51話
ゴロンゴロンゴロン ドンッ
勢いよく転がって、固い何かにぶつかり止まった。
私はひっくり返ったまま自分が入ってきた扉に視線を送る。
「あ」
ダメだったようだ。間に合わなかったようだ。
扉の形もドアノブの形も、転がる直前まで目にしていたものと違う。
魔力の残りは半分を切った。
絶望に近い感情で頭の中が埋め尽くされる。
「間に合ったな」
ファルファレルロの声に驚いて変な倒れ方をする。
「あ痛っ」
自分がひっくり返ったままなことを忘れていた。
「間に合った、ほんとに?」
恐る恐るファルファレルロの地図を覗く。
ページには劇場の文字と、地図というより座席表のような図が表示されていた。
自分が激突した固い何かに手をかけて立ち上がり視線を巡らせる。
「ステージだ」
手をかけている固い何かは客席だった。
認識してから見るとなんだか奇妙な造りをしている。
装飾や配置は王宮芸術院の雰囲気なのだが、座席がどう見ても前世の広い劇場や映画館のような座面がパタパタするしくみなのだ。
「え、これ作れるの?」
「ハーゲンティの心象風景が混ざっているのだ」
どういう意味だ?
視線を正面に移す。
しっかりと降りている真紅の緞帳には見覚えのある模様が描かれている。
「あれ、市民会館の……」
前世で子供の頃から1番お世話になった、ホームともいえる舞台だ。
それに気づいたら、黄色い光の波が後ろから押し寄せ私ごと劇場を飲み込む。
「わっ」
波はすぐに引いていく。
目を開けたらそこは、記憶の中の市民会館そっくりに変わっていた。
キャパシティ1200人、通路側の座席下に設置された足元の小さな灯り、非常用出口の緑、階段状に高低差のある座席、2階席、スポットライト、スピーカー。
懐かしさで胸がいっぱいになる。
バレエの発表会はもちろん、地域の子供会、学校の合唱コンクール、色々なことでお世話になった。
バレエ団員になってからは自分が市民会館の舞台に立つ機会はほとんど無くなってしまったが、生徒の発表会の運営のため舞台袖までは何度か足を踏み入れた。
「ああ、踊りたい」
懐かしさと寂しさで感情が渦巻き、呼応するように魔力が膨れ上がる。
涙はまだ流れていないが、頭の中は思い出が入れ替わり立ち替わり目まぐるしく巡っている。
3歳で初めて立った舞台、舞台化粧の怖さに泣いた事ばかりが印象に残っている。
少しずつ成長するにつれ、踊る楽しさ、できることが増える嬉しさ、舞台に立つワクワクが増えていく。
「感傷に浸っているところ悪いが、そろそろ身構えろ」
ファルファレルロが言い終わるより少し早く、劇場にブザーが鳴り響く。
5秒ほどかけて客席の灯りが全て消え、一筋のスポットライトが緞帳を照らす。
「何が始まるの」
私の疑問に答えてくれる声はない。
代わりにファルファレルロのページが勝手に捲られ、今の私が使える呪文一覧が表示される。
___♪
音楽が流れ始め、緞帳がゆっくり左右に割れて開いていく。
眠れる森の美女の序奏。
私が、まゆりが、死んでいなければオーロラ姫役で立っていたはずの演目。
「ははは、とんでもない精神攻撃」
でも、おかげで目が覚めた。
全部の感情が一気に吹き飛んだ。
私は左手でファルファレルロをキッチリ掴む。
「『カイツール』!」
呪文を半ば叫ぶように唱えて盾を出す。
「負けず嫌いの私相手に、その攻撃は判断ミスじゃない?」
こんな手の込んだ仕掛けを作って放置なんてしないだろう。
ギルティネはきっとどこかで高みの見物をしているに違いない。
「聞いてるんでしょ?」
片眉を上げ、視線を左右に振る。
緞帳以外に動くものはない。
幕が完全に開き、舞台上が露わになった。
ダンサー達が板付をしている、ように見える。
「ん? ……ヒッ」
人ではなかった。
舞台上にいくつもの泥人形が並べられ、綺麗な貴族の衣装を着せられていた。
それぞれが思い思いのポーズを取っている。
バレエの振りのようなポーズもあれば、マイムのようなポーズ、ただただそれを見ているような、見えていないような、寝ているような、座っているような、ような、ような、ような。
人間の真似をしている泥人形たち。
2曲目に進み、泥人形たちが動き出す。
乾燥した人形たちはボロボロと腕を欠けさせながら、水分を含む人形たちは足を引きずって泥の道を描きながら、舞台の上を縦横無尽に蠢き回る。
踊っているつもりなのだろうか、曲すら無視をしたてんでばらばらなさまに、気味が悪い以外の感想が出てこない。
目も見えていないようで、あちらこちらで接触事故も起きている。
ぶつかり、粉々に砕け散り、ドレスが虚しく舞い落ちる。
「やめてよ、今すぐ降りて」
私のささやくような声はスピーカーから流れる大音量に簡単に消される。
「なにこれ、こんなの」
見たくないのに目が離せない。
舞台に敷かれたリノリウムにびちゃびちゃと泥が飛び散る。
「バレエへの、舞台の神様への」
泥人形が一斉に動きを止める。
「冒涜じゃん」
カラボスの登場曲へ変わり、ステージを照らすライトの色も変わって怪しい雰囲気が増す。
泥人形のすべてがこちらを向いた。
多分向いている。
顔は無いが目があるだろう位置に窪みがあり、その二つの窪みで私を見る。
私は思い出を攻撃をされた時以上に怒りが湧いてくるのを感じる。
「これのどこが、聖獣の試練なの」
土の聖獣・ギルティネ。
悪魔よりも悪魔なのではないか、そう思わずにはいられない。
「何をすれば正解か、全然わかんないけど」
私は盾を構えなおし、チラリと視線をファルファレルロに向け、呪文を再確認する。
「まず舞台の上を綺麗にしなきゃ気が済まない」
私は息を大きく吸い込んだ。




