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スパイラル、アン・ステイブル  作者: 偽モノ。
3/5

1-3:「噛ませ犬とかまいたち」

 

 

 空にはオレンジのグラデーションが描かれてきている。あれから相当経っていたようで、気づくと烏の大群が大空を舞っていた。

 もっとも、ビルに囲まれた古い空き地跡からではハッキリ見ないと何がどうなっているのかもわからない。

 しかし、空き地とはいえそこには使われなくなった工場、錆びた廃屋などが無数に残っている。

 唯一例外があるとするなら、数年前に少年少女達によって小屋を改修して作られたいわゆる『秘密基地』であった。

 今は作成者の一人、黄咲おうさき 緋翠ひすいことキミドリちゃんがひっそりと休んでいる。

 この少女がこうなってしまっている原因は、自身を罵倒した少年か、それとも今追いかけられている別の何かに起因する。

 「まだ、残ってて、よかった…… 昔の、まんまだ……」

 少女はついさっき到着ばかりで、まだ息が上がっていた。久しぶりの有酸素運動はかなり身体へと負担を強いているようだ。

 そしてこの基地は、内部の対応したレバーを下げることで周辺の風景と同化し、所在を暗ます。この小屋の壁には特殊な処理が行われており、本来のどの時間帯の景色にも丁度カモフラージュ出来るように加工されている為、どの角度からでも見分けがつかず違和感を感じさせない。

 まさに『秘密基地』として完成されている。

 「ここまで、来たら、みんなにしかわからない、から…… 多分、大丈夫……」


 

 「とかなんとか思っちゃったりしてるのかねえ、あのお譲ちゃんは」

 (ど、どうしてここが!?)

 割とありふれた低音の声が響いてくる。

 「まあ、わからなくても、教えられちゃあわかっちまうよな。まあ、例えるなら『ヘンゼルとグレーテル』さ。あの二人は迷わず家に帰れるようにパンを千切って道標にし、それを辿ったから無事に帰ることができた。だが、お譲ちゃんはその逆だ。逃げるのであれば、足跡や血痕を残すなど論外。これじゃあ『天狗の隠れ蓑』じゃないか。今時のお子さんにには童話など話しても興味が無いかもしれないがなあ」

 少女は自分の膝に痛みを覚える。今は止まっているが、水溜まりで転んで流血していたのだ。靴裏も、そして、微かに湿っていた。多分、起き上がる時に水溜まりを踏んでしまったのだろう。

 自分が予想もしていなかった事態に驚愕し、後悔し、どうしようもない。

 「例え証拠が無くとも、この街の地図は入っている。追っていけば廃ビルに行きつくことは把握していた。もちろん、こんなに独り言をしゃべっているのもこの付近に目星をつけているからだ」

 既に自らの行動は詰んでいたらしく、後は隠れている位置を特定される前に相手が去ることを願うしか方法が無かった。

 

 「しかし、いることがわかっていてもなあ。しらみつぶしに探したって手間がかかっちまう。仕方ない、損害はアイツらに任せることにしやしょう。ここ全域を吹っ飛ばしても財力でどうにかしてくれるだろう、我が盟主ならな」

 (そんなむちゃくちゃな! それじゃあ、どうしようも……)

 少女にはもう残された道が無い。いや、ここに来れば安全だと思い込んでいた彼女の算段からして道なんてものは閉ざされていたのだ。荒かった息もこの状況では、深呼吸に切り替える他なかった。

 「安心しなされ、障害物だけを取り除く。下手に動かれれば保証はないが」

 自分の身は保障され、体の緊張はほぐれる。ただ、彼女は悟った。自身と引き換えに『秘密基地』が身代わりになってしまったことに。避難所としての機能は果たせず、この状況でも本来の役目を果たす。見えないというのに的になってしまうのだから。

 自身のミスに対し深く後悔した。この場所を選んだばっかりに、親友達との思い出が跡形もなく崩れるかもしれない。それでも自身が見つかれば身の保証があるとは言えない。ついにこの緊迫した現状に耐えきれず、彼女の思考は停止する。

 ――考えなくても、もう、答えは出てるか……

 「そろそろ、やっちまおうか」



 「待って!」

 無意識に外に出ていた。もちろんレバーは戻していないから、急に現れたように見えただろう。『考えるな、感じろ』とはよく言ったものだと思う。思い出を失わないために選んだ最良の手段。どうせ散るならみんなの為に、これが彼女の想いだ。

