第玖拾捌話 「どうしようもない願い」
あなたと出かけるのが好きだ。
朝、あなたがポンポンと私を叩いて起こしてくれて、隅々までおかしな所がないか確認してくれるのも好き。身嗜みを整えてくれたり、ご飯を食べさせてくれたり、身体を綺麗にしてくれたりするのも好き。
あなたが私を連れてどこかに出掛けるのは、もっと好き。
私は自分じゃ何も出来ないから、あなたの言うとおりにしなきゃいけないけど、別にそれを苦痛に感じたことは一度も無い。
だって、私はあなたのすべてが好きだから。いつも優しくしてくれるし、私に気を遣ってくれる。この前買ってくれた香水は、今でも毎日使っているし、私のために買ってくれたアクセサリーも、ずっと着けてる。
もう、何年になるかな。あなたと出会ってから、二人で色んな所に行ったよね。
海辺の街、山間の村、雪国から、常夏の島まで、全国津々浦々、二人で行ったよね。
私の中には、その思い出がいっぱい詰まっていて、二人で見た景色は、今でも忘れてない。すべての思い出が私にとって宝石なの。
でも、もうすぐ、私は逝かなくちゃいけない。
運命かな、こんな身体だから、文句も言えないけど、寿命だと思って諦めてる。
ただ、最後まであなたと一緒にいられれば、それだけで幸せ。だから、後悔はないし、心残りもない。
一つだけ心配なのは、遺していくあなたの健康だけ。
あなたは、最近溜息が増えた。
私には見せないけど、ふとした折に、溜息を吐いているのを、私は知っている。
日々の仕事で疲れているのかな、それとも会社で上手く行かないことがあるのかな、人間関係に悩んでたりするのかな、それとも、私との関係に嫌気が差したのかな。
色んなことを考えちゃうけど、あなたは何も教えてくれない。いつも一人で抱え込んでしまうのよね。
それが凄く寂しいんだけど、それがあなたの優しさであり、私があなたを大好きな点でもあるんだよね。
でも、こんなことになるなら、もっと早く相談して欲しかった。
あなたは、私の運転席で突然突っ伏した。
私は、なすすべもなく、信号待ちをしている車列に突っ込むしかなかったの。




