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スパイラル、アン・ステイブル  作者: 偽モノ。
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1-2:「哀楽の日、ハンカチの少年」

 

 

 準備を終え、久々に下界に出る。

 ドアを開くと同時に浴びる直射日光、俺には眩しすぎた。

 特に深い意味はない、目が開けないだけだ。これは外に出るなという誰かさんからの忠告なのだろう。その通りに家に戻った。

 「なんで戻っちゃうの!? 早く出てきなさい!」

 ドアを叩く音が鳴り響く。このマンションに住む人は少なく障害物もないから、余計に大きく聴こえる。 

 外に出る気が削がれる。

 「いい加減出てこーい!!」

 出て行くのに時間がかかり、ドアは連打され続け壊されそうだ。このまま放置していたら、いくら住民が少ないといえども110番されかねない。

 「叫ぶな、鬱陶しい。俺が締め出したと思われるだろ?」

 「あわわわわ、ごめんごめん。出て来ないからつい…… なんでメガネ?」

 「目が溶ける」


 

 

 目的はスーパーで調理の材料を仕入れることだが、急いでいるわけでもないので少し遊ぶことになった。 

 久しぶりのシャバを満喫したいのだろう。早急に帰りたいという本心は余所に置いておいて、早く幻想をかき消す為だと言い聞かせて割り切る。

 しかし、幻想といえどコイツとの遊びを期待しそうな自分を客観視すると滑稽だろう。主観的に見ても尚更極めて滑稽でしかない。

 

 「それ外した方がいいよ?」

 「外したら眼球が外れる」

 パーカーに色付きメガネが似合わないことぐらい理解しているつもりだ。通りゆく人は皆嘲ている、嘲笑したいのは自分の方だ。久しぶりの外界、こんな形で外に出るなんて思うだろうか、いや思わない。

 こんな柔らかい日差しでも俺の眼はレーザーに貫かれているようなものだ。開けても光が差し込んで何も見えない。

 眼が使い物にならなくなるくらいなら、これぐらいさせて頂きたい。

 「あ、懐かしい! ここのゲーセンで遊んでみたかったんだよねぇ……」

 今降り注いでいる太陽光よりもヤツは神々しい輝きで見つめてくる。

 やめてくれ、失明しかねない。

 俺は空しか気にせず歩いていたようで、周りの景色が変わっていることに俺自身はまるで気付かなかった。

 確かに懐かしい建物だ。

 幼い頃にみんなと、コイツと一緒に外から眺めていた。中に入る勇気がなかったから、いつも店内を見つめていた。

 「じゃあ、まずはここから攻めるか」

 「どんとこい!」


 

 

 店内の装飾は昔と変わらず、むしろ前より広くなっていた。同じ建物内に有った理容室が無くなっていたようで、それを取り込んだのだろう。

 初めて入ったが、俺はコイツと違って当時の純粋な気持ちを置いてきたようで特に何も感じなかった。

 「うわぁ、こんな感じだったんだ!」

 「そうだな、けっこう色んなモノが置いてあるな」

 「昔は大きいお兄さん達が怖くて入れなかったもんね」

 情けない話だ……

 

 「あ、これ可愛い!!」

 早速UFOキャッチャーに食いついている。中には大きなヌイグルミが取ってみろと言わんばかりに佇んでいた。

 見た目は俺からすれば到底可愛らしいとは思えないが、一人の少女がケースに張り付くほどの食いつきを見せているので商業的には成功していると言えるだろう。

 確か有名なマスコットキャラクターらしいのだが、興味が無いので詳しいことは誰かに任せよう。しかし、そのお陰でコイツは本来の目的を忘れているようだ。

 眼の輝きがさっきまでとダンチだ。

 「決して忘れてないからね?」

 心の声を聴かれているだと!? 

 俺の幻想だからか、アイツの能力的な何かで見透かされたのか、多分前者の方だ。

 今日の俺はだいぶ疲れているからな。

 それにしても目を離さない。これで済むならいいだろう。

 「ほら、これで間に合うだろ」

 「……いいの?」

 「欲しいんだろ?」

 「う、うう、ありがどおぉ……!」

 これで泣けるってどういう構造してるんだきみは。あ、今の『きみ』はアイツが自分のことを指す『キミ』ではなくこっちの『君』だからよろしく。

 「よし、取ったるでー!」

 さっきから思うけど、なんでそんな方言チックになるんだ。

 

 そうして渡した紙幣で両替した小銭を投入し、キャッチャーの起動音が鳴る。音が鳴り終わると同時に愉快なBGMが流れてくる。

 まず1回目、最初で取れたら苦労はない。2回目、かなり外れた場所でアームが動く。3回目、大きく外れた。4回目、もはや何も動いていない。5回目、才能がない。

 

 

 ……どれぐらい経っただろうか。

 金銭も執着心をも手中に収め、このセールスマンは十分仕事を果たした。

 ヌイグルミの顔があくど過ぎて気分を害してくる。

 もうやめてくれ、このいたいけな少女は現実を知った。

 顔見てみろ。

 笑っているのか泣いているのか、もうわからないじゃないか。

 

 

