その頃渚は2
今後の展開のため、最後の部分に付け足しました。
渚の口調を変更します。
その夜、国王の用意した部屋で眠る渚は、夢を見ていた。まだ、風子がいなくなる前、優しかった頃の幼い風太と一緒に遊ぶ夢を。
「はい、渚。」
「ありがとう、風太。」
幼い渚に、幼い風太はジュースを手渡す。それを受け取った渚は、風太に笑顔を見せる。
「・・・もう十月だね。あと二ヵ月したら、クリスマスだね。」
「今年はサンタさんに、何頼むんだ?」
「ふふふ・・・秘密。」
渚は、意地悪そうに微笑むと、立ち上がってスカートをパンパンとはたく。
「何だよ~、教えてくれてもいいだろう?」
「だ~め。特に、風太には内緒なの。」
「え~・・・。」
「お兄ちゃ~ん、渚お姉ちゃ~ん~。」
そこに、風子が二人に駆け寄る。
「やっぱりここにいた~。」
「風子ちゃん。どうしたの?」
「あのね、お父さんとお母さんが、お姉ちゃん達と遊園地に行くって言ってたの。」
「本当?」
「うん!それで、お兄ちゃんとお姉ちゃんに早く伝えようと思って来たの。」
「偉いぞ、風子。よくできたな。」
風太は、風子の頭を撫でる。風子はとても嬉しそうに笑う。
「えへへ。」
「・・・。」
そんな優しそうに風子を撫でる風太を、渚は顔を赤らめて見ていた。
だが、次の瞬間、子供の姿だった二人は、中学生の制服を着た姿に変わり、何か激しく言い争いをしていた。
「風太!昨日、家に帰らないで何してたよ!警察の人が来たのよ!」
「・・・ビラを配ってただけだ。そしたら遅くなったんだ。」
「九時が門限だって言われてたでしょう!悪い大人に攫われちゃうかもしれないのよ!」
「・・・だったら願ったり叶ったりだ。そいつらが風子を攫った連中なら、手掛かりがつかめる・・・。」
「いい加減にして!もうそろそろ、別のことを考えなさいよ!」
「・・・何言ってるんだ。風子を見つけるまで続けるに決まってるだろ。」
「・・・ねえ、風太。もうそろそろ、諦めた方がいいよ。もう三年よ。警察もこれだけ捜して見つからないんじゃ、もう、風子ちゃんは・・・。」
「・・・ざけるな・・・。」
「・・・え?」
「ふざけるな!」
ぱちーん
風太は渚を頬を叩くと、乱暴な足取りで立ち去ってしまう。
残された渚は、叩かれた頬を手で押さえると、涙を流していた。
再び場面は変わり、今度は渚がエリアスと契約した場面になっていた。エリアスとミリィから話を聞き、風子が生きていたことに安堵した渚に、風太は辛辣な言葉をぶつける。
「・・・何がよかった、だ。・・・あんなに俺に諦めろとか言ってたのは誰だったかな?」
「!・・・風太・・・。」
「現実を見ろとか言って、おふくろ達とグルになって、風子を死んだことにしたくせに・・・生きてるのが分かった途端これか。・・・都合のいい奴。」
「・・・。」
渚は何も言わなかった。いや、言えなかった。今までの自分の発言や態度は否定できないのだから。
しかし、ミリィが竜と契約できるチャンスがあると知ると、先ほどまでの苦々しい表情から一転、希望を取り戻したかのように笑顔に変わる。そして、風太はミリィに連れられ、渚のことなど無視して行ってしまう。
「!待って!風太!」
風太を止めようと手を伸ばす渚だが、手は届かず、そのまま風太は遠くへと行ってしまう。
「待って!待って風太!」
次の瞬間、また場面が変わる。そこには、血塗れの風太が、血の海の中で倒れ込んでいた。
「・・・風太?・・・風太!風太!」
必死に風太に呼びかける渚。だが、風太は目を覚まさない。
「風太!目を覚まして!お願い・・・!」
すると、いきなり風太は眼を見開くと、渚を睨んだ。
「・・・いい気味か?俺がこんなになって・・・!」
「!!!」
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」
渚は目を覚ました。彼女は全身、汗びっしょりで、息を荒げていた。
「はあ!はあ!はあ!・・・夢・・・?」
今までの光景が夢だと分かり、渚は安堵する。だが、同時に、風太が大丈夫なのか、心配になってきた。
(・・・風太・・・あんな風になってないかな?・・・まさか、あの時は本当は、あんな目に遭って、モーゼさんはそれを隠していたんじゃ・・・!)
