エピローグ
ヴォルフガングが仰天したことに、事態は二日で引っくり返った。
割り当てられた部屋でふて寝をしていると、大司教の侍僕のシュラウカがやってきて、すぐに御前へ参上するように言われた。
そして機嫌の悪そうな大司教から、
『ケルントナートーア劇場で来月三日に開かれる演奏会に出演するように』
と言われ、返事もろくにしないうちに執務室から追い出された。
何が起きたのかわからないが、とにかく全ては望んだようになった。
万歳と叫びたいところだったが、すぐにシュタルツァー氏から呼び出しが来て演目の打ち合わせをすることになった。
シュタルツァー氏が『チェンバロ演奏だけでは足りない。交響曲もやってくれ』と言い出したときにはどうなることかと思ったが、幾多の大騒ぎやどんでん返しを経たのち、とにかく演奏会は大盛況のうちに終わった。
皇帝はヴォルフガングの演奏を聞いたし、聴衆は大いに拍手をしてくれた。
ヴォルフガングは満足だった。不満だったのは、八日に予定されている大司教主催の音楽会が終わったらすぐに『猊下』が自分をザルツブルクへ帰らせようと考えていることだけだった。ヴォルフガングはウィーンで成功したかったのだ。
さて、例のアントーニオ氏についてだが。
ヴォルフガングは彼と、案外早く再会することになった。
慈善演奏会の数日前、予行のためにヴォルフガングはケルントナートーア劇場を再訪した。
『オーケストラに紹介しておこう。ちょうど今、何かの練習をしているようだ』
同行していたシュタルツァー氏は、彼をオーケストラピットに連れて行った。
彼らが入っていくと、ちょうど演奏が終わったところで、指揮台にいた男はそこから降りながら黒い瞳をいたずらっぽく輝かせて、人懐っこい笑みを浮かべた。
『やあ、シュタルツァー先生、こんにちは。そしてモーツァルトさん、こんにちは。私を覚えていらっしゃいますか?』
『おや、きみに紹介しようと思ったのに』
シュタルツァー氏は怪訝そうにヴォルフガングと指揮者を見比べた。
『旧知だったのかね?』
『十三年前に、一度だけ。ガスマン先生に会いに、お父上とおいでになりましたので。あいにく師匠はもう病床から出られませんでしたので夫人が応対され、私が付き添いました。話をしたのはほとんどガスマン夫人でしたので、私のことはお覚えていらっしゃらないかもしれませんが』
『なるほど、そういうことかね』
シュタルツァー氏はうなずいて、ヴォルフガングに向き直った。
『確かきみは、彼のオペラのフレーズで変奏曲を書いていたね。こちらはサリエーリ君だよ、モーツァルト君。覚えているかね?』
『覚えていますとも』
ヴォルフガングは言って、乱暴に右手を差し出した。
『その節は大変お世話になりました、マエストロ・サリエーリ』
これが面白い冗談だと思っているのだから、イタリア人というやつらは本当にどうしようもない。
ドイツの全ての劇場からイタリア人が駆逐されますようにと、ヴォルフガングは願った。
=終=
当たり前ですがすべてフィクションです。
けれどこの年の3月24日に父に宛てて「大司教の無理解のせいで慈善演奏会に出演することが出来ない」と訴えたモーツァルトが、結局その演奏会にしれっと出演したことだけは史実です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!




