4.海辺の町
ユイを連れて行くと決めたみさとの行動は、早かった。
大神殿を通じて、宿に辞職予告をし、後任の手配もあっという間に済ませてしまった。恐縮するユイに、神官長にお願いしただけだから〜と、シンは笑っている。
それを聞いてさらにユイは、アワアワするのだが。
「大丈夫よ〜。あの子、シンちゃんのお願いなんて、泣いちゃうくらい喜ぶんだから」
そんなみさとのなぐさめも、耳に入らない。
とにかく、ユイは、いっぱいいっぱいだったのだ。
いっぱいいっぱいのまま、みさと達に引っ張り回されることひと月。
「人間って、慣れるもんよね〜」
ユイは、両脇にレンとランを抱えて、つぶやいた。
「何がだ?」
レンが、海釣り挑戦中のシン達を見ながら、尋ねる。
「神様ご家族と行動を共にしてること。聖獣と話してること」
ユイの言葉に、聖獣夫婦はおや、と首をかしげた。
「最初にレンとランがしゃべった時は、ビックリしたわー。犬がしゃべるなんてねぇ」
うんうんとうなずきなから、ユイは当時を思い返す。
神様夫婦とその両親だけでも、いっぱいだったところに、2匹の子犬が目の前でいきなり成犬になって挨拶してきたのだ。神様とその両親のことも、人語を操る成獣のことも、知識としては知っていたが、前世の世界観に引きずられているユイにとっては、御伽噺や絵本レベルの他人事だった。その御伽噺的存在が、目の前でしゃべっているのだ。うれしそうに。
何の反応もできなかったのは、仕方がない。気を失わなかっただけ、よかったと言えるだろう。
「なんで?ユイの前世は、お父さまとお母さまと同じ世界だったのでしょう?」
「うむ、この世界のすべての生き物は、お父さまやお母さまの記憶から創られているといると、シン様から聞いているが…?」
聖獣のつがいは、不思議そうにユイを見上げた。
「あ~、あのね。その記憶は、たぶん小説…作り話の記憶だと思うわ。実際に、存在はしていなかったのよ」
ユイは苦笑して、海釣り中の神様家族を見た。
全員で浜辺に打ちあがった巨大なサメから針を取り除いている。聡が自分から針にかかりに来るんじゃないと、叫んでいた。サメの周りにも、大物たちがビチビチとひしめいている。魚たちは、神様家族にお目にかかりかくて仕方がないようだ。その周りには、いつの間にか普段は人に姿を見せないこの近辺の上級精霊たちが集まっている。美形な精霊たちは、みなほほを染めて、神様家族をうっとりと見つめていた。
「ファンタジーよね~」
半笑いのユイに、レンとランは「ふぁんたじー」って何だろうと首をかしげるのだった。
海辺の町で二月楽しんだ一行は、そろそろ次の町へ移動しようかという話になった。
神殿に連絡を取ったり、馬車の手配をしたりと準備が進んでいく。シンとリンはここで、旅行終了し、ユイを連れて森へと帰る。代わりに、クロウドとキンシャがやってくるのだ。
さて、明日には出発という日の朝、みさとがユイに声をかけた。
「ユイちゃん、ご家族に挨拶に行くわよ」
「え、いいですよ。宿のご主人経由で知らせましたから」
「だめよ。ちゃんと自分の口で言っておきなさい。言える時に言っておかないと、後悔するわよ」
みさとの言葉にユイは折れた。瞳の奥に深い悲しみを浮かべたみさとと、そっとその肩を抱き寄せた聡は、言うことができなかったのだと、わかってしまったから。
みさとと聡に付き添われて、ユイは少し離れた生まれ故郷の町に久しぶりに足を踏み入れた。
近所の人たちに声をかけられつつ、家に着く。玄関で足が止まってしまったユイにかまわず、みさとが声をかけ、ユイは久しぶりに家族に対面した。
さすがの年の功なのか、聡とみさとが、うまく話を進め、ユイを連れていくことは了承された。
「この子には、違う土地のほうが生きやすいでしょう」
「この子のことをよろしくお願いします」
そう言って、聡とみさとに頭をさあげる両親を、ユイは茫然と見つめた。みさとが、そっとユイの手を取って微笑む。
「はい、大事なお嬢さんをお預かりします」
聡の言葉にホッとしたような両親の姿に、みさとの言う通りに、会いに来てよかったなと思うユイであった。
「身体に気を付けて」「たまには便りをよこせ」と送りだされたユイは、元気に「行ってきます!」と家をあとにした。
感謝の言葉を述べると、みさとはそれは嬉しそうに笑うのだった。
翌日、森へ帰るシンとリンと交代する双賢者は火の鳥ひ~ちゃんと白竜のブランと共にやってきた。初めて見る大きなひ~ちゃんとブランをぽかんと口を開けて見ていたので、ユイは、もう一人いることに気が付かなかった。
お迎え(というかお目付)として来たシンの孫は、ユイを見るなりいきなり抱き着いてきたのだ。
固まるユイに「やっと見つけた」と前世の名を呼んだシンの孫に抱え込まれて、ユイは何が何だかわからないうちに神の森へと赴くこととなる。
残されたみさとが、きゃあきゃあ喜んでいたのは、言うまでもない。
それからユイは、何百年と独身を貫いてきた自称前世の夫に追いかけられることになるのだが、それはまた、別のお話。