 「もう見てられねえよ……」

 これ以上自らの財布を枯らせないために、選手交代を申し出る。

 少女は渋々承諾し、貴様も苦しめというオーラを前面に出していた。

 コインを入れ、ボタンに手をかける。案外簡単だったので一回で閉めた。柔らかい鈍い音が下から聞こえた。

 「ほら、俺はいらないから」

 「あ、あんなに苦戦していたというのに…… というか、なんで早く変わらんかったんよ!」

 「完膚なきまでにやられないとメンタルが変わらないだろ」

 「そんな薄情な……」

 「取れたんだから結果オーライってことで」

 「……それもそうだね、ありがとう!!」

 抱きつかれた。

 両腕でしっかりホールドされ、身動きが取れない。

 そして、あれだけ欲しがっていた人形は床にたたき落とされていた。

 人形に抱きつけよとツッコみたくもなるが、この状況はちょっとドギマギする。

 昔は気にもならなかったが、女の子の肌ってこんなに弾力があって柔らかいものだったのか…… 

 思春期ど真ん中の男子が一人湧いていた。

 余りにも不意にこられたので眼のやり場に困り、辺りに眼を散らしていた。

 丁度よく放置された人形は羨ましそうだったので、憎たらしくソイツに向かって微笑む。

 思春期どころか健全過ぎる純情少年なのであった。

 そんなフワフワな状態に浸っていたが、店内から怒声が流れてきた。

 

 

 

 「おいおい、その程度かよ! この店もしけちまったなあ、あぁ!?」

 「あれ? あの人って確か……」

 声の発生源の方向にはどこかで見た事がある風貌があった。

 思い出した、幼い頃にゲーセンに入り浸っていたお兄さん達である。

 小さい頃はその外見と言動に恐れをなしていたが、今思えばマンガに出てくるモブキャラみたいな見た目をしている。

 今となってはあのモヒカンに愛嬌を感じる。

 「あ、ああ……」

 「ザコがぁ!! もっと骨のあるヤツはいねぇのか、あぁ!?」

 あのモブは弱い奴に喧嘩を売ってはボコボコに弄る、チンピラのイメージ通りの奴だ。ただ、成長した今ではよく観察してみるとわかる。

 アイツは機種に電流を流してチートをしているだけだったのだ。大方、スタンガンで電子機器にバグを引き起こし、手下の一人がハッキングしてモブの為に有利に運ぶとかそんな所だろう。

 モブにしてはなかなかの手口だ。

 「おい、次はテメェだチビ! 今俺は腹が立っている。相手をしなけりゃどうなるか、わかるよなぁ?」

 そして子供に当たる、この手の奴はパターンが決まっている。指名された男の子は突然の宣告に友達に助けを求めている。その友達も逃げたいようだったが、足が竦んでいる。

 早く逃げろ少年達。

 「待たせるんじゃねぇ、お前にはやるかやられるかしかねぇんだからよ」 

 「ぼ、ぼくやるよ!」

 「……ックックック。……え? お、お前後悔するぜ?」

 少年の予想外の反応に、モブも手下も少年の友達も、俺ですら驚いた。

 なかなかの勇気、当時の俺達、いや、俺なら確実に逃げていた。

 「あの子、大丈夫かな?」

 「さあな」


 

 コインが投入され、ゲームのスタート画面に切り替わる。モブ兄さんはバギー、少年はスポーツカーを選んだ。カウントが始まり、アクセルを踏む。

 対戦ルールは3周のうちに先にゴールした方が勝つ、いたってシンプルだ。コースも起伏がないコーナーが4つあるだけのこれまたシンプルなものである。

 カウントが0になり、レースが始まる。

 第一コーナーをモブが突っ切っていき、先手を取る。負けじと少年もそれに食らいついていく。そのまま2週目に突入し、少年が第二コーナーをギリギリのラインで追い抜いた。

 「やった!!」

 「オレを抜いただぁ!? そんなもん許すわきゃねぇよなぁ!?」

 モブの操るバギーは付近のジャンプ台を素通りし、そこから急激な加速を始める。スペック上、バギーはスピードが上がりづらい。しかし、そんな設定が無かったかのような上昇率である。またチートを使い始めたのだ、このモブは。

 少年の先ほどの逆転は周囲から忘れ去られているようだった。一瞬で少年は抜き去られる。

 「オラァッ!」

 「な、なんであんなに速く…… こんなに離されたら、もう、無理だよ……」

 少年の車体は、バギーが抜き去る時にボディに接触してコース外へ引き飛ばされた。そして少年からは戦う気力が失われていた。

 俺はそんな少年に対して半分同情心が芽生えていた。

 そしてもう半分はと言うと、あのモブの顔を歪ませてやりたい。そんな所だ。 

 「ったく、そんな浮かない顔するなよ、少年」

 「何か言った?」

 思わず心の声が漏れていた。

 そして現場に向かう為、未だに抱きついているコイツを引き剥がす。

 「待っててくれ」

 「う、うん」

 そう声をかけ、俺は少年の方に足を運ぶ。

 見てられないんだよ、そういうの。



 俺は絶賛放心中の少年に歩み寄り、耳元で囁く。

 「お、お兄さん、誰?」

 「そんなことはいい。今言ったこと、やれるか?」

 「難しいよ……」

 「弱音を吐くな、さっきあれだけ喰らい付いてただろ。チャンスは向ける。逃すなよ」

 この状況でいきなりやって来たお兄さんの発言にかなり困惑気味だったが、少年は再びハンドルを握り直す。

 そしてそのお兄さんはというと、モブが使っている方の機種の裏側に回り込んでいた。俺が考えていた通り、手下の一人がノートPCに指を走らせハッキングを行っていた。

 俺は視界に入り次第、画面に夢中になっているソイツへジャーマン(ジャーマンスープレックス、プロレス技の一種だ)をかけた。床はそこまで硬くはなかったが失神してしまった。このことに気づいているのは俺だけで、他の手下も気付いていない。

 それを確認した後、お空を眺めているソイツに代わってキーボードに指を歩かせ、ハッキングと逆の手順を踏む。

 徐々にバギーのスピードは遅くなり通常運転に戻った。それどころか急停止してしまった。これは予想外である。そして文字通りにモブ兄さんは焦っていた。

 「おいおい、これはどうなってんだ!! どうなっちゃってんの!?」

 焦りすぎて口調がブレている。こっちが本来の彼なのだろうか。

 「今だ!!」

 少年は本当にきた絶好のチャンスに、あわててアクセルを踏む。加速力でいえば、スポーツカーが勝っているから止まっている対象へと追いつくことは造作もなかった。

 


