第九話:トゲのある太陽
神殿の外に出たのは、午前も終わりかけた頃だった。
キアリカの陽射しはやわらかく、通りには昼の喧騒が広がっている。
だがナーガの胸の奥には、さきほどの出来事がまだ燻っていた。
――拒まれた。
あの石像から感じた圧倒的な「拒絶」の意志。
あれは、ただの“才能の否定”ではなかった。
「・・・大丈夫、だった?」
隣を歩くリオラが、そっと問いかける。
その声は思いのほか静かで、心配というよりは、様子を窺うような優しさがこもっていた。
「・・・まあ。何も怪我はしてないし。けど、なんか、ズシンと来たな」
軽く答えるナーガだが、目は笑っていなかった。
「リオラ、俺・・・なんで拒まれたんだと思う?」
「・・・わからない。でも」
リオラは立ち止まり、石畳の上で向き直る。
「“異端”だからって理由で拒絶する神もいる。“落とし子”って、それだけ特別な存在なんだと思う」
「・・・・」
「私は、あの場にいた。レンダ様が拒んだのは、あなたの“力”じゃない。きっと、“立場”のほうよ」
ナーガは、ふと遠くを見た。キアリカの空は青く、風が神殿の塔を抜けていく。
(フェイン。あの神が、俺の中に“何か”を置いていったのか)
心の奥で渦巻く、得体の知れない何か。
それはまだ、輪郭すら掴めない。けれど確かに、自分が“ただの人間”ではないと、そう告げていた。
「・・・ギルド、行こうぜ」
「え?」
「リオラが力もらったなら、次は俺の番だろ? やれることはやってみる」
不安は消えない。でも、立ち止まるのは嫌だった。
リオラは、ふっと目を細める。
「なら・・・ちゃんとした服くらい、買いましょうか。ギルド登録、身なりがだらしないと嫌がられるわよ?」
「はは、確かに。今さらだけどマジで言われそうだな」
互いのズタボロの麻シャツを見合い、ナーガが笑みを漏らす。
ふたりは、陽光の中を歩き出した。
まだ世界は謎に満ちている。けれど、それでも少しずつ、足元の石畳は「生きる場所」へと変わりつつあった。
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装具屋の前で、ナーガはしゃがみ込み、お尻をさすっていた。
「・・・容赦ねえな、マジで・・・」
新調されたシャツ、パンツ、外套。
自分で言うのもなんだが、思った以上に似合っていた。動きやすく、軽くて丈夫。少なくとも、穴だらけの奴隷服よりは、遥かにマシだった。
金を持ち合わせていない事を心配していたのだが、リオラが奴隷商の看守のポケットから、ちゃっかり銀貨をくすねていたらしい。
見かけによらず、手癖の悪い女だ。
服より先に傷ついたのは、ナーガの心の方だった。
事の発端は、あの一言だ。
「おふたりはご夫婦で?」
にこやかな店員の笑顔と共に放たれたその一撃に、ナーガは一瞬思考がフリーズした。
ナーガの女性経験は小五のときの幼なじみで止まっている。
嬉しさ半分、動揺半分で振り返った彼に、リオラはピシャリと答えた。
「違うわ。どこをどう見たらそうなるの?」
氷のような目が店員に向けられたかと思えば、次の瞬間、無言でナーガの襟を掴んだ。
「はい、おしまい。じゃあ、外で待っててくれる?」
そう言い放った彼女に、尻を蹴られて、ナーガは文字通りつまみ出された。
「私、もう少し服を見ていくから。時間つぶしてて」
バタン、と扉が閉まる。哀れむような音を立てて。
「え、いや、ちょっ・・・オレにもなんか選ばせるとか、ねぇの!?」
扉の向こうからは返事もなく、代わりに店員の「お連れ様、お洒落ですねぇ」という軽い調子の声が聞こえてきた。
「・・・なんなんだよ、ほんと」
立ち上がったナーガは、手持ち無沙汰に辺りを見回す。
人通りの多い通り沿いにあるこの装具屋の前は、冒険者らしき人々や観光客でにぎわっていた。
隣の屋台からは焼き果実の甘い香りが流れてくるが、財布はリオラが預かっており、勝手に動ける余裕はない。
「・・・くそ。主人公とは程遠いな」
すっかり影が薄くなった気分で、ナーガは石畳の影に腰を下ろした。
太陽は高く、重なるようにレンダの神殿の白い塔が遠くに見える。ようやく“冒険”らしくなってきた気もするが、その第一歩は──まさかの待ちぼうけから始まった。
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カラン、と鈴の音がして、装具屋の扉が開いた。
中から現れたのは、先ほどまで奴隷服を着ていたとは思えない姿のリオラだった。
焦げ茶のジャケットに、動きやすいグレーのパンツ。裾はすっきりとブーツに収められ、全体に軽快さと実用性を重視した装いだ。
淡い青のチュニックがインナーに覗いていて、金糸の刺繍が控えめに光る。
「お、おお……似合ってるな、それ」
軽く声をかけたが、リオラはちらと視線をよこすだけで、特に何も言わない。
そのまま近づいてきて、ピタリと足を止めた。
「待たせたわね」
それだけを告げると、すっと歩き出す。
「ちょ、ちょっとは感想に反応してくれよ・・・」
慌てて後を追うナーガの横で、リオラはようやく口元にわずかに笑みを浮かべた。
「・・・社交界で言われ慣れてるから。そういうの」
それだけ言って、またすぐ真顔に戻る。
その足取りには、どこか誇りと自信が戻ってきたように見えた。
「さ、次はギルドよ。服を整えたんだから、ちゃんと働いてもらわなきゃ」
「え、俺の労働力前提なの?」
「当然でしょ。服代も工面してあげたんだから」
そう言って歩き出すリオラの背中を、ナーガは苦笑しながら追いかけていくのであった。
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