スマホはスーンと用水路へ
ついこないだ、とんでもないものを見た。
かにえRは自転車に乗っていた。
左側にガードレールがあった。
ガードレールの向こう側は用水路。
ちんたら走るかにえRの横を、青年がビュンと抜かしていった。
ボサボサの金髪。
片手にはスマホ。
交通違反だ!
反則金一万二千円だぞ!
それを払ってでもスマホから目が離せないのか!
そこまでしてスマホで見たいものって、なんなんだろう。
ウミガメの出産か。
神秘的だって聞くし。
ウミガメって、産卵する時、涙を流すらしい。
そんなことを考えていた時、カーンと音がした。
あいつの手からついにスマホが滑り落ちたのだ!
地面に落ちたスマホは、スーンと滑って用水路に落ちていった。
ものすごいブレーキ音を奏でながら、五メートル先で止まる金髪の青年。
彼は慌てて自転車を降り、用水路を覗き込んだ。
用水路は、道路から三メートルほど下がったところにある。
私になにかできることはあるだろうか。
いや、ない。
だからスマホを見ながら自転車に乗るなって言ってるだよ。
反則金一万二千円だぞ。
焼肉に行けるぞ。
金髪の青年がスニーカーを脱いだ。
行くのか!
君はスマホのために、そこまでするのか!
だって、川じゃない。
用水路だよ。
汚い。
夏はすぐそこだ。
きっと生ぬるいし、臭い。
去年、魚が死んで浮いているのを見たし。
私だったら泣きながらスマホを諦める。
いや、諦めるわけがない。
スマホがないと死んでしまう。
多分、泥まみれになって泣きながらスマホを探す。
待て。
そもそも、かにえRはスマホを見ながら自転車に乗らない。
絶対に落とすし、車に轢かれるからだ。
そんなことを思っているうちに金髪の彼の横を通り過ぎた。
振り返ると慎重に用水路に降りようとしている彼がいた。
祈ることしかできない。
かにえRには、スマホの無事を祈ることしかできない。
一時間後にその道を通った時、あの青年はもういなかった。
スマホは無事なのか。
泥まみれになったのか。
もう二度と、自転車に乗りながらスマホは見ないと誓うのか。
一週間後、また自転車に乗る金髪の青年を見かけた。
片手には、スマホ。
「されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」
福沢諭吉の『学問のすすめ』。
あの有名なフレーズの後に続く言葉が、頭を過る。
学ばない青年と、学んでもすぐ忘れるかにえR。
元一万円札の男。
天はかにえRの上に人を造らず、かにえRの下に人を造らず。
今日も今日とて、犬も喰わない話。