 「最初から、こうすればよかった……」

 「自ら出てくるとは、捗ったな」

 少女の目の前には、この時代には似つかわしくない編み込んだ傘を被り、草臥れた上着を羽織る、中途半端に古風染みた青年が構えていた。手元には彼の身長よりも少し長いくらいの棒状のものを携えていて、攻撃態勢に入っていたことがわかる。

 「お願いします! 壊さないで! ここは大切な場所なんです。連れてくならどうぞ。だから、どうか、どうかここだけは……」

 少女は生きてきた13年間でここまで深々と頭を下げたの初めてだっただろう。感情も高ぶり、地面に一滴ずつ、体液が染み込んでいく。

 「涙まで流すとは、相応の思い入れがあるようだな。泣けるねえ…… でもそれを壊しちまうアタシはもっと泣けちまいますけどね」

 「え……」

 少女は彼から放たれた雑音に飲み込まれた。

 「実はこの通り、もう力を溜めちまっている。大量に破壊する為にはかなり大きめの刃が必要でな、思った以上に溜め過ぎて制御ができない。まだ力になれてないんでね、やっとのことでこの状態をキープしているがそろそろきつい」

 「そ、空に放り投げればまだ!」

 「上の方は橋やパイプが多い、2人とも多すぎる落下物にドーンですぜえ。これならどこに投げても同じことになる。すまねえな、お譲ちゃんの身は保障するからよお。とりあえずこっちに来てくれ」

 この青年にも少女の大胆な行動は予測できず、どうしようもない状況に立たされていたがついに力を放出することにした。少女にとっての決死の策は、思い出の死を決定づける。

 「だったら、犠牲になってでも……!」

 華奢な身体を盾に、大の字になって犠牲になることにした。これで最後なら、身を挺してでも守りたい。このような決意が出来る若者は、今時じゃなかなかいないだろう。仮に居ても、他人に止められて終わらせられてしまう。

 「いやいや待ってくれ!! それだと俺の任務は達成できなくなっちまう!」

 相手も投げる気はあるものの、それが上手くいく算段は整わない。彼女に傷を付けでもしたら、盟友達にどう言われるかわかったものではないからだ。決意が固い少女と、早く終わらせたい青年。

 

 

 

 この均衡へ無事に終止符を打てる者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 青年はとうとう放出する為に勢いよく身体を動かそうとする。棒状のものからは空気の刃が形成され、摩擦音が激しく唸る。ビルの壁に鋭く反響し、鼓膜を破られるような爆音。だがそれも束の間、それ以上の轟音が徐々に迫ってくる。

 「な、なんだってんだい?」

 「うう、これ以上は頭が……」

 それは上の方から近づいているようで、工事現場さながらの騒音であったが急にそれも鳴り止んだ。次いで、少女には身に覚えのある叫声が天上から降りかかる。

 「ちょぉぉぉぉっと待ったあああああ!!!」

 先程の騒音を発信していた何かが急降下し、少女と青年と粗いトライアングルを結ぶ位置に着地する。地面もそんなことは予測してそもそも出来てはいないものだから、着地と同時に脆くなっていたコンクリートは四方八方に飛び散り、灰のようなスモークが着地物を包み込む。その場に居合わせた二人は、今起きた事案に目を背け先程の緊迫した状況など等に忘れていた。そのスモークも次第に景色に溶け込み、正体が現れる。


 

 

 

 「焦んなよ、クレイジー過ぎるぜ」

 「ソウちゃん!」

 「無事か、キミドリ?」

 少女は安心感包まれたようで、全身の硬直から解放されその場に倒れ込む。そしてなによりこんな状況でも、今日初めて名前を呼んでくれたことが嬉しかった。

 青年の方は最初はこれまた予想外らしい表情を見せていたが、何を思ったか笑みを浮かべ始めた。

 「派手な登場のとこ悪いが、消えてもらうぜえ!!」

 「え、待っt」

 「もう遅いよ」

 少女が言葉を言い切る前に青年のフォームはスムーズに動いていく。空から降って来た少年に向かい、その空気の刃を投げつける。その瞬間、周辺の空気を切り刻むような音がその場に居合わせる二人に響く。両耳を文字通り貫くような勢いで伝わってきた。その音源は不可視の危険物となって少年に襲いかかる。

