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♂♀ 魔王代理の華麗なる日々 (結)

 




 戦闘集団としては中身の薄い人族侵攻軍。


 女王親征とはいえ、高位貴族共の絶大な力を背景に持ちえなかった彼女の限界でもあった。 見目麗しい ”神官騎士” だけでは、魔人族の兵士にすら屠られる。


 侵攻一月にして、従軍した兵士の約四割を失い、更に後備輜重隊に届く物資の量も、目に見えて減って来た。 女王ジョネーヌは決断する。 魔人王を倒したのと同様に、魔王城に侵攻して、彼等の士気を挫き、もって魔族達を屈服させると。


 全軍を集合させ、一気に魔物の森を抜け、荒野と思しき場所に突撃を敢行した。


 森を抜けた彼女達、侵攻軍の目の前にあった光景。


【絶望】の二文字が彼女の頭に浮かんだ。 魔王城でグッタベルにラストエリクサーを貰う前の様な気分だった。 


 豊かな大地の地平に、強力な魔人族の戦闘集団が、幾重にも展開し、此方を包囲していた。 後ろは今しがた抜けて来た、魔物の森。 抜ける時にさえ莫大な損耗を強いられて来た。 押し込まれれば、壊滅は必至。


 魔物の戦闘集団の間が割れ、魔馬スレイプニールに繋がれた馬車に一人の少女が戦場に現れた。




 ベルシー。




 この戦を終わらせるべく、魔王城より急遽駆けつけたのだった。 街道は彼女を矢の様に運び、南の砦に詰めていた魔物、魔人族、その他種族の合力達が、人族の侵攻軍に激突する直前に到着できた。


 馬車を毅然とした表情で降り、隣にフェガリが控える。 魔人族の領域にしては珍しく、空は澄み渡り、穏やかな風が吹いていた。 純白のドレスを着たベルシー。 歩む姿は、魔人族でも、魔物の者でも無かった。


 光り輝くような彼女の姿に、女王ジョネーヌは、息を飲む。


 両軍の中央に位置し、立ち止まる、ベルシー。 まるで、ここまで来いと云うような威厳を放っている。 逡巡した後、女王ジョレーヌは、フレセッテを伴い、その場に向かった。




「戦は望みませんが、貴方達が欲するのならば、全てを殲滅するまで、お付き合い致しましょう。 今ここに居る者達でなく、魔人族の領域に棲まう、最後の一人まで抗うでしょう。 勝ち目はありませんよ、ジョレーヌ。 ここで引けば、魔物の森の南端までは、その身柄、補償いたしましょう」




 目の前に広がる、強大な魔物達の軍勢に圧倒される。 素早く頭を巡らし、優位に立とうとする女王ジョレーヌ。 目の前の光り輝く少女が、魔物達を纏め上げている事は判った。 魔王城に行く手間が省けたと、内心ほくそ笑む。


 隣にいる、王配であり、最愛の漢を見る。 厳しい表情をしている。


 この男の為にも、何としても負けられない。 その想いが、彼女の右手を動かした。 事前に取り決めてあった味方の魔法騎士への合図だった。 遠くから一撃で粉砕できるように、魔法の槍を展開させていた。 ” 私の合図で、魔法を発動させ、目の前の少女に突き立てよ ” そう、準備していた。


 過たず、魔法騎士は、女王ジョレーヌの意思を汲んだ。 魔法の槍がベルシーに向かって傲然と投げつけられた。 突進する魔法の槍。 少女は一瞥を呉れただけだった。 少女への距離の半分も飛ばない処で、魔法の槍は、砕け散った。 光の粒をまき散らし、虚空に消える魔法の槍。




「話し合いを……したかったのですが。 無理の様ですね」




 寂しげに、そう少女ベルシーは、女王ジョレーヌに伝える。 冷たい視線が、突き刺さり、言葉を失った女王ジョレーヌ。 彼女を護る様に、フレセッテが一歩前に進む。 その首元に、鋭剣に切っ先が喉元に突き付けられた。 フェガリの殺気が切っ先に乗る。




「最後通告です。 お帰りなさい。 貴方達では無理です。 たとえ至聖騎士ハイパラディンのフレセッテが居られようとも。 貴方では、「聖遺物の武具」は、扱いきれません。 もうそろそろ、魔力が尽きるのでしょう? 立っているのもやっとでしょう。 御命を落とす前に、大切な人を護りたいのならば、引きなさい」




