第玖拾漆話 「神なる獣の大破」
我々人類は古来より神の化身である神獣を崇拝してきた。
世界を守る神獣たちは、我々人類の頼もしい味方であった。
神は我々人類を守るもの。だが、それは人間の都合であった。神の中にはもちろん破壊神と呼ばれるものもいる。彼らは人類を守ることが存在意義ではない。人間社会を、人間世界を破壊することが仕事なのだ。
破壊神はこれまでにも様々な破壊工作をおこなってきた。
世界を海に沈めてみたり、大地を大きく揺らしてみたり、時には巨大な隕石を降らしてみたり、山から火を噴かせるなんてこともやって見せた。
そのたびに人類は逃げることもままならず、多くの人々がその破壊の魔の手にかかった。
それでも、人類は生き延びた。逆境に打たれれば打たれる程、それを跳ね返し、神の所業に打ち勝とうとしてきた。そんな仕打ちをする神に対しても、人類は信仰をし、崇め奉り、怒りを鎮めて貰おうと、祈った。
だが、神の怒りは鎮まらなかった。
人類が驕り高ぶっているからだという人もいるが、神の前に跪いていようが、神の怒りは鎮まらないのだ。
そこで、人類はその高度な思考力を持つ頭脳を駆使して、神の怒りに対抗しようと考えた。
たとえば街を沈めようとする水攻めには、防波堤を造り、大地を揺らす所業には、揺れにも耐える建物や、多くの人が避難出来る場所を確保した。
しかし、人類が出来ることなど高が知れている。神の所業は人間の対処など簡単に超えてくるのだ。人類はそのたびに絶望に苛まれた。
だが、その男は違った。
彼は突然神の子としてこの国を導くリーダーとして現れたのだ。疲弊していたこの国を導くリーダーとして、国民の期待を一身に集めた。
彼がおこなう政策はすべてが理にかない、すべてが順風満帆だった。
しかし、いつの間にか彼は破壊神へと身を窶した。彼はこの国の国民たちを破壊の申し子に仕立て上げ、周辺国家を悉く併呑していったのだ。
人々は言う。「あの男は壊れてしまったのだ」と。
だが、彼自身は何も壊れていなかった。これが必然だと信じていたのだから。