 「特大鎌鼬だ。……やっと身動きが利くぜ」

 「おい! アンタいったい何を」

 「どこに放っても同じなんでしょ! だとしたらソウちゃんが……」

 「お譲ちゃんはあの兄さんを偉く信頼しているようだからな。多分なんとかしてくれるんだろうなあと思いやしてね」

 回りに回って標的が今来たばかりの少年になってしまうとは、少女は嘆いた。ただ、こうなってしまった以上これを食い止める為には少年自身がどうにかするしかない。彼女は止めていた思考を再起動させ、自身の微量な知識から模索しだす。今飛んでいくものは視覚が出来ないもであり下手に手を出せば身が無事では済まないだろう。ただ、形状なら刃ということを青年が言っていたのでそれだけはわかる。そして多量のエネルギーを込めたらしいのでそれも相当大きい。刃は上から向かってくるようだった。それは昔遊びで行っていたような、それが使えるような気がした。いや、それしか今は手立てがない。

 「ソウちゃん、白刃取りだよ!!」

 「……なるほど、そういうことか」

 間近になった鎌鼬を両手で挟み込む。摩擦の影響で衣服の一部に亀裂が生じ、受け止めた両手や上半身には切り傷が出来始めた。

 「受け止めた!?」

 刃を放った青年は驚きのあまりその行為を凝視する。

 一応少年は止めるには止められているが、摩擦が異常なまでに激しい。そして、決して打ち消すことが出来るわけではなくあくまで受け止めるだけなのであり、顔面とのラインの瀬戸際で耐えることしかできない。これでは刃を取る前に自分が裂かれる。例え受け止められても、彼女を救い出す事に支障をきたす。

 「こんのヤロオオオオオオ!!」

 今持てる全力を注ぎこみ、この空気の塊を足元に叩きつける。自分が着地した時と同様のエフェクトが地面に起こり、爆風に巻き込まれる。

 「よかった……ソウちゃん」

 少女は涙した。自らの突飛な行動で彼を傷つけてしまい、無力な自分をただただ責め続けることしかできない。

 「なに泣いてんだ。ほら、帰るぞ」

 「でも、私、基地を……」

 爆風を手で払いのけ、彼女に元に歩み手を取る。少年は身体に相応のダメージが蓄積されているはずなのだが、何食わぬ表情で彼女を立ち上がらせる。

 「何考えてたかわからないけど、基地がボロくなってもどうにかする」

 「でも、でも……」

 「思い出は目に見えても見えなくても心には残る。それがどんな形になろうとも有り続けていくんだ。だから壊れたって何度でも戻してやるよ」

 「ソウちゃん……」

 「……で、兄さん、何者だい?」

 少年は攻撃してきた青年に言う。

 「コイツの友達だよ」


 


 

 さて、この状況はどうしたものか。ハンカチのアイツが言っていたことを鵜呑みにして来てみれば、案の定意味のわからない展開になってやがった。ひとまず、キミドリの無事は確認できたが、コイツこそいったい何者なのだろう。

 「友達ねえ。空から落ちくるのはいい。まさかアタシの鎌鼬を受け止めるとは、あれはどういった方法で?」

 「ここだよ、ここ」

 そう言って、自分の耳を指差す。

 「それを放った時、周りの空気を切り刻みながら俺に寄って来た。見えはしなくとも聴いていれば音が大きくなるにつれ摩擦音も比例して増大する。そして俺は距離感を掴むのが得意な方だから、後はキミドリがヒントをくれた通り白刃取りを実行した。本当に、たまたま上手くいっただけだけどな」

 「ハ、ハハハ、ハハ…… こいつは奇妙な友達だなあお譲ちゃん」

 「奇妙じゃないよ! 鬼だよ! あ、間違えた。ヒーローだよ!」

 それもう奇妙超えて化け物なんだけど。

 「それじゃあ際立っちまうよ、お譲ちゃん」

 ホントだよ。

 「まあ、そんなことはどうでもいい」

 「どうでもいいってなに? 鬼のままだよ!?」

 アナタが言ったんですよ!?