 超然とした、ベルシーの言葉に、フレセッテは頭を垂れるしかなかった。事実、彼は限界を迎えていた。 早急に聖鎧を脱がねば、この場に昏倒しかねない。 残余の魔力も僅少だった。




「いかに?」




 せわしなく、フレセッテと、ベルシーの間に視線を飛ばしていた、女王ジョレーヌ。 不十分な準備に、非協力的な貴族共…… あきらめざるを得なかった。 




「こ、講和条件は……」


「人族になんの興味も御座いません。 そちらが仕掛けなければ、「魔物の森」以南に関しては、手出ししません。 また、そちらの領域に自然発生する魔物に関しては、此方の意思は介在いたしませんから、どうとでも」


「……相互不可侵……だな」


「帰りなさい。 再びこの地を脅かそうと考えぬように。 人族は、人族の領域に留まる様に。 この世界は、人族の為に有るのではないのですから」




 冷たく言い放つベルシー。 頷かざるを得なかった、女王ジョレーヌ。 完敗で有った。 情けさえ掛けられた。 もう、彼女に帝国を支え続けるだけの力は残っていなかった。 これから先、人族は、その領域の中での食い合いになる。 光り輝くような魔人族を率いる少女。 その未来を見通す様な視線。 


 もう……何も出来なかった。 女王ジョレーヌは、率いた全軍に帰還を伝えた。


 戦は終わった。





******************************





 あれほど寂れて居た魔王城周囲が、今では魔王の一大都市に成っていた。 行き交う魔人魔物、そしてその他の種族の者達が、対人族戦の勝利を歓喜で迎えた。


 南方領域から、スレイプニールが引く馬車に乗って、魔王代理ベルシーが、フェガリと共に魔王城に帰還した。


 魔王城に入城し、各種族の者達から祝辞を受けたベルシー。 魔王の玉座の隣に立ち、その場の全ての者達に、感謝を示した。




「此度の戦、全ては、皆様の尽力に尽きます。 魔人王ガイル・ラベク様お目覚めのその時まで、更なる協力を願います」




 彼女からは、【驕り】や、【増長】と云った物は見受けられない。 全ては魔人王と、魔物達の為にと言わんばかりの言葉に、自然と皆の頭は下がった。




―――――




 フェガリには懸案事項があった。 魔人王ガイル・ラベク目覚めの時、状況が安定していれば、当然、妃の選定に入らねばならなかった。 大魔晶石は、順調に魔力を魔人王が眠る繭に注ぎ込んでいる。 このままいけば、あと十年のすれば、魔人王は目覚める。


 魔人族の高位の者達は、自分の娘を魔人王の妃にと、それとなくフェガリに打診を始めていた。 頭の痛い問題でもあった。 彼の苦悩を読み取ったベルシーは、零れんばかりの笑みを浮かべ、彼に意見を述べた。




「古き記録を読みますと、魔人王様の御妃様はお一人では無かったと記載されております。 有能な者達の娘御、他部族の姫もまた、嫁がれたと…… 希望される方々皆様、後宮に入れられればいかかでしょうか?」


「ベルシー様は、それでよろしいのでしょうか?」


「はっ? なぜ、私の名前がそこに出るのですか?」


「これほどまでの事を成した御方が、何故に妃候補から外れると?」




 難しい顔をしたのは、今度はベルシーの方だった。 魔人王ガイル・ラベクとの約定を護る為、懸命に、賢明に、邁進してきた。 それに、魔人王が目覚める時、ベルシーの命は終わりを迎える。 よしんば多少生きながらえても、ベルシーの中身は、おっさん至聖騎士ハイパラディンのグッタベル=ジーナス。 


 漢そのものだったのだ。 いくら教育で、女性言葉を、淑女のマナーを、身に着けても、中身はおっさんで有る事に変わりは無い。 女性としての生活は、処世術として折り合いを付けては居たが、事、男女間のアレコレには、極力距離を取っていた筈だった。


 事実、インキュバスからの執拗な誘惑を、全て遮って来た実績すらある。 周囲に居た、蟲の侍女達が先に誘惑されてしまう事案すら発生して、暫くインキュバスの登城を制限した程だった。 そのほかにも、高位魔人族の男達からの求婚、魔物の強引な求愛、男からだけでなく、女性型の魔人族、魔物達からの熱烈な視線。