 そして3週目。

 「まだだよ! ボクはもうすぐ3周走り終わるんだ。このままいけば勝ちしか見えねぇよ!」

 もう口調が定まっていない。そしてバギーの硬直が解けたようで、バギーはやっと本来の性能で走り出した。少年は第二コーナーのジャンプ台からコース外に向けて、最高速のまま突き進む。そのまま大ジャンプでコースの背景に描かれているトンネルに飛んでいった。

 「そんな絵に向かったって、道は通り抜けられませんよ!?」

 どうかな、モブさん。と心でつぶやく俺は少年に眼差しを向ける。

 そう、トンネルはただの背景ではなかった。突入すると車体が消え、第4コーナーのトンネルから出現。

 そう、隠しコースだった。 

 余裕ぶったモブはスピードを緩めている。そのためにゴール寸前のところで最高速の少年に突き破られ、ゴールを許した。いつの間にか多くのギャラリーが集まり、歓声で湧き始めていた。

 「おいおい、こんなことあるのかよ。 おいチビ、テメェイカサマしただろ?」

 「そんなことしないよ!! おじさんの方こそ、あんなに早く走るなんておかしいよ!」

 周りのギャラリーからも野次が飛び交う。モブは怒りに満ちていたが、モブの舎弟とみられる青年?達は少しうろたえているように見えた。

 「ふざけるなよこのガキが!!」

 「うわあ!!」

 怒り狂ったモブが少年に殴りかかる。避ける余裕がない少年は、手で顔を覆うことしかできなかった。しかし、少年に向かう拳は急停止する。俺は少年の代わりに拳を左手で受け止めた。

 「なんだいなんだい、モブ… じゃなかったお兄さんよ。負けた腹いせに暴れだすなんてさ、とんだクレイジー野郎だな」

 モブは急いで腕を定位置に戻した。止められるとは思わず、かなりの動揺を見せている。モブ兄さんは怒りの矛先をこちらに向けてきた。

 「ボクのバギーに小細工しやがって、お前が入れ知恵したのか!?」

 「小細工はアンタだろ? どうしたらあんなに遅い車体が速くなるってんだい? やってみたいから教えてほしいもんだね」

 「そ、そんなもんバグだ、たまたまだ! オレだってわかんねえよ!」

 「へぇ、どうしてバグだってわかるんだい?」

 「そりゃあボキュが電気流してな……」

 「そっかあ、電気でイカサマかあ」

 「そうそう、電気流してちょちょいのちょいってな!!」

 「見事に自白したな、モブ野郎」

 「あ、ああああああああ!? よくもオリェを誘導してホラ吹かせやがったな!?」

 「乗ってきた自分が悪いだろ」

 「黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れえええええ!!」

 怒りがピークに達したようで、俺に向かって電流を放ってきた。バラバラの電気が束になり、膨張した電磁槍になってが襲ってくる。

 あれ、スタンガンてこんな感じだったっけ?

 まあ、そんなことよりもだ。

 チートの時よりも凄まじく威力が上がっているこれをまともに喰らうわけにはいかないと思うが、俺はそう思わない。

 テレビで火を自由に操れる人が色々やっていたが、ああいうカルト的なものは信じない。

 だから俺の前に現れた幻想もストレスとして扱い、死んだ奴が霊として帰ってきたとかそんな風には思わないのだ。

 だから俺は、左手で電磁槍に干渉しそのまま電光をモブが使っていた機種に掃った。再び電流を浴びせられた機種の中では自動的に走る自動車の映像が急激に速まっていた。

 

 「そんな強いスタンガンどこで手に入れたんだよ? あ、画面見てみな。これで証明されたな」

 「……」

 モブも周りのギャラリーも俺が電流を掃ったことに唖然としているようで、言葉どころか呼吸もままならないのではないのだろうかというくらいだ。俺は構わず言葉を続ける。

 「アンタは恥ずかしくないのか? こんな戦い方をして。でも、この少年は正々堂々向かっていった。裏ルートは決してズルじゃない、この子が勝つために見出した(みち)だ。アンタ見たいにそんなプレイをする奴にそれを咎める権利はない。それに、横に掛ってるマニュアルにそのこと書いてたしな」

 モブは徐々に追い詰められ、周りの目線と相まって泣きそうになっていた。

 「ちょ、ちょっと、ちょーっと使っただけじゃん? 別にそんな向きになることじゃないぜお!?」

 「知ってるかい、ハッキングは犯罪だぜ?」

 「……!?」

 「おじさん、しゃべり方変だよ?」

 犯罪だと言い渡された揚句、少年にまで動揺を指摘され、おじさんとその仲間たちは颯爽と店から退散した。モブおじさんの仲間たちの表情は、完全に疲れ切っている。いつもあんなのに付き添っていると思うと少し同情してしまう、みんなモヒカンだけど。周りの歓声は俺にも向けられ、少年と一緒に祭り上げられたようだった。

 「まあ、アーケードにハッキングすることが犯罪かなんて知らないんだけどな」

 「お兄ちゃん、ありがと!!」

 「れ、礼なんていいさ。君があの状況でも頑張ったからだ。それで勝利の方向に流れただけさ。今日の出来事は誇っていいと思うぜ」

 「うん!」

 ちょっと照れくさくてよくわからないことを言ってしまった。

 俺、凄いキザな言動になってないか?