 思わずツッコんでしまったが、さすがに鬼呼ばわりは嫌だ。

 「そうですぜえ、兄さんが人間でいられるかどうかの瀬戸際なんですぜえ」

 「アンタもしれっと参加してるんじゃないよ!」

 ああ、語りでツッコんでいこうと思っていたのに。ついセリフに出てしまった。

 

 

 「と、とりあえずだ。アンタはコイツをどうするつもりなんだよ?」

 「なんていってましたかなあ…… 単に言えば、元居た場所に連れ戻しにきたってところですかねえ」

 「……!?」

 そういえば、今は少し落ち着く余裕が出来たから気づいたことがある。

 どうして、あのハンカチ王子もといこのエセ侍は彼女の存在を認識できるのか。

 「アンタ、どうしてコイツが見えるんだ?」

 「おっと、そういえば兄さんにも見えているのか。アタシの場合は、そこのお譲ちゃんの意識が飛んでいったとかどうとかでうちの盟主がアタシを派遣したんでい。そんでもって普通に捜しても見つからないっていうもんだからな、うちの科学者が視認できるバイザーを開発したのよ」

 「へえ、俺の場合は朝から見えていたからなあ。頭狂っちまったのかと思ってたけど、その認識は誤りだったらしい。すまない、キミドリ」

 「やっとわかったんなら許す」

 「その態度を取るのは今回だけだ」

 コイツのお陰で大方話が掴めた。

 キミドリは、無意識に意識だけを呼び覚ましが本体は別の所にある。それで空になった本体の穴埋めの為に、このエセ侍は、いや、この組織は彼女を取り戻しにやって来た。何が目的なのかは分からないが。俺の中のキミドリが死んでしまった過去の記憶とは大分食い違いが生じるが、キミドリは生きている。これは壮大なスケールで話が拡がっているようだ。



 「兄さん達、そろそろお別れの時間なんだが。よろしいか?」

 「お別れするのはアンタ達の方だぜ」

 「止めておいた方がいい。さっきのは兄さんが言った通り偶然だ。あんなものが飛んでくる相手を止められると思うか?」

 「止められなくても、退けるだけさ。それに友達助けるのなんて当たり前だろ?」

 「……そうかい。なら、まずは彼らと相手をしてもらいやすかね」

 「彼ら?」

 

 奴の背後のビルから、見覚えのある面々が続々と連なってくる。

 「あれって、さっきの人達じゃ……」

 「モブキャラの再登場って、それモブじゃないだろ」

 「あぁ!? なんだよ、さっきの野郎じゃねーかよぉ! こりゃあ運がいいぜ」

 「非常に備えて人手が多いといいと思いましてね。むしゃくしゃしていた彼らにスッキリ出来ることさせてやるって言ったら、馬鹿みたいについて来たんだよ。」

 「馬鹿とは何だ馬鹿とは、あぁ!?」

 「違う違う、褒め言葉ですぜえ。馬鹿じゃなきゃ任せられないと思いましてね。こういう時の雑兵は」

 「なるほどなぁ、褒められても何も出ねぇぞ?」

 バカにされているというのに、馬鹿は恐ろしい。次はああしてみようか。

 「まあいい。さっきの借りを返してやるよ!」

 こんな親玉に付き合わされるなんて大変な奴らだ。まだその親玉は聞きもしない話を喋っているが、それよりも注目するべきところを見つけてしまった。奴のモヒカンがなんかおかしい。口を開くたびにモヒカンが上下にパカパカしている。そうか、ああいうヅラだったのか。モヒカンってヅラにできるのか、初めて知った。ヅラなのか。ヅラかよ。

 「テメェ、何がオカシイ?」

 マズイ、堪えていた笑みに気づかれたか。もうダメだ、言ってしまおう。

 「そ、それ……ヅラ、だった、ぐふぉぉぉぉ!」

 思わず吹き出してしまった為に意図が通じなかったかに思われたが、指を指し示したのでしっかり通じていた。

 「あぁあぁあぁあぁ!? なんにもおかしくねぇだろぉよぉ!!」

 「リーダーのそれ、ヅラだったんですか」

 「俺は気づいてた」

 「育毛行きましょ、リーダー」

 内部でも自由奔放な動きが見て取れる。キミドリですら気づいていたらしく顔を両手で隠していた。

 この集団さっさと自滅してくれないだろうか。

「みんな落ち着け! こ、これはな、確かにヅラだ。だが、ヅラとしては表の姿。裏の顔は対人を想定した特注の鉛だ。普段は重さを感じないように安全装置で軽減している。これを外すとな、手軽な武器になる。どんな悪影響かでもビクともしない無敵の武器だ!」

