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最も長い一日



 ・・・・・その日の朝、志乃はひどい悪夢で目を覚ました。


とても息苦しい熱い部屋に閉じ込められた夢。

あの日の納戸を思い出す、そんな嫌な夢だった。

 ・・・・・全身が汗でびっしょりだった。

 この倦怠感はなんだろう・・・・・。


 ちょうどその時、安静にしている志乃の元へ、

お勝が朝食を運んで来た。


「お早う志乃、今日も良く眠れたかい?」


 みそ汁の良い香りと共に離れの扉を開けると、

上半身を起こして、布団の上で丸くなっている志乃を見て青ざめた。

 額は汗でびっしり濡れており、志乃は布団を固く握りしめて身悶えしていた。


「どうしたの?志乃!お腹が痛いの?」

「分からない、でも、苦しい・・・・・。だるくて、痛い・・・」


お勝はすぐに布団をめくった。


 『出血している!』


 何てこと!一番恐れていたことが起こってしまった!


「誰か!お市!藤吉郎!誰でもいいから、

すぐに菅原先生を呼んで来て!早く!」


 お勝は廊下に向かってありったけの大声で叫んだ。


 ******************************


・・・・・その後の事を、のちに思い出せる者は少ないだろう。


 それ程に高倉家は騒然となり、こんな時に限って重蔵は、

仕事で留守にしていた。


 しばらくして、菅原医師が駆けつけたが、やれる事はまだ何もなく、

刻々と時間だけが過ぎて行くだけだった。


 臨月にはまだ早く、産まれれば未熟児だ。

 志乃の隣の部屋を、汗が噴き出すほどに暑くし、沢山のさらしと、

大量のお湯を沸かして準備をした。


 ただ時間だけが過ぎる部屋の中、志乃のもだえ苦しむ声と、

それを励ます声だけが辺りに響き、高倉家は緊張と恐怖に包まれていた。


 一向に産まれてくる気配のない志乃の体は、

まだ産道はまったく開いておらず、出血だけが、ただおびただしい。

 まだ陣痛自体が起こっていないのだ。


 次第に志乃は痙攣を起こし始めた。

 このままでは母子ともに危険な状態だ。


 菅原は焦った。ここで胎児を引き出すか、もうしばらく待つか・・・!

 すでに半日が経過し、夕刻が迫って来ていた。


「・・・惣一朗さん!」


 志乃は痙攣を繰り返し起こしながら、

何度もその名を呼んで、叫んでいた。


「大丈夫よ、志乃!もうすぐ帰って来る!

帰って来るから、頑張って志乃!」


「もうダメ・・・、私、怖い・・・!私、惣一朗さん!」


 うっすらと開いた志乃の目から涙がこぼれ、

何もない空をつかむように手を伸ばした。


「志乃!しっかり!気を失っちゃ駄目!」

 お勝はその手をつかんで必死に叫んだ。


「志乃ちゃん!眠っちゃいかん!いきめるか!

腹に力を入れられるか!」


「出来ない・・・、出来ない・・・私、苦しい・・・惣一朗さん・・・・・・・・・」


 志乃は首を横に振り、涙を流しながらもがき苦しむばかりだ。


(もう駄目だ!)

 菅原は決断した。

 奉公人の女達に指示し、志乃の足を大きく広がせて押さえさせた。


「志乃!志乃! しっかりしてっ!先生!志乃がぁっ!」


 お勝の悲鳴に菅原はハッとし、股から顔をあげて志乃の顔を見た。

 その顔は青ざめて血の気が失せており、

呼吸が止まっているように見えた。


 子供を引き出すより、先に志乃の処置をしなければ、

このままでは心臓が止ってしまう!



 その時だった。

 意識の無い志乃の体から、何かに導き出されたかのように、

スルリと子供が流れるように出てきたのだ。


 皆がそれを茫然と見つめて動けずにいた中、

先に我に返ったのはお市だった。


「赤ちゃんがっ!」


 お市は素早く赤ん坊を取り上げ、生死を確認した。

「・・・生きています・・・」


 その言葉に、そこに居たすべての者が、安堵のため息を漏らした。


 そして菅原はすぐに志乃を見た。

 意識は失っているが、なんとかか細く息をしていた。


 菅原は先に赤ん坊の処置をした。

 未熟児だというのに、赤ん坊は予想外によく育って産れてきた。

 これなら心配はないだろう・・・・・。


 そして志乃は・・・・・。

 脈も弱くいつ止まってもおかしくない状態であった。

 

 いくら呼んでもまったく応じず、あらゆる方法を試してみたが、

志乃はまったくなんの反応も示さなかった。


「先生!志乃は目を覚まさないんですか!どうなっているんですか?」


 お勝は半狂乱になって、菅原につかみかからん勢いで

問い詰めてきたが、菅原は険しい表情をしたまま無言のままだった。


 彼は名医とうたわれ、自身もそれを自負していた。

 だが今までこんな状態は見たことが無い、経験したことがなかった。


 子供が一人で産まれてくるなど、あり得ないからだ。


 菅原はこの状況を整理出来ずに、

自分でも訳が解らない言い方をお勝にしてしまった。


「解らん!解らんのじゃ!医者のわしが言うのも馬鹿げておるが、

これは奇跡としか言い様がない!だから、解らんのじゃ!」


 ・・・・・その後、いくら手を尽くしても志乃が覚めることは無く、

そのまま昏睡状態が続いた。


・・・・・そして、志乃が目覚めないまま、丸二日が経ってしまった。


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