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チャゲの憂鬱2

チャゲ視点です。

 男を拘束し、とりあえず家に連れて帰るため、来た道を戻る不思議な絵面の三人であったが、突然男が歩くのを拒む。


 (自分の今後の処遇について不安になり、抵抗しているといった感じかしらね)


 セレイナは己の推測がそれほど的を外したものではないと思っている。

 ほぼ無抵抗で拘束された男が、連行されるとわかると移動するのを拒むのだ。

 そう考えてもおかしくはない。


 (人型の生物で、召喚に応じるのはかなり上位の存在だって聞いたことがあるけど……)


 目の前で蹲る男からは、上位者としての威厳が一切感じられない。

 それどころか村の自警団の団員の方が純粋な戦闘力では勝っているように思える。

 

 そんな思考にふけっているセレイナに、何かに気づいたミリーリアが話しかける。


「ねぇねぇセッちゃん、靴がないから歩けないんじゃないかな?」


 そんなバカな、とセレイナはミリーリアの発言を一蹴しようとするが、男は自分の足を気にしている。


 ミリーリアが手元のポーチから布を取り出し、男の足に巻き付けると、男は何事もなかったかのように立ち上がり、地面の感触を確かめている。


 セレイナは目の前にいる男は何の力も持ってない一般人ではないかと思い始める。

 しかし、ミリーリアの意見は違った。


「やっぱり吸血鬼って日光に弱いんだね。夜じゃないと空中浮遊とかコウモリ化とかできないのかな?」


 確かにこの男は色白で、目元に少し隈が出来ている。そして見るからに不健康そうだ。


 吸血鬼の存在はおとぎ話でしか聞いたことがないので、セレイナには否定することも出来ない。

 可能性の一つとして、頭の片隅に留めておくことにした。 

 


 三人が村に近づくと、遠くから


「おーーい。無事か? ソイツは盗賊か?」


 という声が届いた。


 「違う違う。大丈夫だから。ちょっとワケアリ。危ないヤツじゃないと思うけど、念のためウチで預かろうと思って」


 (やっば。焦って村から出たから大事になってる。さっきまで門番は団長じゃなかったのに)


「ミリー、吸血鬼かもってことは家に帰るまで口外しない事。まずはお父さんに相談して、それからどうするか決めましょう」

「そうだね。その方がいいかも。さすがに今日お休みの団長が門の前にいるんだもん。ちょっとした事件みたいになってるもんね」


 二人の少女は歩きながら小声で打ち合わせを済ませ、村の入り口に到着した。


「で? ソイツは何者なんだ? 危ないようなら俺が村長のところに連れて行くぞ」

「あー、大丈夫大丈夫。コッチにもちょっと色々事情があってね。使い魔ってヤツなんだけど、アタシも初めて見てさ。扱い方がわからないからお父さんに聞こうと思って」

「ほー、召喚獣ってやつかー。ミリーリアの嬢ちゃんが召喚したのか?」

「そう。ミリーが初めて召喚した使い魔。まだ手探りだから連行してるみたいになってるけど、危険はないと思うわ。使い魔を一人にしておくとどうなるかわからないから急いで向かったけど、ミリーが何も指示しなかったからずっと同じ場所にいたわ」

「へー。そんな感じなのか。念のため聞くけど、その辺の男を無理やり連行してきてこれは使い魔です、なんてことはないよな?」

「変な事言わないでよ。さすがにもう少しまともなの選ぶわよ」

「ちげーねーや。一応ウチの団員が村長を呼び戻しに行ったから、もう家についてるんじゃないかな」

「あー、そりゃそうよね。アタシ達二人が慌てて村の外に走っていったらそうなるわね。心配かけてごめんなさい」

「ごめんなさい」

「いいって事よ。何事もなかったならそれでヨシよ」


 (何とか誤魔化せた…)


 真実の一割程度しか伝えてないが、嘘を一切吐かず(・・・・・・・)に無事、乗り切る事に成功したセレイナとミリリア。

 紫色の脚の生き物の事は完全になかったことになっている。


 しかし、まだ問題は山積みである。


「家に着いたらミリーがお父さんに状況を伝えて。私達は外で待つから。一応吸血鬼の可能性も忘れずに伝えておいてね」

「任せてよ。シュルーケルさんなら使い魔も見た事あるだろうし、きっと何か知ってるよね」


 シュルーケルにどう説明するか、おおよその打ち合わせを済ませた二人は、打ち合わせ通りに各自行動を開始する。


 家に到着し、先ずはミリーリアのみが状況説明のために家に入る。


 頃合いを見計らって、男を引き連れたセレイナもその後に続く。


 (男を家に連れて帰るって変な感じね)


