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君と巡るキセキ



 それから七年後、大志は十七歳になっていた。


 今日は大志が通う学校の剣道の大会、決勝戦の朝だ。

 いつもの様に忙しい高倉家では、各自で朝食をとり、

食べ終わると自分の膳をそれぞれで片づける。


 大志も奉公人達と一緒の席で食事を済ませ、

立ち上がると膳を持って台所に向かった。

 背丈もずいぶんと伸び、後姿は惣一朗と見間違えるほど、

よく似た青年に成長していた。


 高倉家の門の前では、すでに仲間たちが大志を待っていた。

 それ以外にも、黄色い声援の女の子たちも、大勢待ち構えていた。


 支度を済ませた袴姿の大志が、玄関で荷物を整えていた。

 そんな大志にお勝が激励の言葉を掛けていた。


「後で志乃とばあちゃんと、芳乃おばさん達も一緒に応援に行くから、

絶対に優勝するんだよ!負けるんじゃないよ、頑張っておいでよ!」


「ああ、大丈夫。任せてくれよ!それより、ばあちゃん。

優勝したら俺のいう事、なんでも聞いてくれるって言ったよね。

あれ、本当に何でもいいのかな?」


「もちろんだよ。大志の願い事なら、ばあちゃんは

何だって聞いてあげるよ!」


「じゃあさ、俺、母さんを外国に連れて行って

あげてもいいかな」


 お勝と一緒に、玄関で大志の見送りをしていた志乃は、

何の前触れもない大志の言葉に、

突然弾かれた様に驚き、まじまじと大志の顔を見た。


 その言葉は、在りし日の惣一朗と交わした夢物語。

 何故それを今、大志が・・・・・?


 何度も瞬きをしながら、動揺している志乃には構わず、

大志は框に座って草履をはめる手を止め、振り向くと、

更にこうつけ加えて言った。


「俺、絶対に父さんを越えるから外国、

俺が連れて行ってあげるよ!」


 その顔はまるで、惣一朗に言われているようで、

志乃はなおも動揺しながら、戸惑いを隠せずに

つい滅多に口にしない、惣一朗の話を大志にしてしまった。


「どうしたの?急に・・・・・。越えるって・・・。

第一、お父さんの事、何も知らないじゃない」


「知っているよ」

「え?何を?」

「いつも、縁側の椅子に座っているだろう」


 大志の、志乃を見る眼差しの奥には、『なにかを知っている』、

そんな神妙な面持ちをして、志乃を見つめた。


 その顔はまるで、本当に・・・・・『惣一朗さん』・・・・・?