 「全く、カッコつけちゃってまあ」

 一部始終を傍観していた俺の幻想は話しかけてくる。

 「べ、別にそんなことねえだろ!?」

 「いやいや。誇っていいと思うぜ……(ドヤ顔) 流石はソウちゃんだと思います」

 「それバカにしてるだろ? 完全にコイツバカだと思っただろ!? ……あっ」

 俺は幻想にかまけて人目を気にすることを忘れていた。周りから見ればさっきのヒーローから一転、頭がおかしい人だという誤解を生じかねない。

 「あはは、あはははは…… とりあえず、元気でな少年!」

 少年にエールを送りその場をモブ達のように颯爽と消え去る。そのつもりが自動ドアにぶつかり、痛すぎてのた打ち回りたいところを堪えて外に出た。

 「ちょ、先に行かないでよー!」

 ――カッコ付けじゃなくて、ちゃんと格好よかったよ。

 「行っちゃったよ、お兄さん―― あれ? 人形が同じ方向に飛んでってる!? ……目が疲れちゃったのかな?」


 

 店から出た後も時間は残っていたものだから、水族館でイルカのショーを見たり、服を見たいというものだから某格安チェーン店で試着させたりと、目まぐるしく時間が過ぎていった。

 ここ数年の空白を埋めていくかのように。

 そうして俺の体力は0に向かい始め、休むことも大切だと幻想に促すことで体力の回復を試みる。

 そのまま騒がしい奴は大通のベンチに座らせておき、俺は何か冷たい物をと辺りに眼を散らしているとワゴン型の店舗があったのでそこに向かう。

 幻想の方は半ば強制的に座らせたのでつまらなさそうな顔をしていた。

 「ほら、食えよ」

 「ありがと!」

 暴れられても俺にストレスが溜まるので軽く急ぎ足で戻り、買った物を手渡す。

 最近できたらしい店だったらしくジェラートを2つ買ってみた。片方はブドウ味、手渡したもう一方はオレンジ味だ。因みに、このジェラートは食材にこだわっているらしいことが店頭の表に書いてあった。特に果物に関しては全て自家栽培を行っているだけあって、少なくともフルーツ系の品物は並みのジェラート店が夜逃げするレベルに美味であった。

 「これ、美味しいよ! そこらのジェラート店なら夜逃げしちゃうね!」

 「そうだな」

 「沢山遊んだから丁度いい甘さだね!」

 「そだな」

 「今日はいい天気だね!」

 「だな」

 「次何して遊ぼっかね?」

 「な」

 「なんで字数減ってくのね!?」

 「……」

 「とうとう消えちゃった!!」

 別にアイツと考えが丸被りだったことに苛立っているわけじゃない。ただ、久しぶりの(シャバ)に酔っただけ。そして今日はという日は尚更だ。例え幻想でも、多少のストレスを感じようとも、友達と居るという当たり前のようで当たり前でなくなった出来事はやっぱり、楽しい。そんな自分がいることをしみじみと実感している。

 「久しぶりだな、こんな気分……」

 「なんか悪いことしちゃった?」

 「そうじゃないさ」

 「うー…… そのジェラート少しちょうだい!」

 「ちょ、待て!」

 持っている右手に目線を向けた頃には、俺のブドウ味は味わられていた。

 「これも中々だね!」

 唖然としている中、オレンジを俺の口に向けられる。

 「食べさせてくれたから!」

 いや、食べられたんだけど。食べたいと思うけど食べづらい。

 「たべないの? 早くしないと溶けちゃうよ!」

 「いや、だ、だって、か、かん、かんせつ、き、きs」

 これじゃあ間接がどうのとか考えていたのが関係無くなってしまった。むしろ感謝してもいいくらいである。

 「どう?」

 「う、うまい」

 「よかった!」

 もうなんて言っていいかわからねえよ。

 こんな状態だから不意に目線を横にそらす。すると、俺が腰掛けていた方向に小さい箱があった。中には何か黒いものがある。

 「……こんなところに捨てるなんてな」

 「どうしたの?」

 「捨て猫だよ」

 箱から抱きかかえて見てみると、少し薄汚れた黒猫で体は小さめなので多分子猫だろう。

 「わあ可愛い! 飼ってあげようよ!」

 「そうだな…… でもそれを決めるのはコイツ次第だ。とりあえずこれでもやるよ」

 俺は黒猫を膝の上に乗せ、余ったジェラートを全てあげた。血糖値が跳ね上がりそうだが、痩せ細っていたので問題ないだろう。

 「キミのもあげる!」

 こんな感じで時間は進んでいった。

 

 

 この一時が続けばいい、この時に流されたい。

 この一日でそんな風に思えるまでになっていた。

 この流れに乗れていれば俺達は、俺はこんな生き方を選ばなかったんじゃないかと常々思う。

 この青天に飛び交う鳥達のように、自由に、純粋に、仲良くやっていければよかった。

 その鳥達は何かを察したかのように何処かへ飛び去って行く。餌でも取りに行くのだろうか。

 代わりに鴉を見つけたがやってきた。ゴミ箱に向かって飛び込んでいく。

 「ねえねえ、まだ時間もあることだしさ、久しぶりにさ?」

 「なんだよ?」

 「みんなに会いたいな!」

 思わず思考が止まる。再動したときには遊んでいた楽しさなどとっくに消えていた。

 「みんなどれぐらい背、伸びたかな? 外に出てはいなくても連絡は取ってるんでしょ? 元気にしてるかなあ?」

 外に出歩く前からわかっていたつもりだった。この幻想は、俺を苦しめるために現れた言わば「死神」だ。楽しんでいたと思っていた時間は、俺に残された罪悪を思い出せる方へと時が進んでいく。今まで俺一人でコイツに会って楽しんでいたのだから、みんなは責めるに違いない。コイツもそうだ。遊びと称して俺を地獄に導く為にやって来たのだ。上辺は笑ったりしているが、実際そうは思っていないはず。こうやって俺を追い詰め、油断した所を刈り取るのだ。それが突然現れたコイツの役目なのだから。

