第088話 かんぱーい
「というわけで、家を出ないといけない。というか、ここだけじゃなくて、あっちの世界もだな」
「あっちの世界かー……家を借りる?」
「いや、私の家に住めばよくない? というか、引っ越したばかりなのにまた引っ越すのは嫌…………もう1年分の家賃を払ったし」
ヘイゼルちゃん?
「ヘイゼルさん? おいこら、ポンコツ!」
「な、何よ? 何か文句でもあるのか、守銭奴!」
喧嘩はやめてー。
せめて、座る位置を交換してー。
「まあまあ。落ち着いて。ヘイゼル、お前の家って、リビングを入れても3部屋だろ。俺ら3人で住むには狭くないか? お前は研究部屋がいるだろ」
子供は……まあ、早いか。
「私はリビングで研究するから2部屋を譲るわよ……」
「お前、見られたくないんじゃないの?」
引っ越しを手伝った時も頑なに俺らに触らせなかった。
「家族になるのなら別に見てもいい。他所には漏らさないだろうし」
漏らすも何もお前の研究成果を俺やフィリアが見ても理解できないと思う。
「ヘイゼルさんはどこで寝るの?」
「え? リビング?」
「いや、それはねーだろ」
というか、それでいいのか、お前?
「じゃあ、どっちかの部屋で寝る」
どっちだよ……
「フィリア、1年はこいつの家で住むとしよう。俺もあっちの世界では別に部屋はいらんし、片方を寝室にして、片方をお前に譲るわ」
どっちみち、あっちの家ではやることもないし、部屋もいらん。
「リヒトさん、落ち着いて……真面目に聞くけど、3人で一緒に寝る気?」
……困る時があるな。
稼ぐ場があっちの世界がメインとなると、比率で言うと、あっちの世界にいる時間の方が長いだろう。
困るな……うん、困るな。
俺も若いし。
「よし! 片方をヘイゼルの部屋にして、もう片方をフィリアの部屋にしよう! 俺はお客様ポジでいく」
我ながら最低だと思う。
「まあ、それが現実的かな……こっちの世界の部屋を分ければいいか……」
「別に私は3人で一緒に寝ればいいと思うけどなー……」
ここでも意見が食い違う2人……
「お前、寝てる横でフィリアの嬌声を聞きたいか?」
「さいてー……」
フィリアが白い目で非難してくる。
「え? 私は? 仲間に入れてよ」
「もっとヤバいのがいたし……」
ヘイゼルちゃんは3人でもいいの!?
この人、ヤバくない?
俺の嫁(予定)で師匠だよ?
「賃貸か買うかはわからんが、こっちでは広い家にするか」
「そうしましょう」
「ってかさー、あんたら、ウチに来る前にヤッてきたでしょ」
ちょっと黙れ、ドスケベ!
お前はさっきから飲みすぎなんだよ!
それで失敗した過去をもう忘れたのか!?
ヘイゼルちゃんは自分の失態を誤魔化すために酒をイッキで飲んでいる。
たいして強くもないくせに。
「まあ、ヘイゼル家にとりあえず、住むことにしよう」
「そうね。お金がもったいないから1年は住まないとね」
「あんたらももっと飲みなよー」
ヘイゼルは顔を赤くし、俺とフィリアに酒を勧めてくる。
多分、忘れてほしいんだろう。
「本格的に飲むのは後だ。ちょっと親に電話するから静かにしてろ」
スマホを取り出し、ローテーブルに置いた。
そして、母親の携帯にスピーカーモードで電話する。
ぴったりとくっついていたフィリアとヘイゼルが少し、距離を置いた。
長い呼び出し音が続いていたが、音が止まる。
『はーい?』
母親の声だ。
「もしもーし、俺、俺、俺だよ、俺」
『今時、オレオレ詐欺する? やめたほうがいいよ』
渾身のギャグだったんだけどなー。
「まあ、冗談は置いておいてさ、今はどこにおるん?」
『ベガス!』
ラスベガス?
アメリカだっけ?
「儲けているようで何より」
『リヒトちゃんも来ればいいのに。こっちのホテルはすごいわよー』
「俺は仕事があるの」
『最近はしてないくせにー』
やっぱ知ってんな。
「父さんは?」
『お昼寝してる。そろそろご飯だし、起こそうかな……』
あ、時差があるんか。
「まあいいや。ちょっと話があってねー」
『なーに?』
「俺さー、結婚しようかと思ってる」
『……早くない? リヒトちゃん、彼女いたっけ?』
この人がどこまで知ってるのかわからんな。
「彼女はいないけど、する」
『……リヒトちゃん、アニメのフィギュアを買ったの?』
「いや、人間」
ちゃんと柔らかいぞ!
『デキちゃった?』
「まだデキてない」
『うーん、まあ、早い気もするけど、ママ達が言えたことじゃないし、別にいいけど、どんな子よ?』
両親は2人共、若いしな。
父親が45歳で母親が44歳だ。
「ちょっと待ってろ……お前ら、言葉が通じてるか?」
『ら?』
「わかるね……」
「あわわ、ソフィア様だ……」
言葉は通じるらしい。
普通に日本語に聞こえるが……
まあ、俺からしたらこいつらも日本語だけど……
『ねえねえ、リヒトちゃん、ママの空耳かな? 女の子の声が2種類も聞こえるんだけど』
「お前の息子は偉大だったってパパに伝えて」
『ああ……育て方を間違えた』
あんたが詐欺師な時点でダメだよ。
「愛しちゃったんだからしょうがないじゃん」
『こっぱずかしいセリフで誤魔化せると思わないで』
「マジ、マジ。そのくらいの想いがないと結婚なんかしねーよ」
『うーん、独身貴族になりそうだったリヒトちゃんが家庭を持ってくれることを喜ぶべきなのかなー』
喜べ、喜べ。
祝杯をあげなさい。
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