 驚いた顔をした志乃に、今度はいつものように

大志は無邪気に笑った。


 なぜか志乃はほっとして、草履を結ぶ大志の背中を見つめた。

 その時、一瞬、惣一朗の背中と重なって見えた気がした。

 志乃は何度も目をこすり、大志を見つめ直した。


「じゃあ行ってきます!優勝したら約束だよ!」


 そう言いながら立ち上がると、笑顔で大きく手を振り、

門の前で待つ仲間たちと一緒に、高倉家を後にして行った。


*******************************


 ・・・・・竹刀を振る仕草も、不思議なくらい惣一朗に似てきた大志。

 どうして急に、あんなことを言い出したのだろう。


『いつか惣一朗と外国へ行き、日本のサムライを見せる』と

語り合った遠い記憶。


 そんな話を、剣道を始めた頃の大志に、話したことがあった。

 そして薙刀で、稽古の相手をしてあげたものだ。


 ・・・・・変な事を覚えていたのね、あの子・・・・・・。


 優しいところも、本当に惣一朗さんにそっくりで、

一度もあったことが無いのに、どうしてあんなにも似ているのだろう。


 そう言えば志乃の母、お勝がいつも口癖のように言っている言葉がある。


『惣さんがいつも、あなた達を見守っているわ』


 そうなのかもしれない・・・・・。きっといつも何処かで、

見守っていてくれる・・・・・。

 だって私は、あの人の死に顔すら、何ひとつ見ていないもの・・・・・・。



 志乃は支度を済ませると、母とお市を先に会場に行かせ、

一人、離れへと向かった。


 どうしても、先ほどの大志の言葉が心に引っ掛かった。


『いつも縁側の椅子に座っているだろう』


 あれは一体どういう意味なのかしら・・・・・。


 あの椅子は、惣一朗と結婚した時から、

ずっとあの場所に変わらずに置いてある。


 あの場所には、いつもあの人が座っていた・・・・・。


 縁側には陽射しが差し込むが、椅子が置かれている場所は

ちょうどいい具合に、影になるよう置かれているのだ。


 離れの扉を開け、縁側の椅子に近づいてみるが・・・・・、

やはりなにもない。『居る』訳がないのだ。


 何を期待してしまったのだろう。

 大志もなぜ急に父の話しを言い出したのか、

普段あまり触れてこなかったはずなのに、今日の大事な試合を前にして、

気持ちが高ぶって自分をからかったのだろうか・・・・・。


 志乃はしばらくぼんやりと椅子に座り、庭を眺めてから

軽くため息をつくと、惣一朗からもらった

大切な琥珀の櫛を、椅子の上に置いた。


「今日は大志の大一番なのよ。見守っていてね・・・・・、惣一朗さん」


 志乃はそうつぶやくと、目をつぶって両手を合わせた。

 そしてそのまま櫛を置いて、離れの部屋を立ち去ろうとした。


 ・・・・・その時、何万回聞いただろう。

 自分を呼ぶその低く優しい声を。


 忘れもしないあの声が、体に響き渡ってきた。


   『志乃・・・・・』


 振りかえると、そこにはあるはずのない光景ー。

 あの顔、あの笑顔、別れた時と同じ姿の

『惣一朗』が、その椅子に座っていた。


 その幻のような光景に、大きく目を見開いて、志乃は息を呑んだ・・・・・。



 志乃は何故か遠い昔、惣一朗を初めて見た、道場を思い出しながら、

『そこに居るはずのない惣一朗』に、なんのためらいもなく近づいた。


 そしてまた一歩近づくたびに、言いようのない感覚が、

全身に湧き上がってくるのを感じていた。


 惣一朗の周りには、淡く美しい波の様な光が漂い、

惣一朗の全身を包んむように輝いていた。


 それはいつか小田原の夜、月光を背に神々しく輝いている、

愛おしい惣一朗を彷彿とさせた。


 その瞬間、志乃の中に惣一朗と過ごした夜、

自分は惣一朗の一部なのだと深く愛を体に刻み込まれた、

あの不思議な余韻が体中を駆け巡った・・・・・。


 近づくにつれ淡く光る惣一朗の輪郭が、言葉にならない程の輝きを放ち、

やがて霞んでいくのが見えた。


 揺れる輪郭が微笑みを浮かべて、手を伸ばしている様に見えた。

 そして幾度も聞いた、あの忘れる事のない懐かしい言葉が、

志乃の耳にささやかれた。


   『おいで』


「ああ・・・・・。私の、奇跡は・・・・、ずっと、ずっと、

ここに、あったの、ね・・・・・」



 ・・・・・溢れる涙が視界をぼかし、惣一朗の姿を歪ませる。


 それを必死でこらえて、視界から惣一朗が消えてしまわない様に、

志乃はゆっくりと『惣一朗』に近づいた。


 惣一朗に近づくごとに、まとわりつくような柔らかい『風』が彼女を包み、

ふいにほどけた髪の毛が揺れた。

 志乃の想いを移すかのように、彼女の姿までも、

惣一朗を失った頃に戻していた。


   『また、泣いているんだね』


「・・・・・あなたがいれば、もう泣かないわ・・・・・」


 志乃の伸ばした指先が、惣一朗の手をかすめた。

 その刹那、志乃は想いの限りを込めた。


 『もう、この手を、二度と離さない・・・・・・!』


*******************************


 ・・・・・その頃、大志の剣道の試合会場では、

割れんばかりの大歓声の中、すでに決勝戦が行われていた。

 大将同士の一騎戦だ。これで勝敗が分れる勝負の大一番だ。


 竹刀の叩き付ける音の中、大志が強豪と対峙し、

その一瞬の隙をとらえていた。


「バシッ!」

「面!一本!高倉!」

「わぁーっ!」

「きゃーっ!」


 立ち上がって喜ぶ芳乃やお勝、観客たちの拍手歓声が飛ぶ中、

大志は手を高くあげて喜び、仲間たちが歓声を上げて、

大志を取り囲むように集まって来た。


 会場の窓からは抜けるような青空が広がり、

歓声が外まで響きわたっていた。


 どこまでも続く青い空から、風の音だろうか、木々のざわめきと共に、

祈りにも似たかすかな『声』が、いつまでもこだましていた・・・・・・・・。


           

                   終


終わりました。ご拝読いただきましてありがとうございます。

ベタなラストですが、恋愛の王道です。

志乃はどうしたのか、大志のその後はと、友達に聞かれますが、

いちよう続きはあります。

次の主人公は大志になりますが、惣一朗さんが結構出てきます。

志乃に関してはご想像にお任せします。

ではいつかまたお会いする日まで。

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