71話
「わたくし! 最初に見せていただきたかったです!」
「ご、ごめんなさい」
マルティムに早いうちに連絡を取らなくては、とお手紙を出したらお使いに頼んだ使用人が返信を持って戻ってきた。
早い。早すぎる。
筆圧が強すぎて怨念のようなものまで感じるのは私だけだろうか。
翌日、約束の時間より気持ち早く到着したマルティムは、開口一番「エルダを最初に見たかった」と嘆いたのだった。
「ハーゲンティ様、そのようにホイホイ他人に渡してはなりません。これは、聖獣様から与えられた本物のエルダの写しなのですよ」
私もそう説明したしそれ以外の言い方が思い浮かばないけれど“本物の写し”というなんとも矛盾した言葉に鼻から息が漏れる。
それをマルティムがさらに怒る。「もうしません」と約束をした事でマルティムの許しをもらい、無事に楽しいお茶会を終えられた。
城での生活、側近同士の交流にアミーは早くも馴染んだ。
それはもう一瞬だった。
シンヒカーは壮官なので騎士団を持っている。アミーは管理官として私の側近入りしたが、家で騎士の訓練をある程度受けているようで訓練を通して護衛官たちと打ち解けるのが早かった。
週一の私の騎士の訓練にアミーもちゃっかり参加している。
「うん、いい事だ」
私は腕を組んでうんうんとなんども首を縦に振った。
そしてちゃっかりにちゃっかりを重ね、ムルムルも参加をしている。
「せめて、ハーゲンティ様に走って追いつけるようになっている必要があります」
決意のこもった力強い口調でムルムルにそう返された。
これを私が止めていいはずがない。
「……」
良い返しが思いつかないのでムルムルへの返答も頷くことで肯定の意を伝える。
どのみち、学校へ通うようになれば嫌でも軍事訓練があるのだ。身につけるためにも早いに越したことはないだろう。
「少し間をおいてアミーが慣れてから、と考えていましたが、この分でしたら問題はなさそうですね」
「お母様」
私たちが楽しくやっていると、バティンが訓練場にやってきた。
屋内でしか姿を見たことがなかったのでとても新鮮に感じる。
「珍しいですね。いかがなさったのですか?」
「伝えなければならない事。それから、ハーゲンティの様子を報告を受けるだけでなく、自分の目でも確かめる必要があると感じたのでこちらへ参りました」
それ、素直に受け取っていいんだよね?
アミーの側近入りの件で、私はちょっとばかしバティンに対して疑心暗鬼になっている。
帰敬式を終えたとはいえ私はまだ子供。分かっている。まだまだ親が側近を選ぶのは問題ない。音楽とダンスの先生もバティンに探してもらっているわけだし。相性が良ければ式部官として側近入りする可能性もあると聞いている。
ダメじゃない。ダメじゃ。
でもやっぱり一声かけてほしかったなと思ってしまう。
「アミーと、上手くやっていけそうですか?」
「はい、大丈夫です」
今までこんな質問があっただろうかと一瞬ハテナが頭に浮かんだが、アミーはバティンの甥っ子だ。赤子の時から知っているのだからいろんな意味で心配になったのかもしれない。
問題ないさ。
本当に。社交期間直前に初めて会った従兄弟、オセーとアミー。
どちらとも親戚として仲良くやれていると私は思っている。社交期間中も何度か一緒になったが、そこでも特に問題なく過ごせた。
アミーとは主従関係になったので切り替えが必要だけれど、もともと私が年下だからとイジられたりナメられたりすることもなかったのでスムーズになじんだのではないだろうか。
「アミーがハーゲンティの管理官になったことを公表します」
先日マルティムとのお茶会で行った情報交換では、まだアミーが私の側近入りした話は周辺の貴族には伝わっていないと教えてもらったが、情報を止めていたのか。
「それと同時に、ハーゲンティがエルダを所持していることも公表します」
私はバティンの目をしばらく見つめてから、ゆっくりとうなずいて返す。
「バティン派が盛り上がればいいと思います」
「ありがとう」
バティンは今、何を考えているのだろう。
実の娘と甥っ子を政治の道具として使うという主旨の宣言を私にしたのだ。
覚悟しろということだろうか。
私の覚悟はある意味で、とっくに決まっている。
付随する細々としたその他は、いちいち覚悟なんていらない。
「わたくしにとっても、望むところですから」
私はバティンから視線を外し、寄ってくるエルダを指先でつついた。
私の様子を今度はバティンがじっと見つめている。
しばらく無言が続いたが、指導係のラウム中尉の号令が出たので会釈をして私はこの場を離れる。
「あぁ、ハーゲンティ」
「はい」
バティンに呼び止められて私は振り返る。
「音楽と舞踊の先生を務めてくださる式部官が見つかりました」
なんでそんな大事なことを先に言ってくれなかったの!
私の顔はどんどんニヤけていく。
止められない。
「来月からお稽古をはじめましょう」
「はい!」
嬉しさのあまり、私はスキップをしながら中尉のところへ戻った。
案の定、怒られた。
「わたくしも久しぶりに訓練に参加しようかしら」
バティンのつぶやきは私の耳に届かなかった。