一度不安になれば、それはどんどん大きくなっていく。ただでさえ不安定だった渚の精神は、あっという間に不安に支配されてしまう。
「・・・行かないと・・・私が行かないと・・・風太が死んじゃう・・・死んじゃう・・・。」
渚がベッドから出て部屋を出ようとしたその時、渚の身体は突如として生じた水の縄によって拘束されてしまう。
「!?何これ!?放して!」
「・・・駄目に決まってるでしょう?」
「!ミリィ!どうして!?」
「・・・ごめん、しばらく眠っていて。」
ミリィは渚に、対象を眠らせる【スリープ】という魔法を使い、彼女を眠らせる。
「・・・渚。あなたが無理をする方が、緑川風太のためにならないわ。今は、眠りなさい。明日から、またどうするか考えましょう。」
ミリィは、渚をベッドに寝かせると、その隣にある椅子に腰を掛けて眠りに就くのだった。
青野渚は、緑川風太の幼馴染である。住んでる家がお隣で、物心付いた時から一緒にいることが多かった。風太の家に妹が生まれた時も、自分の妹ができたように喜び、当たり前のようにお姉ちゃんと呼ばれていた。
いつだっただろうか。彼女が風太を明確に異性と意識し出したのは。それは彼女にも分からない。だが、少なくとも、風子がヤミーに攫われる前には、渚は風太に異性としての好意を抱いていた。もっとも、風太にとって渚は、異性というよりも、家族の一員という認識でしかなく、渚もそれを感じていたのか、表に出すことはなかった。
それが壊れたのは、風子が突然行方不明になったことが原因だった。風太の家庭は崩壊。父親は家を離れ、残された風太と母親は、肩身の狭い思いをすることになった。渚の家族は、そんな風太の家族を支え、何とか生活を送れるようになったが、風太は壊れたままだった。妹を捜すことに明け暮れ、家に帰らないこともあり、警察に補導されもした。そんな風太を心配し、渚は風太を止めようとした。だが、それはかえって風太の不信を煽ることとなってしまった。風太にとって、渚は家族ではなく、家族を壊そうとする邪魔者となってしまったのだ。渚が風太を想い、動けば動くほど、風太は渚を嫌悪するようになっていってしまったのだ。
救おうとしているのに邪魔をする。想っているのに理解されない。二人の想いはすれ違い、この数年間、お互いに歩み寄ることもなく、時間だけが無為に経過していた。
そんな二人に転機が訪れたのは、五年も経ったある日に現れた、異世界から来た少女だった。彼女の言葉で、風子が邪神に囚われていることが明らかとなり、風太はようやく家族を救えるチャンスを手にしたのだ。その時の風太は、今までの苦労がようやく報われたのだと喜びに満ちていた。そして、何の迷いもなく、異世界行きを決意した。
だが、渚の方はというと、まったく逆であった。別に、風子が生きていたことが嫌だったというわけではない。風子が死んだものとして、新しい道を進むよう訴えてきた渚は、風子を殺そうとしていたという罪悪感が芽生えてしまったのだ。もし、風太が途中で自分の言葉を聞き入れて諦めていれば、風子を助ける機会は永遠に失われていたかもしれないのだ。そんな可能性を僅かでも示していたと思った渚は、自分の今までの行動が、風太にとって害にしかなっていなかったと自責の念を抱いてしまったのだ。
渚は、風子の死を強いてきた自分は罰を受けなければと思い、その罪滅ぼしのために、風太に同行することにした。自身の風太への想いを封印して。幸いにも、自分は五大竜の契約者で、ヤミーと戦う力を持つことができる人間だと分かった彼女は、風太の役に立つことで、罪を償おうとしたのだ。
だが、ヤミーの襲来の際に出て行けず、風太が無残に敗れるのを止められなかったことで、彼女の中の何かが壊れてしまったのだ。はたから見れば、何の異常も見受けられない。だが、風太が絡めば冷静でいられなくなり、彼を助けなければと強迫観念に駆られてしまう。皮肉にも、ヤミーの襲来によって壊れていたのは、風太だけではなかったのだ。
そんな渚の許に、何かよく分からないものが近付いていた。それはまるで、霧のようなもので、夜の闇が完全に同化し、見える者はいなかった。唯一見えるものであるミリィは、すっかり眠りに落ちており、気付く者はだれもいなかった。その霧のような何かは、渚に迫りつつあった。