 何ともいえない感情が湧いてくるセレイナであったが、意を決して居間への戸を開ける。

 そこには腕を組んだシュルーケルの姿があった。


「ただいま。この縄どこに繋げばいい?」

「おう。話はミリーリアから聞いたぞ。縄はいらないんじゃねーか?」

「そう? 暴れたら危なくない?」

「俺もいるし何とかなるだろ。その辺に放り投げとけ。見たところそんなに危ないヤツでもなさそうだしな。それに……」


 シュルーケルは自分の背後に保管してある愛用の剣を指差す。


 現役時代に使用していた剣は手放している。

 しかし、冒険者時代のクセ、そして手元に剣がないと落ち着かないとの理由から、引退後に改めて購入し、現在まで使用している。


 セレイナとしても父の実力は嫌というほど思い知らされているので、縄を繋ぐ必要がないなら、と男の拘束を解く。


 そしてミリーリアの隣に立ち、改めて男と対峙する。


「それで、お父さん。これからまずは何をすればいいの?」

「そうだなあ。俺も詳しい事は分からないんだ。」


 セレイナは当てが外れて、若干今後の事が不安になる。

 

「昔、人型の使い魔を一度だけ見た事はあるけど、アレはヤバイなんてもんじゃなかったな。俺たちの手に負える相手じゃないって事で逃げ出したっけなあ。で、そのまますぐにギルドに報告して、後は先輩が何とかしてくれたって感じだったか。懐かしいなあ」

「父さんと母さんと一緒に冒険者やってた頃の話? 少し気になるなー」

「そうだ。俺たちも結構強くなったと思ってた頃でな。そう簡単に負ける事なんてないだろうって事で受けた依頼だったんだけど──」


 ミリーリアも会話に加わり、どんどん話が脱線していく。


 セレイナは話の流れを戻すべきではないかと思っているが、シュルーケルの失敗談も気になっている。


 事前準備等の重要性、不慮のアクシデントが発生した際の対応策等は、元冒険者のシュルーケルに教え込まれている。


 しかし、全く歯が立たず、どうする事も出来なかったという話は聞いたことがなかった。


 父親としてのプライドか、あるいは娘の好感度を気にして、あえてその話はしなかったのか。


 身柄を確保された男の事は一時的に放置され、身内話に花が咲くのであった。



 これからクライマックスというタイミングで、存在を忘れられた男が手を上げる。

 その動きからは強い決意を感じ取れる。表情も真剣そのものである。


 すっかり身内話に集中していた三人は、男の突然の動きに警戒感を露にする。

 これまで動きを見せて来なかった男が初めて動きを見せる。理由はそれだけで十分である。


 目の前の男が、己の股間に手を添える。

 脚は内股に。

 添えられた手が地面に向かって優しく放物線を描く。

 

 何かしらの儀式か。


 しかし、何も起こらない。

 男はゆっくりと同じ動作を続けている。

 

 この動作が何を意味するか。シュルーケルが真っ先に気づいた。


「ガッハハハ。そんな真剣な顔で何かと思ったら。よしこっちだ」


 男の決死の意思表示は、最も伝えたかった相手に寸分の狂いもなく伝わった。


「そりゃ知らない所に連れて来られて、身内で盛り上がってたら声も掛けにくいわな。ワリーな、気付かなくて」


 居間へ戻るまでの間に、スッキリした表情の男に、シュルーケルは謝意を伝える。


 居間に残された二人の少女は、話を本題に戻し、本格的に話し合いを始めるにあたり、何があってもいいようにスペースを作ろうと家具を移動させている。

 黙々と配置変更を行っている、なんてことは無い。

 

 あのジェスチャーはそういう事か、と小声で話し合っている。


 奥から足音が聞こえてきたら会話を切り上げるあたり、彼女たちは淑女としての嗜みはしっかり身についているようだ。


 (それにしてもあんな真剣な顔して、トイレに行きたいだけなんてね。今までほとんど意思表示しなかったくせに)


 いいところで話が終わったこともあり、セレイナが不満を持つのも仕方がない事だといえる。



 男性陣二人が戻り、全員が揃ったこともあり、居間にできた広いスペースで話し合いが行われようとしている。


「で、話を戻して、コイツをどうするかだよな」


 シュルーケルが切り出す。


「そうなんだけど、言葉が通じないのよね。召喚したミリーなら意思疎通できるかなって思ったけど、ダメだったし、こういう場合はどうするのかなって」

「私も図書室で借りた召喚の本が消えちゃったから正しい手順とかわからなくてさ」

「んじゃコイツは召喚魔法で召喚した使い魔って事で話を進めるが、ミリーリアは召喚の際に何か対価だとか捧げものだとかは用意したのか?」

「してないよ。そもそもあの本にそんな事書いてなかったしね」

「んじゃ契約は? いつまで召喚するとか、こうなったら終わりだとか」

「そういうのもないかな」

「なんでそれで使い魔が顕現するかね。俺の知ってる召喚魔法と完全に別物じゃねーか。専門家に聞かねーとはっきりとは分からねーな」


 結局、男の正しい扱い方は誰にも分からなかった。

 

 話が振り出しに戻ろうとしていた時、尿意を伝える時ほどのキレを感じさせない、緩やかな動きで男が手を上げる。


 「×××××××××××。××××、×××。×××××。××××××××××、××××××××××××××××××。×××××××××××××。×××××××××××××××」


 後に続く会話はない。これから長い話し合いが始まると誰もが予感した。

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