 鬱陶しい事、この上なかった。




「フェガリ…… やめてください。 後宮の設置はお願いします。 ただ、私は今まで通り、王城の一室で、職務に当たります。 ……もう、そんなに時間は無いのでしょ? 早急に対処なさい」




 フェガリの苦悩は続く。 高位貴族の娘たちを迎える為に、後宮を開設したはいいが、数百人とは恐れ入った。 全てを纏める事は、いかなフェガリにしても至難の業であった。 端正なフェガリに懸想する馬鹿者さえいた。




「ベルシー様! お助け下さい!」




 後宮担当の侍女達から幾度となく陳情がベルシーの元に届いている。 決して至高の椅子に座ろうとしない、ベルシーの姿に彼女の矜持を見て取った者達からの懇願でもあった。




「無理です。 後宮の事は、後宮で。 序列が有るのでしょ? 最高位の者に統べさせればよい事。 なぜ、私にこの話を持ってくるのですか? 私は候補にも入りません」


「高位貴族様達の序列は……その功績によって決まります。 能力のある方が重用される。 魔人王ガイル・ラベク様の御意思でも有ります。 現在、功績は…… ベルシー様に集中している状況なので……」


「私は代理です。 功績は私のものでは御座いません。 全て魔人王様の物であるのですよ? それが代理と云う物です。 いわば影。 居るでしょ? 食料担当とか、鉄路担当とか…… 戦場で戦い抜いた将軍たちもまた、多大な功績を上げている筈…… なぜ、序列が決まらないのです?」




 侍女長と、ベルシーの会話に入って来たのは、フェガリだった。




「ベルシー様が、全ての指針を決められたからです。 医療、軍事、内務、外務…… 各担当者の功績を勘案する時、その上に貴女が居るのです。 よって、全ての魔人族、魔族、魔物、他種族の者達の序列は一応に横並びとなってしまいました。 ……後宮での混乱は、これに起因しております」




 悄然と項垂れるフェガリ。 物憂げな彼の表情に、侍女長の顔が赤らむ。 そんな様子を見ながら、ベルシーは溜息をつく。 ” こいつもか…… ” そんな事をちらりと考えてから言った。




「判りました。 では、後宮を暫定的に私の下部組織とします。 ……明日からで、良いでしょうか?」




 フェガリも、侍女長も、安堵に胸を撫でおろした。 諍いの種は色々有るが、ベルシーなら何とかしてくれる。 そう、思っていた。


 その夜、ベルシーは魔王の眠る繭の前に来ていた。




「ガイル・ラベク…… なんで、私が、こんな事しなきゃならないの! これは、貴方がすべき事でしょ? なんとか、言ってよ。 私は、男だよ? なんで、後宮の長に成らなくてはならないのよ!! 早く目覚めてよ。 そして、私の役目を終わらせて。 十分でしょ? 安定したわよ? 底辺を知る私が出来る事全てしたわ。 後は、あなた次第よ…… お願い…… 解放して」




 静かに懇願するように、繭に向かって語り掛けるベルシー。 その姿をフェガリは見ていた。 しかし、遠目に見れば、彼女から魔人王に対しての熱烈な気持ちを伝えている様にしか見えない。 彼は知っていた。 ベルシーが、何かの問題に直面する度、「謁見の間」では決して見せない弱音を繭に吐き出してきた事を。 側に仕えて、事有るごとに、決断を迫られるベルシーの不安は、手に取る様に理解しているつもりだった。


 しかし、その不安を取り除く事が出来たのは、魔人王の繭だけだった。 キッと睨みつけるベルシーの紅き瞳。 その瞳を超然と受け入れている魔人王の繭。 どこかで繋がっているとしか思えない、そんな様子にフェガリは心揺れていた。



 ベルシーが直属の長となった後宮は、多少のアレやコレやは有ったが、概ね順調に規律を取り戻した。 数百人に及ぶ妃候補が、多少の不安と共に、その時を迎えられるように、準備を始める事が出来た。 ひとえに、ベルシーの手腕でもあった。 彼女は、魔王代理として、執務と後宮の仕事を両立し、魔人王の領域の安寧にひたすら尽力した。


 魔人王ガイル・ラベク目覚める、その日まで。





 ******************************




 その日。


 繭が割れた。


 眠りについてから、二十年。 五百年分の魔力を、僅かに二十年で、注ぎ込まれた事になる。 数週間前から律動は始まっていた。 フェガリの体感でもそれは理解できた。 ベルシーは只、超然とその様子を見ていた。 人としては、もう、十分に生きた年齢に達している。 やり遂げた事は多々あった。