 ……ならば受け入れ、この茶番も終わらせよう。そして俺も消してくれ。

 「聞こえてる? ねえ? ねえってば!!」

 さっきから俺を呼び掛ける声は聞こえていた。聞こえないふりをしただけ、そのお陰で機嫌が悪そうだ。腕に抱えられた人形も顔面を締め付けられ被害を被り、見た目がさらにグロテスクになっている。

 「…………分だ」

 「ふぇ?」

 「……十分だ…… もう十分だ」

 「どういうこと?」

 「お前はもうこの世を心置きなく楽しんだはずだ。だから元の居場所に帰れ、そして俺も連れて行くんだ」

 早く帰ってくれ。俺を早く連れていってくれ。

 「だーかーらー、死んでないって!」

 「じゃあなぜ、俺だけが視覚できる? 鏡にだって映ってないじゃないか」

 「む、難しいことはよくわからないよ……」

 わからないなんてことはない。

 本性を現せ。

 「幽霊ならそれでやり過ごせるよな」

 「だから生きてるってば!!」

 「なら俺の作りだした幻想だ」

 そうだ、幽霊なんかじゃない。俺の心の具現化だ。

 「そんなふうに最初から思ってたの!?」

 「そうだよ、俺はそんなカルト的なものは信じない」

 「久しぶりに会っただけでその扱いはひどすぎるってもんだよ!!」

 「ならどうして今になって現れるんだよ。戻れたなら早く戻ってくればいいだろ。まあ、戻ってこれるはずもないだろうけどな。そのお陰で俺はこの数年間ずっと苦しんできた。それはこれからも変わらない。なぜなら、お前に縛られているからだ。お前があの日死んでから、俺は変わったんだ」

 立ち上がった衝撃で、黒猫は逃げていく。

 「そんなの、ソウちゃんの思い込みじゃない! 死んだショウコなんてないでしょ!」

 「思い込みなんかじゃない! あの時、お前は死んだんだ。確かに俺の目の前で。本当は俺が代わるべきだった、俺が死ぬべきだったんだ…… それから、俺はアイツらとの縁を自分から切った。アイツらはしつこかったけどよ、時間を経ればみんな離れてってくれた」

 「どうしてそんなこと……」

 俺は考えられる言葉を片っ端から並べて、戯言で身を覆っていった。

 「周りに責められるのも嫌だったからな、これくらいが丁度いいと思っただけだ。そうして苦しみを絶って今の生活になった。これで楽になれると思った、でもそんなことは無かった。俺にはお前がずっとあの時の事を恨み続け、一人で逃げながらえていることを許すはずがない。なんたって、俺が、殺したんだからな」

 「何言ってるの!? そんなことしてないでしょ!!」

 死神には耳を貸さない。

 「そして今日だ、とうとう痺れを切らしたお前は幻想となって現れ、自ら地獄に突き落とす為にやって来た。俺はわかっていた、この日が来ることを。遊んだのだってお前に合わせただけで、微塵も気分は上がってない。ただただ、苦しみが増す。この生き地獄から解放して、さっさと本当の地獄に落としてくれ。それでやっと楽になれる。……頼む、連れて行ってくれ」

 「連れて行くって……どこへ?」

 「そうか。なら今ここで俺を殺してくれ。それが出来ないのなら俺の前から消えろ」

 「なんで消えなきゃなんないのさ!」

 「いい加減にしろ!! お前といると、苦しいんだよ」

 吐き散らしてしまった、この混沌とした思いの丈、数年分の苦しみ。自分でも支離滅裂なことを言っていることはわかっていた。カルトは信じないと言っていたのに連れて行けとか。

 もっと他に伝えなくてはいけないことがあったはずだというのに。自分が呼び出してしまったものに対しての責任として、理不尽な言葉を浴びせ続ける。これでやっと消えてくれるはずだ、数年前の過ちに追加して数年分の感情をぶつけたのだ。これで幻想ともお別れだろう。


 

 「ごめんね。……また、やっちゃったな」

 彼女は、微笑みながらそう呟いた。

 そうじゃないだろ、どうして笑っていられるんだよ。

 「迷惑だったみたいだね」 

 早く泣けよ、俺に嫌いだって言ってどっかに行けよ。また、そうやって俺を気づかうのか? だとするなら、俺を罵倒しろ、傷めつけろ、恨みでもしろよ。なんでそんなに笑っていられるんだよ。これじゃあ、あの時と変わらないじゃないか……

 「ソウちゃんしか今は頼れなかったから来たんだけどさ、こんなになるまで我慢させちゃって」

 「そ、そう、じゃなk」

 「――さよなら!」

 

 

 人形を抱きかかえた彼女はぎこちなく、追う者もいないというのに颯爽と去って行った。足はかなり遅いが、今日だけは早く見えた気がする。これでよかったのだ。これで俺はまたいつもの毎日を繰り返す。起きて、食べて、暇をつぶして、また食べて、そして寝る。この虚無のループを独り繰り返すことがせめてもの彼女への償いだと思っている。ただ、これで償いきれるのだろうか。本当はもっと大切なことをしていないだけなのではないか。

 誤算だったのは目の前から消えると思いきや、走り去られるというまだやり直しが利きそうな別れ方。それでも今の俺には何もできないであろう。

 できない、いや、しないだけだ。そんなことを延々と思い描いていると、空は曇天に代わり突拍子もなく雨粒が向かってくる。ただ、避けはしなかった。

 彼女の代わりに、空が泣いたように思えたから。


 


 

 雨で前身は濡れたが、すぐに止んだ。

 そしてずっと雨に打たれ続けた俺を見かねたのか、先ほどのジェラート店の店長がタオルとおまけにジェラートを1つサービスしてもらった。その女店長に哀れに思われたみたいだ。