 安全装置が解除され、ただのヅラがただの鉛へと戻る。だが、あの大きさのモヒカンとなっていたのだから鉛もそれなりに凝縮されているはずだ。やはり、その重さは片手では支えきれなかったようだ。

「重いぃぃぃぃぃ!! そらっ、これでもくらいやがれ!」

 鉛は右手から直線的に投げられたが、直後に手元から落ちた。

「……。 よーし、いくぞオメェらぁ!!」

 鉛の件はなかったことにされ、手下のモブ達に号令を掛ける。先程のイベントが消化しきれていないようだったが、このリーダーにこれ以上の恥を掻かせるわけにはいかないとそれぞれ自らに気合を入れ戦闘態勢に入った。

 ホント、自滅してくれない?

 

 

 奴らは総勢10名。武器は所持していないようで、素手で向かってくる。一見筋肉に見えなくもない体格は、どちらにしても気を抜けば骨を折られかねない。

 「仕方ない。全員速やかに眠らせてやる」

 これ眠らされるのは俺の方かもしれないな。

 喧嘩において、一人対多人数は圧倒的に不利。

 これ基本事項、ただし例外もありけり。

 この場合、基本的に一人ずつ潰していくのが無難である。しかし、俺はその例外の部類である。

 とりあえずイメージ、イメージをしよう。この状況を有利に進めるパターンに入ればいい。

 まずは1人。殴りかかろうとする拳を避け、空振りした右手を握る。さらに空振りしたその腕に自分の左腕を絡みつけ、力んだ右手を起点に左回転で捩り倒す。

 不意なカウンターに驚くがすぐさま起き上がろうとしたものだから、ダメ押しに腹部を踏みつける。これでおとなしくなった。

 続いては、二人掛かりで攻めてくる。隙を狙ったダブルラリアット。彼らはそれが強そうだと思ったのだ。そのお陰で攻撃にしか専念せず、バックがガラ空きである。どうせ喰らうならスタン・ハンセン並みのを浴びたかった。そして二重になった物干し竿のような腕たちを掴み、鉄棒感覚で前回りで飛び上がる。その勢いを利用し、二つの後頭部をノールックで蹴り飛ばした。思いっきり飛んでくれたので、これはもうイメージしたパターンにハマっているといってもいい。

 これで後7人。親玉を残し、6人で包囲網を作られた。一斉に飛び上がったり突進してきたりと、馬鹿の一つ覚えだ。前3人の動きから学習をしていない。ぶつかるギリギリを狙って飛び前転でスルーしたことにより、彼ら同士で頭部を打ちつけ合い気を失った。

 しかし、一人だけ利口な奴がいたようで最後に一人で攻めてくる。それは低めの右へのターンでかわすと同時に背後に回り込み、ソバットを決めた。さっきの二人よりも吹っ飛んだので、自分のイメージが予想通り過ぎて気持ちがいい。

 「ちょ、は、早いって! まだ俺は何もし……」

 「モブは1回きりだからモブなんだよ。2回出れただけで十分だろ!」

 モブは奇声を上げながら俺に向かって電流を飛ばしてくる。こんなマジックに気を取られている場合ではない。

 俺は放たれた電流らしきモノを軽めに避けつつ、残り物になったモブさんの右に並び立つ。そして奴から見て右脇下の皮膚に軽いブローを連続で打ち込んでいく。

 「おいおい、あんだけ動いたからもう疲れたか? 全然利きやしねぇぞ。あぁ!?」

 「利かない方がいいんだぜ、本当は」

 確かに喧嘩は久しぶりだから疲れることには疲れる。ただ、次の戦闘に備えて余裕少し見せておかなければ相手も手の内を曝け出さないだろう。かといって手を抜いただわけでも、抜けてしまったわけでもないのだ。奴はまだ喋り続ける威勢が残っているようだが、そろそろ潮時だろう。

