第卅陸話 「まってろよ」
交差点に差し掛かっていた。
私は直進するつもりで、アクセルを踏む。信号は青だ。
対向車がウインカーを出して右折レーンに入ってきた。
「まってろよ、出てくるなよ。俺の方が優先だからな。」
私は、そう独り言ちた。アクセルを緩めるつもりはない。
「おい、待てって言ってるだろ。出てくるなよ。」
対向車は止まる気配を見せない。
このままでは、衝突する。私は、思わず目を瞑ってしまった。
しかし、衝突することはなかった。
いや、衝突する寸前で、時が止まっていたのだ。
まるで、停止ボタンを押したVRの世界のようだ。
私の車は対向車にあと数センチのところで停止していた。
私は何が起こっているのか理解出来なかった。
世界は停止しているし、身体も動かせない。
だが、意識はハッキリしている。世界が停まっていることも認識している。
「まってろよって言ったのに、待ってないからだよ。どうすんだこれ。」
私はこの情況に陥らせた、相手の運転手を呪った
(自分の非を認められない人間が、えらそうに時間を停止させてしまうとは。なんたる傲慢、なんたる驕傲、なんたる尊大。)
脳に響く声が聞こえた私は、辺りを見渡したが、そこには誰もいなかった。
いや、居た。
周囲にいた人々の目は私を見ていた。その目は非難囂々の目付きだった。
横断歩道を歩く人々の目。
自転車に乗って通り過ぎていこうとする人の目。
交差する道路で信号待ちをする運転手たちの目。
すべての人々が、私に向かって非難の目を向けていた。
なぜだよ。私は青信号を直進していたんだぞ。
悪いのは右折してきたあいつじゃないか。私は何も悪くはない。
(それが尊大だというのだ。交通法規も知らぬお前は運転などする資格はない。)
そう、言葉が頭の中に響いた途端、世界が動き出した。