 今度は無意識にオレンジ味を選んでいたところ、やはりまだ引きずっているようだ。

 とりあえず、絶賛曇天中の空中に眼を反らし、さっきのベンチでジェラートを食べる。右から雑音のようなものが聞こえたり聞こえなかったりするが、幻想も見えたのだ。幻聴である可能性だって、一億理ある。 

 この空が晴れれば、心も自ずと晴れるだろうと淡過ぎた期待を胸に秘めていよう。そして長らく閉じていた過去を軽く振り返ってみた。俺は過ちを犯した。その事実に変わりはなく、自分なりに受け止めてきたつもりだった。

 アイツは感情豊かな人間だ。

 誰よりも泣いたり、怒ったり、笑ったりする。

 そして友と分かち合おうとするんだ。

 ただ…… いや、今はそのことは置いておこう。

 それはそうとして、さっきの妄言に事実はある。

 アイツを殺したのは俺だ。

 そしてその罪の苦しみから逃れたかった。

 だから外にも出ず、中学生らしい生活にも適応せず、独りで暮らしていく選択をした。ただそれも、結局は独りよがりだ。こんな生活を送ることで、彼女に対して何も出来ることが無かった自分は償っているつもりでいるのだ。こんなことで許されるわけがない、いや、許すという概念はここには存在しないのかもしれない。

 とにかく、アイツが現れるという思ってもいなかった贖罪のチャンスを今さっき溝に捨てた。これ以上はどうにもならない。どうにもならないが、どうにかなりそうな、むしろどうにかしてほしいような、そんな他人に押し付けるような気分になってしまう。

 今まで開き続けた穴は、今日でとうとう開通してしまった。心を埋められないのならせめて腹で満たそう。そんなつまらない事を思いつつ、ジェラートは底を尽く。さっき食べた時と美味しさは変わらない。ただ、なんとなく味気ない気がするのであった。本日三度目のジェラートに手を出すために立ち上がろうと、膝に手を当てる。

 

 

 「どうしたんだい? そんな顔しちゃって」

 「お、おわぁ!? いつからそこに……」

 「隣に座っていいかいって聞いたら上の空でいたものだから、勝手に居座っていたのさ」

 「それはすまない」

 「なんだい、お化けでも見たような顔だね」

 お化けと言われれば、さっきまで似たようなのと一緒だったから否定はしない。急に視界に入られるとまた戻ってきてくれたのかと勘違いをしてしまう。儚い期待だ。

 ずっと居たいうことは、俺の悩んでいるような絶望しているようなそんな言動を見られていたのかもしれない、何かとっても恥ずかしい気分だ。

 しかし、アイツと性別は男で肌は何一つとして不純物が見当たらない透明感のある白、目は血を上塗りしたような鮮明な紅、銀髪とも白髪ともいえない肩まである真っ白い髪。背丈は同じか少し高いくらい(俺の背があまり高くないだけだが)であり、俺が今まで見た中ではお世辞抜きで最高の美少年であった。

 「あー、これかい? 別にチャラついているわけじゃないんだ。後天的なアルビノでね、よく驚かれるんだよ」

 「そういうつもりじゃないんだ、ただ……」

 「いやいや、僕もそういうつもりで言ったわけじゃないんだ。……そうだ、ジェラートを一つ多く買ってしまったんだ。貰ってくれないかい?」

 「ああ、丁度買おうと思ってたんだ。ありがたく頂くよ」

 そういって、桃味を受け取った。桃はどちらかといと嫌いだ。味もそうだが、香りが漂ってくるだけで嘔吐できる。それくらい桃というものに耐性が無い。それでも貰ったものなのだから食べないわけにはいかないので、表情にはそれを出さないようにその危険物を口に放り込む。

 吐いても許してほしいと思ったが、しかし許してほしいのはこちらであった。

 桃という食物についての在り方を改めさせるほど、それは美味しかったのだ。嫌いな物を違う形で食べれば美味しく感じるというのはあながち間違いではなかったようで、口に次から次へと運ばれるものだから、ご飯があれば何杯でもいける。

 今のは比喩であるから本気にはしないでいただきたい。ここの店主は相当のスキルを持っているという事を認めざるを得ないようで、ネットで取り寄せが出来ればいいのにとつくづく思う。

 それは置いといて、ここ数年人に話しかけられたことが無かったものだから、なんとなく対応に困った。コミュ症というわけでもないので普通に話すことは出来る。ただ、先程の件で未だに傷心している為か話のタネが何一つ植えられず、とりあえず食べることで落ち着かせている。

「……大丈夫かい?」

「え、何が?」

「口以外で食べる人がいるんだなあと思ってね」

「え? 何言ってるんだよ。ちゃんと口に……」

 上の方から甘ったるいベタベタした液が垂れてきていた。甘みを感じていたのはその為だったらしい。我に返った途端左目に違和感を覚える。

「な、なんじゃこりゃあああああ!?」

 目薬でもない体液でもない物が目に入ることはたまにあるが、こんなドロッとしたものが入るなんて到底予測できなかった。すっごく目に染みる。応急処置として、正面にあった噴水に顔を沈める。急ぎ過ぎたためにそのまま気管に水が溜まり、むせる。

 シャーベットは安全確認してから食すことをお勧めしよう。そんな慌てふためいた俺はゆっくり落ち着かせるように背中をさすられた。そして彼は顔を拭く為のハンカチをも手渡す。

「あ、ありがとう」

「礼なんていいよ。困った時はお互いさまって言うじゃない」

「君、モテるだろ?」

「人並みにね」

 