 「あーあ、がっかりだぜ。借りを返すつもりがそのまま貸しを作っちまいそうだな。そろそろ終わりといこうぜ あぁ!?」

 「そうだな、その威勢が続くものなら攻めてきたらどうだ?」

 「あぁあぁ!? ふざけるなよこのガキがあぁぁ……」

 走り出そうとしたところ、モブはその場に横たわる。

 「な、なんだだこりゃあぁあぁあぁ!?」

 「やっぱり、そうか。レバーブローって知ってるか?そこを狙われると人間の急所の内の一つ、肝臓が痛む。それは一般人には息が出来なくなるほど苦しいが、鍛えていればさほど苦ではない。ただ、不健康な生活を送っていると肝臓の機能が正しく働きづらくなる。だから、試した。肥満体形の人間は一般人よりも耐性が落ちるからな。そろそろ気が遠くなってきただろ? ん? ……もう落ちたのか、あっけないな」

 これで殲滅完了。最後はアイツだけだ。

 

 

 演目を拍手で飾り、彼は近づいてきた。

 「兄さん、お見事だ。下級とはいえ素手で能力所持者(スキルホルダー)を倒すとは…… アタシも手を抜けなくなりやした。早めに終わらせていただきやす」

 「スキルだかキーホルダーだか知らないが、それはこっちも同じだ。キミドリ、離れていてくれ。基地の方にでも避難にしててほしい」

 「わ、わかったよ!」

 キミドリは奥の方へと走って行った。

 そうして奴は持っている武器を横に構える。武器は棒だ。叩いたり突いたり掃ったり、実に多彩な動きが出来る武器だ。ただ、気をつけなくてはならないことは接近戦だけではなく、距離を置いての動きも可能という事だ。さっきの鎌鼬が向かってくる場合は耳に集中して避けなくてはならない。俺も応じてそれっぽく構えてみた。特に何かを習ってはいなかったので、とりあえず知っている知識をただ使ったりする我流殺法で攻めていく。


 「では、尋常に」

 そう言って先に動いたのはエセ侍で、接近して棒を振り下ろしだす。出遅れた俺は避けることに専念する。こちらの避けようとする方向を予測し、的確に、精密に消しかけてきている。接近したままでは、反撃に転じる暇が無い。一度距離を置く為に逃げようとするが、それを逃さずに鎌鼬が次から次へと追ってくる。数分前にいなした特大の鎌鼬よりは小規模だが、動きが早い上に当たり所が悪ければ身体が切断することも十分有り得るかもしれない。そうして耳に神経を集中させ、距離をとりつつも鎌鼬の振動音を聞き取って避けていく。全て避けることが出来たようで、やっと正面を向けた。

 「まだ、止んではいやせんよ」

 「何っ!?」

 背後から空気を裂く音とは別の、何かが回転してくるような音が近づいてきた。振り返ると、鎌鼬を放っていた棒そのものがブーメランさながら主人の元へ俺を介して戻ろうとする。

 「お、おおおおお!?」

 思わず後ろに反り返ったことで何とか衣服が切れるだけで済んだ。

 

 

 「ほう、流石はやりますな」

 「ア、アンタも戦い慣れてるな……」

 「そりゃあ、これが生業でありやすから、ねえっ!」

 休む暇もなく、鎌鼬を正面から打ってくる。続いて2発目は少し大きめの塊を俺の足元目掛けて放っていた。

 「そんなに投げたところで、当たるとでも思っているのか!」

 「当てる気は更々ありやせん」

 「――!? どこへ消えた!?」

 ヤツが視界から消えた直後に第二波が襲ってくる。それは避けずとも外れたのだが、地面に当たった衝撃により激しいスモークが巻き起こってきた。

 「煙幕か!?」

 棒が煙の外から突き出してくる。それを避けようとはするが、見えないところから高速で出てくるものだから半分くらいは掠っていた。

 「まだ晴れないのか……」

 「そんなこと考える余裕はないですぜえ!」

 懐に忍び込まれ、棒で振り払われるがギリギリで避けることが出来た。しかし、腹部に皮膚が裂けるような感覚が襲う。視界には赤い飛沫が映っていた。

 「うう、があああああ!? ま、まさか、先端にも……」

 「形成してますぜえ、刃物」

 飛沫を見たと同時に腹部を押さえたまま崩れ落ちる。

 「ブーメランも、それで説明が……ついたぜ」

 「そ、ソウちゃん……!!」

 キミドリはこちらへ向かって来ようとした。だが、それを俺は手で制止する。

 「大丈夫だ、そこで待ってろ」

 俺は手に唾を吐き、腹部に塗る。

 そして頭を殴り再び立ち上がりつつ、奴への眼光を尖らせた。

 「まだまだ、いきますぜえ」

 

