ストーカー・ボンバー
爽快感のある甲高い音が聞こえた気がした。
そして気が付くと――――尻からほのかな温かみを感じた。
なんだか、長いこと眠ってしまった時のような、独特な頭痛がする。
目を開けると、景色が猛スピードで右から左へと流れていた
もしかしなくても、また戻って来てしまったようだ。
「あの……大丈夫?」
隣の女子高生が、俺にそう尋ねて来た。
「ハハ」
俺は笑いながら、自らの拳で自らの頬を打ち抜いた。
勢いが余って、俺は床に崩れ落ちる。
世界が揺れて、血の気が引いて、脳震盪のようになったけれど、そんなことはどうでも良い。
俺は無我夢中で、自分自身を殴り続けた。
周囲の人が悲鳴を上げている。
床に俺の血が飛び散り始めた。
大人の男が俺を止めに入る。
それでも俺は暴れて、騒いで、大人たちを振りほどいて、殴り続けた。
やがて、世界は真っ暗闇に包まれた。
もう、いつ気を失ったのかも分からない程、俺はただひたすらに俺を殴り続けたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、どうなったのかはもう覚えていない。
病院に居た気もするし、警察署に居た気もする。
ただ俺は、いつのまにか無気力に家のベッドに横たわって、壁をただ見つめていた。
「ああ……」
何もやる気が起きない。
どうせ俺が何かしたら、全てが悪い方向へ進む。
もう一歩たりとも動きたくない。踏み出したくない。
いつもそうだ……俺はいつも、大事な時に動けなくて、それなのに、完全な自己満足のためならいくらでも道を踏み外せてしまう。
成長しようとするたびに、間違いを犯してしまう。
俺なんかが誰かを救うなんて、おこがましいにも程がある。
こうしてジッとしている方が、皆のためになる。きっとそうだ。
「――――あんた、とうとう壊れたんだって?」
扉が開く音がして、それに続いてそう声が飛んで来た。
駒井が来たようだ。
だが、振り返る気すら起きない。
俺は変わらず、何も言葉を発さないで壁を見続けた。
「何があったの? 聞いてあげるから、話してみ」
ベッドが僅かに沈み込んだ。駒井が座ったようだ。
長話を聞く覚悟もあるようだが、何も話す気にはならない。
「――――まあ、いいや。何となく察しは付くし」
顔は見えない。だが、駒井にはどこか柔らかい雰囲気があった。
「どうせまた、好きな人を追っかけて、好きな人のために何かをしようとして、盛大に失敗して自暴自棄になっている。そんなところでしょ」
思わず、体がビグッと震えた。
そしてそれを、駒井は見逃さなかった。
「やっぱりね。ただ今度は、相当大きなやらかしをしたって感じかな」
見透かすように、駒井は言う。
「ホントにあんたは、どこまでも臆病で、いつまで経っても女の子を追っかけて、これっぽっちも成長をしないよね」
駒井はそう言って、俺を嘲笑った。
別にそのこと自体に腹は立たなかった。けれど――――。
「あんたさ、もっと自分に自信持ちなよ」
駒井のその言葉を聞いて、何だか無性に腹が立った。
「――――それが出来たら、苦労しねえんだよ」
気が付いたら、俺は歯を噛みしめながらそう言葉を紡いでいた。
簡単なことのようにそう言う駒井が許せなかった。
「俺みたいなクズでどうしようもない人間が、どうやって自信を持てってんだよ」
俺には一ミリたりとて自信を持てる要素が無い。
そんなの、分かり切っている事のはずだ。
「何言ってんの。あんたは最低な人間だけど、クズじゃないでしょ」
「は?」
駒井の言葉は、完全に予想外なものだった。
「私はあんたのこと、こう見えて結構好きだけど? 少なくとも、傷ついてるんなら、立ち直らせてあげようと思うくらいには」
俺はそう言われて、思わず駒井の方へ振り返る。
「ただもちろん、異性としての好きではないから」
ただ、速やかにそう否定されてしまった。
「私は今も昔も、あんたに命令されたのなら、本当に何だってやるつもりだった。犯されても仕方ないとも思ってた。そして、それはあんたも十分理解していた。でしょ?」
「ああ」
俺が命じれば、駒井は本当に何でもやってくれる。
倫理など完全に無視した命令でも、おとなしく従う。
そのことは十分理解していた。
「でもあんたは、私に手を出さなかったじゃん」
駒井が、俺に微笑んだ。
「あんたはいつも、最低限の越えちゃいけないラインは守ってた。中々いないと思うよ。あんたと同じ状況下で、一線を越えずにいられる人っていうのは」
そんなことない……。そう否定しようとしたけど、駒井の微笑みが、それを許さない。
「そりゃあ、弱ってる時はまあまあ最低なことも何回か言ってきたけどさ、でも普通の時のあんたは、良い人じゃないけど、優しい人だったよ。少なくとも、私が操り人形として六年間見て来たあんたは、そんな人だよ」
今日の駒井は、いつになく温かかった。
「あんたは最低な人間だけど、十分魅力もある人間。自信をもって良い人間だよ」
その言葉が、俺の中で少しだけ何かを溶かした。そんな感じがした。
「俺の魅力……か。気付いてくれる人がこの世に居るのかな……」
誰にも気づかれない魅力なんて、無いに等しい。
十年以上付き合いのある駒井ならまだしも、他に俺の微細な魅力に気付いてくれる人が居るのだろうか……。
「じゃあ、逆に聞くよ」
駒井は俺の言葉に対して、眉を寄せて俺を見た。
「あんたの好きな人は、あんたの魅力に気付いてくれない、薄情な人なの?」
その言葉を聞いて、俺は目を見開く。
「少なくとも、私ほどの人間になれば、アンタの微小な魅力でも、ハッキリと見えてる。それなのに、あんたの思い人は、人を上辺だけでしか判断できないような、しょうもない人間なの?」
駒井の言葉が、俺に思い出させてくれた。
「ねえ、どうなの」
俺は一度目を閉じ、再度開く。
「違う――――」
蝶野さんなら、きっと俺を見てくれる。俺を知ってくれる。
「なら、しっかりと自信を持ってアピールしてみなよ。最初は物凄く小さなことでも良いからさ。前に出て、立ち向かってみなよ」
駒井が俺に向かって励ますような、温かい微笑みを向けてくれる。
「ああ」
それにつられて、俺も駒井に対して、勇ましい笑顔を浮かべた。