「しかし、その様子だと相当な事があったんだね?」

「まあね」

「話してごらんよ、楽になるかもしれないしさ」

「赤の他人に話せるようなことじゃないよ」

 話してどうすると言うんだ、君は。

「よく言うじゃないか、探し物も知り合いでもない第三者が探せば見つかりやすいって。それと似たようなものだと思うよ」

 それは一理ある。かといってそんな口車に乗せられて解決したとしても、その後俺はどうしたらいいというのだ。話すだけで楽になるというのであれば、それはただの自己満足に過ぎないのではないだろうか。

「じゃあ、当ててあげよう。好きな女の子と数年ぶりの再会。そして久しぶりに遊ぶことになり、その子と遊ぶ楽しさに浸っていながら、休んでいる最中に過去の傷口を彼女に抉り出されて思わず『お前なんか滅べばいい』とか思ってもないことを言ってその子に逃げられた。ああ、これでよかったんだ。でもなぜだか気が晴れない。もう死のうかな、とそんな感じかな?」

「そこまで見通しておいて所々過剰なんですが!?」

「大方合っているんじゃないかと思うよ?」

 外れではないが、ここまで見透かされるとは…… 彼はメンタリスト的なやつだろうか。

「いや、勘だよ」

 勘でそこまで当たるものなのだろうか。まあそれはいいとして、そこまでわかった彼からどのような言葉が言い渡されるのだろう。



「答えは簡単だ、死になさい」

「……今、なんと仰いましたか?」

「死に晒せ」

「笑顔で言う事じゃないよね!? 普通こういうときって優しい言葉とか書けてくれたりするんじゃなくて!?それにさっきより言葉酷くない?」

「なんでまだいるの? 聞こえなかった?」

「聞こえてどうこうじゃねえだろ!」

 予想通りの反応だったのか、彼は笑いながらこちらを見つめている。

「そんなに苦しんでるならもう死んで詫びるくらいだと思うんだけどねえ。普通は傷つけた女の子を追いかけると思うんだけど」

 痛いところを突かれた。

「悪いかよ? 追いかける資格なんて俺にはないんだ。それに死んで解決するなら死んでるさ」

 そう、そうであるなら喜んで死のう。

「そんなこと言っても、君は彼女の事を考えているからそんなことが言えるんだ」

 急に彼の言葉が鋭くなる。

「そして死ねないのは怖いからだ」

「死ぬことが怖いってんだろ?」

「それもそうだろうけど、それが怖いんじゃない。あの世で会うのが怖いんだ」

「……」

「だから君は。だからこそ君は、死ぬのをやめた。死んで会ってもどうしていいかわからないからだ。カルトは信じないと言うが、その子に関しては別だ。そうして君は、彼女の事を考えるたびに彼女に縛られ、そして罰を科してのうのうと生きていく自分。あの子はそれでも自分を許してくれないだろう、それでもこうすることでしか犯した罪は償えない」

 ここまで見透かされると気持ちがいい。

「君は酔っているよ」

「酔っているなら何が悪いんだ?」

 顔が歪む俺に対し、彼は淡々と続けていく。

「君は前に進めない」

「進んじゃいけないんだよ」

「彼女はそれを望んでいない」

「君に何がわかる」

「何もわからない」

「なら語るな」

 俺はさっきのゲーセンのモブも思い出していた。

 奴とはベクトルが違うが、気分は近いかもしれない。

 それでも彼は言葉を続ける。

「そのままでは君はまた過ちを犯すだけだ」

「俺のこともアイツのことも見透かすだけで、わかったようなこと言うなよ。俺のこの数年間の想いを踏みにじっているだけじゃないか! ……俺だってそうだ、アイツの心がわかればこんな生き方しちゃいないんだよ! 普通に、生きれるはずなんだよ…… だから、俺にh」

 俺は言葉を遮られ、彼が食べ残していたジェラートを眉間に刺された。

 それからスッと立ち上がった彼は公園の右端にあるシーソーへと向かう。

 彼は迷うことなく座り、俺が座るのを待っていた。不意の行動に調子を崩され、噴水の水でそれを洗い流し空気に流されるままに反対側へと座る。

 彼は笑顔で俺を迎え入れ、ゆっくりとシーソーを漕ぎだす。



「そうさ、僕は何も知らない」

 彼はシーソーのリズムに合わせ、語りだした。

「ただ、わからないのであれば、知ろうとするだけだと思うよ」

「――知ろうと、する」

「そう。相手のことがわからないのなんて当たり前さ。僕だって初対面の君の心情なんて知る由もないよ。」

 殆ど見透かしてたじゃねえか。

「例えば、あの人と仲良くなりたい!って思ったらどういう人なのか人に聞いたりするし、喧嘩したから仲直りがしたいなあ……って思ったら、相手がどんな気持ちなのか考えたりする。そういう時は相手を知ろうとするだろう? 見て、聞いて、触れて、話して、そして考える。誰もがみんなそうだ、君も僕も、もちろん彼女にだって同じことが言えるはずさ」

 

 確かに、彼の言うとおりかもしれない。

「例え考えなしに通じあえたとしても、その場のノリではどうしようもできない。焦って明後日の方向に向かうだろう、君のようにね。そして、どんなに通じあえた人がいたとしても、不快なことをしてしまえばその人は傷つき自らも傷つく。君が恐れている自身への傷心はどんなことをしても回避できない」

 最早反論する余地が無い。

 そうだ、本当の恐怖は拒絶される未来を勝手に描いてしまう自分自身だ。

 それは誰でもそうだと思う。

 小さい子供が間違いをしてしまい、親に怒られることを恐れてそれを隠すことと同じだ。謝らなくてはいけないとわかっていてもその勇気が出ない。そうして黙秘を続け、親に怒られる。

