風竜フィード
「・・・?あれ?・・・ここは・・・?」
「!風太!よかった!気が付いた!」
目を覚ました風太の目に、不安そうな焔の顔が入ってきた。
「・・・焔。・・・そうか、俺は、気を失って・・・。」
「心配したんだぞ。全然目を覚まさねーからよ・・・。」
「・・・ごめん・・・。」
「謝んなよ。目が覚めたんだからよ。」
焔は、不安そうな面持ちから一転、とても嬉しそうに笑う。
風太は、焔の安心した顔を見て微笑むと、龍に向き直る。
「・・・さてと。これで満足か?」
『・・・はあ。まさか、ギブアップしないなんてね。仕方ない、彼との約束だ。いいよ、君と契約してあげるよ。』
「契約?・・・おい、まさかあれは・・・。」
『そう、君が契約するに値するか試すための試練だったんだよ。君は見事に合格だ。おめでとう。』
「・・・。」
まさか、記憶が消されている間にそんなことになっているとは思わなかった風太は、喜んでいいのかよく分からない顔になっていた。契約の試練なのだから、自分を倒せ的な厳しいものを想像していた―あれも十分、風太の中では厳しかったが―のに、試練の中身は意外なもので困惑したのだ。
「・・・緑川風太。その様子だと、アナザーワールドに行っていた時の記憶、取り戻したようだね。」
震は、何か我慢できなさそうな様子で風太に話しかけてきた。
「ああ。全部思い出した。」
「よし、それなら契約より先に、僕に何が起こったのか話してくれないか?」
「おい!風太は試練で疲れてるんだぞ!少しは休ませろ!」
「大丈夫。疲れていない。・・・それに、焔には聞いてほしい。・・・俺に何があったのか。」
急かす震を咎める焔を制し、風太は消されていた期間のことを二人に話すことにした。
「・・・じゃあ、君を連れて行ったのは、誘拐犯じゃなくて、誘拐犯と敵対している勢力だったのか。」
「で、風子ちゃんを攫った犯人が、ヤミーとかいう世界征服を企む邪神か。結構、震の推理は当たってたんだな。」
「でも、風子以外にも似たような子供が誘拐されていたなんて知らなかった。ミリィは教えてくれなかったからな・・・。」
「彼女が隠していたか、それとも調査不足か・・・。まあ、たぶん後者だね。君の妹のこと以外、探ってもいないんだろうね。」
(・・・でも、風子以外の子供達はどうなったんだ?・・・まさか・・・全部ヤミーの生贄に!?・・・もしかしたら、風子がそうなってたと思うと・・・。)
風太は背筋が寒くなるような気分がした。だが、同時に自分はまだ幸せだったのだとも思えた。自分はまだ、妹を取り戻せるチャンスがあるのだから。しかし、すぐに風太は、そう考えたことを不謹慎だと戒めた。
(俺がその立場なら、発狂しててもおかしくない。もし、風子の死体が目の前にあったら、確実に壊れるだろうな。・・・くそ!ヤミーめ!いったい何人俺達みたいな人間を作ったんだ!)
風太は今まで、妹を攫われたことを憤っていたが、今は、自分のような人間をヤミーが大勢作っていたということに憤っていた。
「よし、それじゃあこいつと契約して、残りの竜探そうぜ。五大竜の力があれば、ヤミーを倒せるんだろ?」
「ああ。今見つかっている五大竜は、水竜とこの龍だ。残りは火竜、土竜、光竜だ。」
「あと三体か。よし、俺も行くぜ。探すなら多い方がいい。」
「ありがとう。できれば、焔には一緒に来てほしかったんだ。」
「おう!任せろ!俺が来たからには、竜の一匹や二匹!」
「それなら僕も連れて行ってくれないかい?未知の生物や文化はとても興味深いから見てみたいんだ。」
「分かった。二人とも行こう。」
二人が同行してくれることになり、風太は嬉しそうだった。それを見て、龍は何だか羨ましそうに感じていた。
『・・・。』
(あ、風竜様だ!)
(風竜のフィード様だ!)