 

 ここにきて鎌に切り替わった武器を、刈り取るように振り回す。決して闇雲に振っているわけではなく、こちらの動きに合わせて避けづらい動きをしている。こちらもさっきの一撃で、痛みを知れた。鎌鼬の威力はどのサイズで受けても重い衝撃が伝わる。煙幕はまだ消えない。

 「これで最後ですぜ!」

 一文字に標的を切り裂く。そのお陰で煙幕が振り払われた。俺は低くしゃがんでいたから無事にかわすことができ、隙ができたところで懐に入り返す。

 「まずは一発!」

 直に右足を踏みこみ、鳩尾に向け左利きの腕で正面から正拳突きを喰らわすことに成功する。

 「あああぁぁ!!」

 続いて鎌を握っている右手首に衝撃を与え、緩んだところを残った左手首ごと背負い投げて武器から引き離す。鎌はキミドリの方角へ飛んでいった。エセ侍は抵抗しようとするが、迅速に対応して上半身を中心に殴りつけていく。そして大分弱ってきたところで、鳩尾に右膝をクリーンヒットさせる。

 「ハァ……ハァ……ここまで、やられるとは……」

 「アンタ、能力無しだと相当弱いな」

 「……そんなことは、ない!」

 右手からフリスビーを投げる要領で、鎌鼬が放たれたようだった。だが、もう見なれた。小さければ、送り返すことも簡単だ。音を聴き、タイミングを定めてリターンさせる。そのままエセ侍の鳩尾にダメ押しが加わる。

 「どうだい? 切れ味は」

 「う、うう、うううあああああ!!」

 子供のように泣き叫ぶ。その様はさっきのモブと変わらない。なんてこった、モブが3度も出てくるとは……


 

 「うう……ううう…… ああ、もう自棄だ! 鎌も飛ばされちまったしよ。もうあれだけ使うと力も残っちゃいねえや。――こうなりゃ台風でも作るか。アハハ、アハハハハハハァァ!!」

 「壊れたな、こいつは」

 エセ侍は漆黒の夜空に両手を伸ばす。

 一体何をするつもりか。

 神頼みなどこの状況では役に立たない。

 しかし、奴の周辺に渦が巻き上がってきた。それは秒単位で膨張していき、強大な渦即ち、台風の完成である。

 鎌鼬の次は台風か、でもこれなら見える。

 まあ、見えても規模が違うからむしろ大変なんだけど。

 渦は次第に周囲を取り込み、そこら辺に散らかっていたモブ共を空へと還した。キミドリも飛ばされそうになっていたが、奴が離した武器を支えにひとまず持ちこたえている。

 「……これは、きついな」

 「ホラホラホラぁぁ!! さっきまで弱いだろとかほざきやがってよ。本気を出してなかっただけですぜえぇぇ! さっさと逃げまどいなさいな!」

 「逃げまどうなんて癪なことができ……」

 暴風に足を救われ、キミドリが居る方向に吹き飛ばされる。

 その勢いでビルの壁に衝突し、背中を殴打した。

 「……っ」

 「ソウちゃん!」

 「来るな! 迂闊に動けばお前も飛ばされるぞ!」

 俺も、あのモブ共でさえ飛んだんだ。彼女が動けば致命傷以上のダメージを受けかねない。

 でも意識だけがここにあるなら飛ばないはずだよな。

 まあ、それは置いといて。このままでは、自分たちが傷を負わなくとも周りのビルの鉄骨やパイプなど降りかかってきてしまう。そうなれば、逃げ切るどころの話ではない。逃げられなくなる。

 この状況を切り抜ける手立ては……あるのか。いや、ないかもしれないな。結局助けるどころか助けられたい側に回ってしまった。

 アイツも苦しんでいるというのに、俺はまた何もできないのか。

 こうやって頭が冷めてくると、何か思いついたりするんだよなあきっと。よく見たら飛ばされた場所からはこの地形が見渡せられる。そして、悪影響かに晒される中で、ただ一つ、ひっそりと佇んでいるモヒカンがそこにはあった。