 魔人族の、魔物、その他の種族の笑顔も見る事が出来た。


 命の終焉を心静かに迎えられる。 そう、ベルシーは思っていた。


 人族の世界は、内戦が勃発して、ガタガタだ。 あちらから何かを仕掛ける様な余裕はもう無い。 周辺国が独立し、独自に魔人王の領域と友好条約を結ぶものさえ出た。 もう十分だった。


 割れる繭の前に、重職の者達が集まった。 割れた繭から、ガイル・ラベクが現れた。 漆黒の髪に端正な顔立ち。 深紅の瞳。 圧倒的な魔力。 


 その場に居たベルシーを除くすべての者達が平伏した。




「今戻った……長らく留守にした」


「お帰りなさいませ。 魔人王ガイル・ラベク様。 お待ち申し上げておりました。 代理の任……出来得る限り、やり通りました」


「ふむ……よくやった。 繭の中から見ていた。 聞いて来た。 お前の発案で魔力の溜まりが早く、こんなにも短時間で目覚める事が出来たのも事実だ」


「では……わたしの役目は……」


「十分に果たしたと」


「後宮の準備も滞りなく、終わって居ります。 心安らかに魔人族をお納めくださいませ」




 にこやかに笑うベルシー。 思い残す事は無かった。 覚悟はとうに決まっていた。 命の終焉。 ゆっくりと目を瞑り、その時を待った。  と、そこに、フェガリの声がした。




「魔人王ガイル・ラベク様。 お目覚めおめでとうございます」


「フェガリか……世話を掛けた。 望みがあるならば、何なりと申してみよ」


「魔人王ガイル・ラベク様。 ……一つ、一つお願いが御座います」


「うむ」


「ベルシー様の御命……何卒」




 端正な偉丈夫であるフェガリが両膝をつき、ガイルに頭を垂れる。 真摯な願いだった。 その様子を見たベルシーは慌てて彼の側に寄る。




「何を言っているのです。 約定です。 違えられません。 ”魔人王ガイル・ラベク様目覚めるその時まで”の命。 判っていた事でも有ります。 それに……」




 彼女の言葉に重臣達は皆驚き、口々に、魔人王ガイル・ラベクに陳情を始める。 何卒、ベルシー様の命を保たれる様にと……


 皆の言葉に、驚きを隠せないベルシー。 




「な、なんで……」


「拠り所なのです。 貴女は」




 そっと、そう言うフェガリ。 割れた繭の前に集まる重臣達を一望すると、軽く頷く魔人王ガイル・ラベク。




「ベルシー…… そう呼ぼうか。 これだけの懇願、無視するわけにはいかぬな。 一つ方法がある」


「……」


「お前と共に歩むという選択だ。 無理にとは言わん。 魂が近ければ、お前は保たれるからな」


「……でも、わたくしは…… おと……」


「なに、そう悪いものでもあるまい。 姿形は、紛れも無い女性だ。 ……問題はあるまい」




 ニヤリと笑う魔人王ガイル・ラベク。 繭の中ですべてを見聞きしてきた。 周囲の好意がベルシーに集まっている事も知っている。 いま、コイツを手放し、命を奪うなら、どんなことが起こるか、予測もつかない。


 で、有るならば…… と、魔人王の心の中で、高く評価された、おっさんグッタベルは、周囲を固められ、至高のきざはしの傍らに立つ権利を得た。




 ”やっぱり、魔人だ。 普通じゃねぇ…… 男だぞ? 俺は。 マジか! 逃げられんのか! ”




 ベルシーの中の、おっさんグッタベルは、周囲を見回す。 期待に震えた眼、眼、眼…… 逃げ道は無いようだった。ベルシー、いや、至聖騎士ハイパラディン おっさん グッタベル=ジーナス は、心の中で絶叫を上げた。 




 fin







二万五千字 オーバーしました。


ゴメンなさい。


削ったら、わけからん様に成っちまった。

戻した。

TSは初めての試み


困難で、辛いの…… マジで。


今の精一杯です。


どうぞ、よしなに。

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― 新着の感想 ―
騎士爵三男から来ました。 めっちゃ面白かったです。^_^ この後、きっと甘々に溺愛されて「俺は男だぞ⁈」と葛藤しつつも絆されて受け入れてしまう未来が見えますね。 やっぱり、不憫属性主人公には幸せにな…
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