 そう、俺は子供のままだ。

「それはそうさ、まだ年齢的にも精神的にも大人でない。この歳でそこまで思想が深いなら君にとってこの雑談は無意味だ」

 君にいたってはどっち側なんだろうね…… 

 それでも、ここまで的確に言われておきながら俺はまだ一歩を踏み出せない。

 まだ自分に怯えている。

「それでいいんだ。人はその時味わった経験を失えば、同時に自らを失う。それは忘れてはならない、君の大切な想いだ」

 彼はシーソーから降り、俺に言った。



「そのままでいいから、今の君の思いを包み隠さずにさらけ出せばいい」

 


 なんていうか、色々考えなくてもいいのかもしれないって思えた。

 簡単に誘導されていると自分でも思うけど、自分で気づいていたことを後押ししてくれる人を待っていたのかもしれない。

 こう言ってくれる人がもういなかったから。

 なんか、突拍子もなくて不思議な奴だ。コイツは相当な大物なのかもしれない。

 こんな粗末な人間を、それとなく導いていくれる奴など君みたいなスキモノしかいないだろうな。

「そんなつもりはないよ、君は僕の言葉を聞いただけ。君は本来の流れに戻っただけさ」

 本来の流れ、か。

 今が逸れているとしたら、俺は戻れるのだろうか。

「また、あの頃のように生きれるかな」

「それは無理だよ」

「ここにきて落とすのかよ!」

「いやいや、そういうつもりじゃなくてね。その時間には帰れないのは本当だけど。それでも、過去を取り戻すことは出来るさ」

 俺はシーソーから降り、空を見上げる。

「そうか…… やっと固まったよ、俺」

 今からでも遅くはないといえば、遅い。それでも消えなかったアイツを探しに行かないとな。

 一人じゃ心配だ。



「あ、そうそう。わからなければ知ればいいけど、知り過ぎると悪い印象与えちゃうからね?」

「なんでだよ?」

 彼はまた微笑んで言い放つ。


「気持ち悪いじゃん。見透かされてるみたいで」

 お前が言うなよ。なんてことは頭の片隅に放り投げておく。

 彼はそんな微笑みを俺に見せつけながら、ふと何かを思い出したようだった。


「そういえば、ここに来るときに息荒げながら走ってくる女の子を見たのだけれど。もしかして、その子が言っていた子かい? 後ろを気にしながら走っていたから何かに追われているように見えたけど……」

「!? そ、それってどういう……」

 次に彼の方向に振り返った時には、姿は無かった。これも俺が生み出した幻想だったのだろうか。

 いや、こんな悟らせ方をする幻想を自分で作るなんてのは都合が良すぎる。

 それに、

 「ハンカチ、返し忘れたな」

 帰ったら洗っておくか。



 とにかく、彼の言っていたことが本当ならばどんな理由にせよ急がねばならない。アイツが俺から逃げているならまだしも、他の誰かに追われているのなら逃げ切ることは難しい。単純に、足が遅く体力もないに等しいからだ。今アイツを守ってあげられるのは俺だけだ。

 俺は彼女が駆け抜けた道筋を辿って行く。後ろからは俺に付いてくるような微小の足音も聞こえたがそれは無視だ。

 今はそれどころじゃない。

 俺は行かなきゃいけないんだ。

 あの時果たせなかった想いを、今結ぶために。

 




 ――まてよ、なんであのイケメンに見えてるんだ? 


 



  灰色で覆われていた曇天は、次第に晴れてくる。晴天とまではいかないが、少なからず雲も動いたようだ。このまま雨でも降られると、視界も悪くなり見つけづらくなってしまう。いくら足が遅いといえども、あれから1時間ほど経っているのだから遠くへ行くことも可能なはずである。

 アイツは俺のせいでナイーブな状態でいるだろう。よって街の賑わっている所、すなわち中心部には行かないはずだ。だとすると、思い当たる場所は『アレ』しかない。今はそこに向かう最短ルートを通って向かっている。

 外に出ない間にこの道も建築やら道路整備やらで無くなっているものだと思っていたが、案外そういうわけでもなかった。細い一本道、ゴミで汚れた路地、余りにも小さすぎる公園。昔となんら変わらない保存状態でだったものだから懐かしさが湧き出てくる。思い出したい思い出と、思い出したくない想い出は走馬灯のように駆け巡る。

 死ぬのか、俺?

 


 やっと中間地点にさしかかると、必要な物が思い描かれたので表の道に出てコンビニに入る。店内は空いていたので、手早く購入できた。

 そして本道に戻り、再び走り出そうとしたところ何か大きい物が先の方で落ちていることに気づく。近づいて見に行ってみれば、俺が手渡した人形であった。水溜まりに置き去りにされていたので、風呂上がりの犬のような毛並みになっている。水を吸って少し重いが余り濡れていないことから、置いていかれてからまだそんなに時間が経っていないようだ。そして人形の目には軽い血飛沫が飛んでいた。そこまで追い詰められているとなると、自分が考えていた以上に事は重大だと踏まえて進まなくてはならない。

 ただ、これで確信がつく。ここからは逃げるためにルート変更をした可能性もあるが、『アノ』場所に向かっている確証が得れた。そこに行けば隠れることぐらいは容易である。

 なんて言ったって、正真正銘、言葉通りの『秘密基地』なのだから。

 

 これは急がなくてはいけない。

 アイツがもう仕留められていることも考慮しての行動も必要だが、その前に救い出す。

 今までの倍以上の移動速度で向かうため、靴の踵部分に手を掛けた。あの何でも屋から押し付けられたものがここで役に立つとは。足が無事である保証もないが、多分大丈夫な気がする。久々の使用に少し緊張を覚えながら、決心を固めた。

 ――起動、開始(スイッチ、オン)。

 甲高い機械音が、壁を伝って反響すると同時に凄まじい跳躍音が鳴り響く。



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