第十一話 微かな兆し
石の壁に囲まれた薄闇の空間。
窓はなく、天井から垂れ下がる燭台だけが、わずかな明かりを落としていた。
燭火が揺れるたび、背後の壁に映る影が長く、異形に歪む。
その中心、祭壇のような高座に、ひとりの人物が静かに腰掛けていた。
顔は黒いベールで覆われ、性別さえわからない。
ただ、その存在からにじみ出る異様な静けさと、空気を切り裂くような威圧感が、周囲を支配していた。
「──猊下。キアリカに、”落とし子”が現れたとの報が入りました」
報告するのは、ローブ姿の使徒。頭を低く垂れたまま、かすれる声で言葉を紡ぐ。
「レンダの神殿に足を踏み入れたとか。ですが、神託は──拒絶だったとのこと」
沈黙。
空気が、凍るように張り詰める。
やがて、ベールの奥から、乾いた囁きが洩れた。
「面白い──器として昇華するか、それともただの“接ぎ木”か」
猊下と呼ばれた者は指先で、隣に置かれた“何か”を撫でた。
それは人の頭部ほどの大きさの黒石──そこに刻まれた神聖文字が、うごめくように微かに光っている。
「御身は動いた。ならば、我らも備えよう」
「“観測”を始めよ。必要なら、アレを送り込め」
「はっ・・・」
使徒の背に、黒衣が音もなく揺れた。
ふたたび沈黙が訪れ、ただ石の祭壇に蝋の雫が落ちる音だけが響いていた。
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昼下がりのキアリカ。
沈みゆく太陽が、背のたかい外壁に隠れつつあった。
まもなく訪れる夜を前に、ナーガは狭い裏路地を重い足取りで歩いていた。
「おーい、出ておいでー」
背を曲げ、くたびれた様子で一人歩く。
ナーガは今、ギルドの依頼で受けた「迷子の猫探し」を遂行していた。
リオラは少しでも路銀を稼げるようにと、並行して別の依頼「パン屋のお手伝い」をこなしている。
ここまでガッツリ働いているのは、リオラが奴隷商からちょろまかした小銭が、服と各々の治療費で完全に底を尽きたからであった。
つまり、夜が来るまでに宿代を稼げなければ二人揃って野宿、ということだ。
指の治療に関しては、あの状態から完全に元通りになるのだから驚いた。
冒険者ギルド駐在の治癒師は、冒険者なら割安で治療してくれるそうだ。
詠唱時には「この者の傷を癒せ、ヒール!」みたいなモノを想像していたが、
単語と単語をつなげ合わせたパズルの様な詠唱で、今のナーガには理解できなかった。
ナーガは、しばらく人気のない裏路地を歩き回っていた。
「くそっ、なんで猫ってのはこう・・・忍者みたいに消えるんだよ」
つぶやいたとき、不意に、どこかからかすかな鳴き声が聞こえた。
「みゃー」
「おっ? いたか?」
音の方向へ進むと、建物と建物のすき間──人ひとりがようやく通れるほどの狭い空間に、白と黒のまだら模様の猫がうずくまっていた。
「いたじゃん・・・よしよし・・・って、え、ん?」
猫の隣、壁際には、何かが落ちていた。
古びた革の袋だ。泥にまみれているが、中には羊皮紙のような紙の切れ端と、小さな石ころが入っている。
「なんだ、これ」
羊皮紙には文章が書かれていたが、当然ナーガには理解できなかった。
だが、最下部に記された簡易の地図のようなものに目が移る。
「キアリカ・・・と、・・・洞窟?」
ひときわ大きく描かれた外壁と白亜の塔は、キアリカの町並みを彷彿とさせた。
「・・・持ち帰ってリオラに聞いてみるか」
革袋を手に取り、ナーガは裏路地を後にした。
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傾いた陽が、キアリカの大通りを朱に染めていた。
噴水のほとりに立つリオラの腕には、ふっくらとしたパンの入った袋。
妙にサマになっていて、あれだけのことがあった後でも、まるで元からここに住んでいたかのような落ち着きだ。
「で、そっちは?──まさか、手ぶらじゃないでしょうね」
「なめんな。ちゃんと捕まえたっての」
ナーガは胸の中の猫を軽く持ち上げて見せた。猫は小さく「みゃあ」と鳴いて、もう一度丸くなる。
「で、これも拾った」
ナーガが革袋を差し出すと、リオラが中を改める。
「これは・・・人に当てた手紙かしら」
ナーガが読めなかった羊皮紙の文章を見て、
「なんて書いてあるんだ?」
「読み上げるわね。この鉱石はーー」
『この鉱石は、打てば打つほど生きてくる。…だが、俺の腕じゃ足りない。』
『お前なら、こいつの“声”を聞けるかもしれない。』
『石の在り処を、ここに記す。』
『──期待してる。じゃあな。』
ーーバグズ
ひとしきり読み終えて、リオラは眉をひそめる。
「バグズ・・・聞き覚えはない名前ね」
「とりあえず、落とし物ってことでギルドに届けとくか」
「あら、意外ね。貴重な宝の在り処かもしれないわよ?」
「俺の世界じゃそういうの”ネコババ”ってんだよ。手癖の悪いお嬢様と一緒にしないでくれ」
「・・・バカにされてるのだけはわかったわ」
リオラは不機嫌そうに、ギルドへ向かうナーガに続いた。
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「猫、無事に戻ってきました。──ついでに変なモノも拾いましたけどね」
ナーガがそう言うと、受付嬢は物珍しそうに袋を開けて中の手紙を見つめた。
「差出人の名を見るに、鍛冶屋のバグズさんのものですね。ここキアリカで随一の腕と言われていた鍛冶師です」
ナーガが引っかかった部分にすかさず突っ込む。
「……過去形?」
「ええ。数年前、家族を置いて出ていってしまったそうです。
未だに連絡の一つもつかないそうで・・・今は息子さんが店を継いでいますよ」
リオラが口を挟む。
「大事な手紙ですね。でしたら、明日私達がお店に届けておきますよ」
「そうしていただけると。ありがとうございます」
受付嬢が軽くお辞儀しながら、今回の仕事の報酬をカウンターに並べる。
「では、”迷子の猫探し”と”パン屋のお手伝い”、併せて銀貨15枚の報酬となります」
この世界には銅貨、銀貨、金貨の3種類の貨幣がある。
1泊の宿代が1部屋銀貨10枚といったところだ。
それはつまりーー今日の宿の相部屋が確定したことを意味していた。
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