何時もと違う笑みを見せた。優しい笑みだった。
「世界の事も心配するな。俺は既に、『SR細胞』を持っている。お前よりも前からずっと」
「え...?」
「俺がいくつに見える」
「えっと...三十くらいです」
「不正解。恐らく五千歳だ」
「え゛...」
「所謂『サンジェルマン伯爵』の類いのようなものだ。あまり気にするな」
理沙は俯き、犬飼さんを見て笑顔を作った。満面の笑みだ。
「犬飼さん、今までお世話になりました。身勝手な私をお許しください」
「別に良い。俺も色々と楽しかった。じゃあ、来世で再会出来ると言いな」
「そ、そうですね...」
理沙はベッドに横たわった。この部屋では今まで色んな事があった。セシルと出会って、笑って、泣いてーー。
此処は、「SR」としての始まりと終わりの場所。
出会って別れて絶望して、全てがもう絶望だった時もあったけど、やっぱり楽しかった日々。
腕に注射器が刺さる感触。次第に意識が遠のいて来た。息が苦しい、でも、もう死ねるんだから___
ニューヨークのこのホテルで、不老不死の少女は死ぬほど望んだ永遠の眠りにつく事が出来た。