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第十話:冒険者

 ナーガは、装具屋でもらった革の髪留めで、後ろ髪をざっくりと縛った。


 長く伸びた黒髪が首筋から離れると、微かな風が肌をなでた。

 ささやかなことだが、視界が開けるだけで、少し気持ちも軽くなる。

 鏡もなければ整髪料もないこの世界で、 たった一本の革紐が、自分を「冒険者」に近づけてくれる気がする。


 「よし・・・見た目だけは、それっぽくなったか?」


 小さくつぶやいて、ナーガはリオラに視線を向けた。


 その横で、リオラは腕を組み、何の感慨もなさそうに言った。


 「髪型を整えたくらいで強くなった気にならないで。・・・さ、ギルドよ」


 「お、おう」


 ギルドは神殿の向かい、広場に面した石造りの建物だった。

 重厚な木製の扉と、軒先に掲げられた特徴的な紋章が、それとわかる。

 八方に針を伸ばす羅針盤の中央に、一本の剣が突き立てられている。

 針は東西南北とその間、八つの方角を指し示し、どの方向へ進もうとも剣の意志が揺らがぬことを象徴していた。

 剣の柄には、小さな宝珠が一つだけ嵌めこまれており、光の角度で色を変えるそれが、旅路の不確かさと希望を同時に物語っていた。


 ナーガは一歩、入口の前で足を止めた。

 気構える必要なんてないはずなのに、妙な緊張が湧き上がる。


「・・・変に意識してるわね」


「うるせぇ、こういうの初めてなんだよ」


 リオラがくすっと笑う。


「だったら、堂々としなさい。胸を張って、これから稼ぐつもりでしょ?」


「・・・ま、そりゃそうだけどさ」


 ひと呼吸置いてからナーガが扉を押すと、涼しい空気と喧噪が同時に流れ出してきた。

 中は高い天井に梁が渡され、石と木の匂いがほのかに混ざっている。

 奥には掲示板、その手前には木製のカウンターと数人の受付係が並んでいた。


 テーブル席では、武装した冒険者たちが酒を片手に談笑している。

 筋骨隆々の男、頬に傷を持つ女、耳の尖ったエルフ、そしてひと目では種族のわからない者たち──

 まさに“異世界の住人たち”が、現実のように息づいていた。


「これが、冒険者ギルド・・・」


「あなたの世界にはなかったの?」


物珍しそうに目玉を転がすナーガに、リオラが問いかける。


「確かにあったけど・・・おとぎ話の中だけのものだったよ」


見てなさいと言わんばかりの表情で、リオラが先んじて受付に歩いていく。


ナーガもそれに続くが、周囲の視線が集まり、思わず肩がすくむ。


(……そりゃ見慣れねぇ顔が来たら、警戒もするか)


リオラはどこ吹く風といった様子で、堂々とした足取りを崩さない。。


受付に立っていたのは、銀髪をすっきりとまとめた女性だった。

清潔なブラウスに紺のベスト、胸元には冒険者ギルドの紋章をあしらったバッジが光っている。

ぱっと見の印象は冷たそうだったが、リオラが近づくと、きちんと礼儀を持って頭を下げた。


「冒険者登録をお願いしたいのですが」


「かしこまりました。おふたりとも新規での登録ですね?」


「ええ、そうです」


 彼女は滑らかな所作で引き出しから羊皮紙のような紙束と羽根ペンを取り出すと、軽やかに説明を始めた。


「ギルドへの登録には、名前・年齢・出身地・既往の戦歴など、いくつかの項目をご記入いただきます。また、身分証がない場合は、簡易な適性確認を行いますが……」


 ちら、と視線を移す。


「おふたりとも、お持ちではないご様子ですね」


 リオラは即座に頷き、ナーガは若干きまずそうに笑った。


「ま、いろいろあって、今は無いってことで・・・」


 受付嬢は、特に追及することもなく「承知しました」と短く答えた。


「ではまずはこちらの確認から。登録後、仮ランクとして《灰》が与えられます。以降は依頼の達成状況に応じて昇格申請が可能です」


「灰、ねぇ・・・」


 ナーガがぼそりと漏らすと、リオラがすかさず突っ込んだ。


「最底辺って意味よ。実力も信用も、これから積むの」


「・・・へいへい、承知しました、っと」


 記入を終えた紙を提出すると、奥の部屋に通され、簡易な「戦闘適性確認」が始まった。

 といっても、木剣を持たされて簡単な動きや反応を見る程度で、形式的なものらしい。

  ナーガはやや張り切っていたが、人形に向かって打ち込んだり、出てきた光にすばやく触れたりと、肩透かしを食らったような試験だった。


 結果、ふたりとも問題なしと判断され、無事に登録証──木製のプレートに名前とランクが刻まれたものが手渡された。


「おふたりのギルドナンバーと所属は本日付で記録されます。以後、依頼の受付、報酬の受け取りなどはこちらの証を提示してください」


 ナーガは、灰色にくすんだプレートを手に取り、しげしげと見つめた。


(灰・・・か。ゼロからのスタートって感じだな)


「それじゃ、これで晴れて冒険者ね」


 リオラがひとこと言い、満足げにプレートを懐にしまう。


「・・・なんかこう、ステータス画面とか出てこねぇのな」


「何を言っているのかしら、この田舎者は」


 あくまで淡々と返すリオラの声が、どこか頼もしく感じられる。


「じゃあ、初仕事でも見に行きましょうか?」


「え?もう行くのか?」


「灰の依頼なんて、荷物運びか、草むしりか、ゴブリンの足の数でも数えるくらいのものよ。手始めにはちょうどいいわ」


「やる気満々すぎねぇ・・・?」


 ナーガは思わずため息をついた。

 だが──心のどこかで、少しだけ胸が高鳴っていた。


★おまけ★

冒険者ランク一覧

灰  仮登録。ほぼ素人で、依頼掲示板の清掃や荷運び、迷子探しなど、危険のない雑用が中心。


鉄  基本的な戦闘訓練を受けたレベル。ゴブリン退治、狼の駆除など簡単な討伐任務を受けられる。


銅  小規模の探索や護衛任務も含まれる。複数人での協力行動を推奨される中堅ランク。


銀  一人前と認められた証。依頼の選択肢が大きく広がり、地方領主からの依頼なども来る。


金  高位の危険任務も遂行できる実力者。小規模のチームや新人の育成を任されることも。


白金 各地のギルドから名を知られる精鋭。国家級の任務、魔獣討伐、大規模戦闘もこなす。


黒曜 伝説級。数十年に一人出るかどうかの英雄。


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