 

 

 これは、もしかするならイケるかもしれない。

 「キミドリ、そこ動くんじゃねえぞ」

 「う、うん。でもそんな身体じゃ……」

 「大丈夫だ。すぐに終わらせる」

 俺はまた踵に手を伸ばす。

 これにより、俺の脚に微弱な電気信号が送られて下半身の強化が行わる。これぐらいの台風なら多少は耐えられる。

 スイッチを入れ、即座に鉛へ向かって駆け出し、そのまま鉛を台風の真上に蹴り飛ばす。

 「よし、上手くいった」

 「そんなもん飛ばしたってどうしようもねえぜえ!!」

 「いや、まだだ!」

 そして、蹴り飛ばした勢いでさらに駆け出しビルの外壁を駆け上がり切ったところでムーンサルトの要領で飛ぶ。これで飛ばされたら元も子もないが、無事に台風の目の上に飛んでいった鉛に着地した。

 「なん、だと!?」

 「これで、終わりだあああああっ!!」

 そのまま鉛を押し込み、奴の頭頂部に直撃させた。

 「一般人(スタンダード)に、負けr」

 衝撃が強すぎたのか、最後に何か言いかけていたようだが途中で気を失ってしまった。それと同時に台風も消え去る。

 数十分かかってようやく救い出せた。

 


 

 「ふうー、何とか終わったか」

 「ソオーちゃああああん!!」

 たった今終わったばかりで緊張が抜け切った為、キミドリの不意の抱きしめに身体が手切れずに倒れこんでしまった。彼女は馬乗り状態で話しかけてくる。

 「カッコよかったよ」

 「お世辞でもありがたく受け取るよ…… あ、そうだそうだ、足出せよ」

 「え? うん」

 ここに行き着く前に買っておいた消毒液とコットンを取り出す。

 「少し染みるからな」

 「あ、あうぅぅ」

 「手が邪魔だ、これくらい我慢しろ」

 血は固まっているものの、一応消毒しといたほうがいいという安直な考えで処置を終わらせた。

 「ありがと」

 「おう……」

 「ん?」

 「……」

 「なしたの?」

 「い、いや…… ほら、飯作るんだろ! さっさと買いに行かねえと店閉まるぞ!」

 「わっ! もうこんなに暗く!? 早く行かなきゃ!」

 

 

 二人して焦り、ここから一番近いスーパーへと足早に向かう。俺は謝るタイミングを見つけられずに固まってしまったのでスーパーへと促した。

 情けない人間だ。

 まあ、いつかは謝ろうと思う。

 多分まだその時じゃないのだろうと勝手な解釈をしつつ、今回は幕を切らせてもらおう。



 「あーあ、コイツ失敗したのかよ。」

 「どうします、我が盟主」

 「そうだね、彼に罪は無い。僕が見縊っていたようだから、今回は不問としよう。でも、しばらくは起き上がれないようだからドクトルの好きに使ってくれよ」

 「わかりました、我が盟主。全ては盟主の為に」

 『盟主の為に』



 「なんとか間に合ったね」

 「ああ。でもキミドリには作らせない。」

 「なんで!?」

 そんなこと決まっている。

 「絶望的に下手だろ!」

 「じゃあ、作れるの?」

 「お前よりかはな」

 「なら見せてもらおうか」

 「望むところだ」

 帰り道はこんなくだらない話を左端に並ぶ手ぶらの少女と延々と繰り返していた。そして右端には、先程の戦闘を見ていたらしい餌付けした黒猫がいる。相当懐かれてしまったらしい。猫は好きだから、コイツとも一緒に暮らそうと思う。

 とりあえずこれからは、コイツの身体を取り戻す為に行動しようと思う。

 そうすることが、俺なりの贖罪だと思うだ。

 あ、訛った。思うんだ。

 例え今日が夢なら、それで覚めてもかまわない。俺が朝起きて一人だったとしてもそうやって生きていく。

 まあそれはいいとして。

 今日から、楽しいようで悲しいような。

 そんな展開になっていくとは思わなかったけど。


 


 そんなことを考える少年を、背後にそびえ立つ電柱から見つめ続ける影があった。

 その光景に、喚起するもどうしていいかわからない一人の少女は諦めて帰った。


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