ハプニング発生
「どうぞ、こちらはアッサムティーで御座います」
カチャリと目の前に置かれたティーカップからは芳醇な香りが漂ってくる。紅茶なんて午前の紅茶くらいしか飲んだことがないからこんなのは初めてだ。
「少々コクが強いみたいですのでこちらのミルクをどうぞお使いください」
と、横に小さなポットが置かれる。装飾は最低限ながらも高級感が溢れている。そう言えばティーカップもよく見ると気品溢れる感じだ。
ちなみに机は毎度お馴染み(?)のボタンせり出し型のやつで、椅子の横にちょうどいい距離にある。取りやすく置きやすい。ずっと出しておきたいな。
「それとこちらはスコーンとなります。手慰みに作ったもので誠に恐縮ですが味の方は保証いたします。どうぞお召し上がりください」
さらに出てきたスコーン。これ、形といい匂いといい店売りのものと遜色ないレベルだよ。取り敢えず一つ手に取り口に放る。
「っ!!」
スコーンを食べた瞬間に身体が震える。なんだこれ。こんなものがあるのか。
そんな僕の驚いた様子にフローラが顔を真っ青にして頭を下げた。
「も、申し訳ありません。もう二度とでしゃばった真似は致しませんので──」
言葉の途中で肩を叩く。慌てて顔をあげた彼女にグッジョブと親指を立てる。
だけどそれでは通じなかったみたいで?マークを浮かべるフローラ。仕方なく口の中のものを味わい尽くしてから呑み込んで、声を掛ける。
「あまりに美味しくてビックリしただけですよ。凄いですね。もしかしたら義姉さんのより美味しいかも」
最後は小さく呟いたので聞こえなかったようだけど、美味しいという言葉に彼女の顔が輝く。
そういえば義姉さんも美味しいと言うと顔を輝かしていたな。尤も、義妹の方は苦虫を噛み潰した顔をしていたけど。
そうしてスコーンを食べアッサムティーを飲んで一息つけたところで、続きをお願いしてみた。
「はい、ではランクにつきましてお教え致します。ランクとは簡単に申しますとダンジョンのレベル、階級というものになります。
具体的にはランクが上がるに従いまして選べるフロアや罠、配下が増えていきます」
「じゃあ今は最低限のものしか選べないということですか? なんたってランク1ですし」
「はい、マイマスターが仰るように現在のランクでは選べる数は最低限のものとなります」
やっぱりか。しかし、この前先輩から借りた(正確には押し付けられた)ゲームに良く似ている。あれではランクが上がるほど召喚できるものが良くなってたはず。ということはこれもそうなんだろうな。
「また、ランクが上がるにつれ、ダンジョンの階層も増していきます。現在は最大二階層、つまりは二フロアしかお作りになれませんが、次のランクでは四階層、つまり四フロアまで拡張出来るようになります」
なるほどなるほど。二階層しかないんだ。結構頭を捻っておかないとすぐに攻略されちゃいそうだ。
「以上でDPとランクの説明となります。何かご質問などは──」
「あ、うん。大丈夫ですよ。フローラさんの説明は分かりやすいですから」
「そう仰っていただけて恐縮です。また何かありましたらいつでもご質問ください」
褒められ慣れてないのかな。一礼するときの顔が赤く染まっていたんだけど。うん、これほど可愛いと、つい弄りたくなっちゃうな。
そんな僕の心情を察知したのか、フローラは慌て気味に話題を次に移した。
「で、ではマイマスター。次は配下召喚についてご説明致します。画面を『配下召喚』に切り替えて頂けますか」
言われた通り切り替える。表示された魔物の数はひの、ふの、みの…………はぁ!?
「有り難う御座います。こちらに表示されておりますのがマイマスターが現在召喚が可能な配下達で御座います。
操作は単純となっておりまして、召喚したい配下を選んでいただき決定ボタンをお押しになるだけとなります。
また、其々の配下の下に表示されてます数字は召喚コストで御座います。例えば、一番端に表示されておりますゴブリンは召喚コスト100ですので現状ですと80体まで召喚なさることが出来ます」
立て板に水とばかりにフローラから説明されるが全て右から左に抜けていく。理由は単純。表示されている配下におかしな者がいるからだ。
「そうして、召喚されました配下は隣の召喚室へと呼び出されます。召喚室はダンジョンとテレポーターで繋がっておりますので直接配置可能となっております」
というか、何でこの二人がここに表示されてるんだよ! あっ! もしかして先輩が言っていたのはこの事なのか……。
「召喚されました配下にはマイマスターへ絶対忠誠の呪いがかけられますため、命令には完全服従いたします。あの、わ、私もマイマスターに忠誠を誓っておりますので、あの、その」
フローラがわたわたとしだしたみたいだけど、構っていられない。頭の中は二人のことで一杯だ。
「? マイマスター如何なさいましたか?」
一体どうすれば良いのか。って、召喚すれば良いのか。僕はパネルへと手を伸ばし、操作してまず一人目にカーソルを合わせた。そして、実行。
「え、ええ!? もう召喚なさるのですか? 先にダンジョンを作られた方が良いと存じますが……あ、あれ?」
一人目の表示が消える。一度きりの召喚みたいだ。当たり前だな。さらに二人目にもカーソルを合わせて実行。二人目の表示も消えた。
「ひょ、表示が消え、た? もしかしてユニーク召喚? そんな、あれは高ランクにならないと出来なかったはずですのに」
フローラがまた横でぶつぶつと言っている。かくいう僕は椅子から立ち上がってからフローラに訊ねた。
「あの召喚される部屋にはどう行けばいいですか?」
「あちらの扉をお開けなさいましたら行けますが……マイマスター?」
礼を言うのも忘れて、フローラが示した扉へとさっさと向かう。扉の近くまで来たら向こう側から声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん、ここにお兄ちゃんがいるのかな?」
「あの腐れ外道が言うにはここみたいよ」
「でもでも、お兄ちゃんいないよ?」
「そうね。洸ちゃんはどこにいるのかしら。もしいなかったらあの腐れ外道をまた絞ってみせるわ」
「あ、その時はあたしも参加する~」
聞こえてくるのは幼い頃から聞きなれた声。元気溌剌の可愛らしい声と落ち着いたしっとりとした声。やっぱり間違いない。聞こえてくる不穏な内容は無視だ、無視。
僕は慌てて扉のノブを掴む。カチャリと音がしてロックが解除された。これは後で聞いた話だけど僕にはダンジョン内全てのロックを解除できる権限が有るみたいで、自動で働くみたい。
そんなことは全く気にせず扉を開ける。目に飛び込んできたのはあの夢の中で出会ったときと同じ姿。
「姉さん! 灯!」
その声で二人が振り向く。そして、目を輝かして僕に飛んで抱きついてきた。
「洸ちゃん!!」
「お兄ちゃん!!」
まさかの召喚で家族と再会した。おいおい……。