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目覚めた志乃



 『・・・・・誰かが呼んでいる・・・・・?』


 眠りについていた志乃は、遠くから自分を呼ぶ声に気が付いた。


 志乃はいつもの様に離れの自分達の部屋で

一人、布団の中で眠っていた。

 

 夢から目覚めて、目を開けるとそこには・・・・・


「志乃・・・・・」


 軍服を着た惣一朗が、志乃の傍らに座り、

いつもの優しい眼差しを向けて、志乃の頬に触れていた。


「惣一朗さん!惣一朗さん!」


 志乃は驚いて飛び起き、惣一朗に強く抱きついた。

 惣一朗も両腕で志乃を包み込むように、強く抱きしめた。


「会いたかった!惣一朗さん!会いたかった!私!私・・・!」


 志乃は心に抱えていた不安や淋しさを、

一気に惣一朗にぶつける様に泣き崩れた。


 志乃は惣一朗に会ったら話したいことが沢山あったに、

伝えたい想いも・・・・・。

 ・・・・・でも今は何も思いつかない。

 

 ただ涙だけがとめどなく流れ、惣一朗の温もりを感じていた。


「遅くなったね、志乃。よくがんばったね」


 惣一朗は泣きじゃくる志乃を抱え、

いつもの様に優しく髪をなでてくれた。


「怖かった、私・・・怖かった!惣一朗さん、うっうっ・・・」

「元気な男の子だ。ありがとう、志乃」

「男の子?本当?」


 志乃は驚き、見上げた惣一朗の表情は、

これまで見た事がない程とても穏やかで、

何故か惣一朗は目を閉じていたが、満足そうに見えた。


「ああ、名は君から一字もらって『大志』だ」

「たいし?大志・・・いい名前・・・」


 惣一朗は、今度は目を開けて、優しく志乃を見つめて微笑んでいた。


「これからはずっと一緒だよ、ずっと君と、いつまでも・・・・・」

「本当に?惣一朗さん・・・・・・」


 志乃は、惣一朗の腕の中で安堵に包まれ、

いつの間にか、そのまま眠りについた・・・・・。



*********************************



 ・・・暫くすると、また遠くから声が聞こえてきた。


 ・・・誰だろう、惣一朗さん・・・・・?


「・・・・・・の・・・しの・・・志乃!」


 志乃はお勝の声で、ハッと布団の中で目を覚ました。


「志乃!気が付いたの?芳乃!菅原先生を呼んできておくれ!」

 自分を覗き込むように見つめる母は、

ひどく取り乱している様子で泣いていた。


「・・・お母さん・・・どうしたの?」


 志乃は辺りを見回したが惣一朗の姿がない。

 何処へ行ったのだろう。

 それにどうして母が泣いているのか、訳が分らず尋ねてみた。


「お母さん、どうして泣いているの?それに惣一朗さんは、どこ?」


 目覚めたばかりの、志乃の唐突な質問に、

お勝は驚きながらも夢を見ていたとばかりに言った。


「志乃、惣さんはまだ栃木よ。お前は二日間も眠ったままで・・・、ずっと

ずっと、死にかけていたのよ」


「え?さっきまでここに惣一朗さんが居たでしょう?」

 母の言葉にいぶかし気な顔をして、志乃は反論した。


「きっと夢でも見たのよ。それより安心しなさい。

赤ちゃんは無事よ、立派な・・・」

「男の子でしょう!」


「お前、どうして男の子だって知っているの?」

「だって、惣一朗さんがさっき、教えてくれたわ」


 お勝は口に手を当て、無言で志乃を見つめていた。

なぜかその手は小刻みに震えていた。


「お母さん、どうしたの?惣一朗さんは?」


母の態度が急におかしくなったが、志乃はそれには構わず、

惣一朗の名を呼んだ。

 その声を聞きつけてやって来たのはお市だった。


「お嬢様!ああ神様仏さま!お助け下さりありがとうございます!」

「お市さん!惣一朗さんはどこ?」


 感激して泣き崩れるお市に、

志乃は病み上がりとは思えぬ剣幕で尋ねた。


そのあまりの凄さに、お市の口がつい滑った。

「わっ若旦那様は、その・・・」

「お市!」


 お勝はすかさず鋭い声を出し、お市の言葉をさえぎった。


 そこへバタバタと、複数の足音が廊下の向こうから聞こえてきた。


「お母さん、ちょうど菅原先生がこちらへいらしたところで、

・・・ああっ志乃ちゃん!」


 芳乃は起き上がっている志乃を見た途端、

部屋の入口で力が抜けた様に座り込み、芳乃はそこで泣き出してしまった。


 その芳乃を避けながら、菅原医師が驚いた顔をして、

部屋に入って来た。


「おおっ志乃ちゃん!目覚めたのか良かった!

これで一安心だ!さぁ横になって、診察しよう!」


 菅原が志乃の横に座ると、もう我慢できなくなった志乃が、

菅原に詰め寄るように話しだした。


「先生!ここに来る途中、家の中で惣一朗さん!

私の夫に会いませんでしたか?軍服を着た人です!」


 その目は、先ほどまで死にかけていたとはとても思えない、

生気に満ちた瞳をして、体はふらつきながらも、

必死に菅原に訴えかけていた。


 菅原は志乃の真っ直ぐな瞳を見つめて、深いため息をつくと、

暫く考え込んでからお勝に向かって言った。


「・・・お勝さん。隠したところで、こんなに想って待っているのに、

嘘をついて期待させては、もっと可哀想というものじゃよ・・・」


「先生!やめて下さい。今は!今は、まだ・・・!」


 志乃には二人の会話の意味が理解できず、

何故か母が、菅原に懇願しているように見えた。


 菅原はお勝には構わず、今度は志乃の方を向いて話しかけて来た。


「よく聞くんじゃ。本当なら君も赤ん坊も

今頃どうなっていたか解らん。

 それくらい志乃ちゃんは、死の淵をさまよっていたんじゃよ・・・。

 医者のわしが言うのもおかしな話だが、君たち親子が助かったのは、

惣一朗君が奇跡を起こしてくれたとしか、説明がつかん・・・・・」


「奇跡?・・・・・惣一朗さんが?何の・・・?」


 志乃は菅原の言う、言葉の意味が解らず、尚も困惑する志乃に

電報を持ってくるよう、菅原はお勝に催促した。

 だがお勝は泣きながら拒み、けして動こうとしなかった。


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