(息子よ、あの方が我らの神だ。決して横を飛んではならんぞ。)
龍の脳裏に、空を飛ぶ魔物が恭しく頭を下げる光景がよぎる。それは、彼にとって嬉しくない光景だった。
この龍、風竜フィードは、自由を愛する奔放な性格で、祀られることを嫌っていた。他の竜達が、守護する一族がいたり、祀るための神殿や遺跡が作られるのに対し、フィードはそういった類のものを作られるのを嫌い、人前に姿を現すことはほとんどなかった。人の前に現れれば、必ず自分を祀り、敬うだろう。それを防ぐために、フィードは常に空の上にいたのだ。
人に会えば崇められてしまうのなら、魔物と仲良くすればいい。そう考えたフィードは、どんな弱い魔物に対しても気さくに話しかけ、仲良くなろうとした。だが、魔物にとっても五大竜は神の如き存在で、会えば必ず畏まれてしまう。魔物にとってもフィードは、雲の上の存在であったのだ。
普通に仲良くなりたい。そして、友達になって欲しい。それが、フィードのささやかな夢だった。でも、誰も友達になってくれない。次第にフィードは、誰とも会わないよう、雲の中に隠れたりするようになった。
だが、友達が欲しいという願望を捨てることはできなかった。目の前の彼らが仲良くしゃべっているのを見て、フィードの中にあった、友達が欲しいという願望が、蘇りつつあったのだ。
『・・・緑川風太。君との契約だけど、一つお願いがあるんだ。』
「お願い?条件じゃなくて?」
『条件なんてガッチガチのものじゃないよ。純粋にお願いがあるんだ。』
「何か欲しいのか?」
『・・・緑川風太。僕の名はフィード、風竜フィード。僕の望みは、使役するされる関係じゃなく、対等の友達として扱って欲しい。それが、僕のお願いだ。』
「友達?」
『・・・僕は、友達がいないんだ。他の魔物達は、僕が気軽に挨拶しても、神様みたいに僕を称えて畏まってしまうんだ。・・・創造神がいなくなってから、僕には友達がいなかったんだ。』
「他の竜がいたんじゃないのか?」
『彼らとも、あまり会う機会がなかったんだ。彼らは守護神として、その地域を守る責任があるから、頻繁に会いに行くこともできなかったからね。・・・空を自由に飛んでいても、他の魔物達からは萎縮されて満足に会話さえできない。会話ができないから、それ以上仲良くなることもできない。それじゃあ、友達になれない。・・・それって、とても寂しいことだと思わない?』
「寂しい・・・。」
風太は意外に感じた。エリアスを見ていたこともあり、五大竜は神様と言われているだけあって、精神的にしっかりしているとばかり思っていた。だが、フィードの寂しそうな様子―はたから見たら、変化が分からないが、風太は何となく分かった―から、竜も他の魔物達と同じ、いや、人間と同じで、悩んだりするのだということが分かり、風太は驚いた。だが、同時に親近感が湧いた。
自分も風子がいなくなってからは、自分の殻に閉じこもってしまい、孤独だった。本当は寂しいくせに、苛立ちをぶつけて他人を遠ざけ、さらに孤独になる。その繰り返しだった。
形は違えど、孤独を感じ、大切なものを求めるフィードの姿に、風太は自分と重ねていた。
『だから、僕と君の関係は、契約者じゃなくて友達として扱うことが条件だ。いいかな?』
「・・・分かった。なら、今日から俺達と友達だ。」
『ありがとう。じゃあ、僕に手を。』
風太は、フィードに右手を差し出す。すると、風太の手は、眩い光に包まれる。
しばらくして、光が消えると、風太の右腕には、銀色のガントレットが装着され、一振りの剣が握られていた。形状はブロードソードのようで、鍔の部分は緑色の竜が口を開けているような形状で、口には緑色の宝玉がはめ込まれていた。
『それが契約の証、【ソード・オブ・フィード】だよ。」
「・・・凄い・・・持っているだけなのに、力が伝わってくる・・・!」
「おお!まるで伝説の剣みたいだな!かっこいいぜ!」
「・・・どういう材質でできているんだろう?まさか、ファンタジー定番のミスリルかな?」
三者三様の反応を示す彼らの前に、二人の人間が姿を現す。一人はモーゼ。温和そうな表情で風太達に歩み寄ってくる。もう一人はソウ。彼は、喜びと悲しみを両方伴った表情でやってきた。
「!モーゼ!それに、ソウ!」
「無事、試練を乗り越えたようだな、緑川風太。」
「ああ、迷惑をかけたな。」
「構わん。そなたがまた一つ成長したのだ。喜びこそすれ、迷惑だなどとは思わん。」
「?風太、この二人は?」
「モーゼとソウだ。モーゼは、あの世界の俺の先生みたいなものだ。ソウは・・・危ない時助けてくれた奴だ。」
「へー・・・。」
「でも、二人もここにいるなんて。どうやってここに来たんだ?・・・ああ、フィードか。フィードに連れてきてもらったのか。・・・あれ?フィードがどうして二人を連れてくるんだ?」
『・・・風太、君はまさか、彼の正体に気付いていないのかい?』
「正体?モーゼのことか?まさか、モーゼのクラスは賢者じゃなくて、大賢者っていうんじゃ・・・?」
『・・・いや、モーゼのクラスは賢者だよ。・・・そうか、風太は知らないのか。』
「?」
「フィード、構わないよ。僕が言ってないだけだから。」
「??」
「風太。隠していたけど、僕は本当は、アナザーワールドを創造した創造神なんだ。」
「・・・はあ?」
風太はポカンとした表情をしばらくしていたが、突然驚愕の表情に変わり、叫んだ。
「えええええええええええええ!?」