第四章ヒロト③
「今度はお前か」
ヒロトが言うと、受話器の向こう側のマサクニが笑う。
「だれかかけてきてたのか?」
「おう、ダイスケと今さっき話したよ」
「ひどいな、あいつ、今、切羽詰ってるだろうに」
「ああ、励ましてやろうと思ったけど、逆にこっちが励まされちったよ」
石段を上りながらヒロトは笑った。
眼前に社が見え、仄かにお焚き上げの炎の色が見えた。
「夢を追いかけている同士、通じるものがあるんだろうな、二人は」
「なんだよ、エリートさんには夢がないって言うのかい」
「探している最中、とでも言っておこうかな」
少しの沈黙の後、マサクニはそう答えた。
「じゃあ、何で大学にいくんだよ。おれはそれがわからないね」
「僕にもそれは良くわからない」
ヒロトの問いに彼は素直に答える。
「言うなれば、時間稼ぎみたいなもんだな」
「時間稼ぎねぇ。そんなことをしてる間に何もできなくて終わっちまうことがないように俺は祈っているよ」
マサクニはその言葉に思わず息を飲んだ。
「僕が最近抱いていた感情がそれかも知れない」
彼は正直にそう打ち明ける。
「バカじゃないの? そんなの誰でも持ち合わせている感情だから」
そんなマサクニにヒロトは悪びれずにそう言う。
「お前、本当は何で今年、地元に戻らなかったの?」
唐突にそんな質問をぶつけてみる。
「わからないけど、このままじゃいけないと思ったんだ」
「ほう、それはお前にしては上出来な考えだね。お前はきっとこれまで、これでいいって人生しか歩んできてないだろうから」
石段を上りきると境内ではすでにお焚き上げが始められていて、お札やお守りが燃える芳ばしい匂いが立ち込めていた。
「地元に帰らなかったから新しい自分になれるとは思っていないんだ。帰ってお前達に会うと、その後が結構キツクてね」
「なんだそれ、そんなの俺もだし。俺だってまさにそうだから」
ヒロトの同意に、マサクニは暫く黙り込んだ。
その間、除夜の鐘が遠くで細く深く響いた。
「なんだ、お前も同じかよ。なんかやだな」
「なんでだよ」
そんな遣り取りで二人は笑う。
「でもタケシの奴、今頃きっとそわそわしているだろうな」
いつの間にか普段どおりの柔和な口調にもどってマサクニが言う。
「そうだな、あいつきっと、何もすることなくてテレビのチャンネル回しまくってレミに怒られてるだろうな」
そんな情景がリアルに思い浮かび、ヒロトはニヤニヤしてしまう。
「かわいそうだから年明けたら、様子見に行ってやろうぜ」
彼の提案にマサクニは快く同意した。
よいお年を、と言い合って二人は通話を遮断した。
電話をしまうと年が明けるのを待つ人の行列をぼんやりと眺める。
もうすぐ十二時を迎える。
ヒロトはお焚き上げの炎に目をやりながら再び携帯電話を取り出した。