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間話:それはとても数奇で

これは少し、昔のお話。

アルメイヴ王国南端にある、デボア沼地と呼ばれる場所。

厄介な魔物が棲み着き、誰も寄り付かないような辺境に、一人の少年がいた。

着古した和服のような装衣を身にまとった黒髪の少年は、刀を腰に携え歩いていた。


少年は辺りを見渡し、懐から取り出した紙と見比べる。

スタグサウロ(泥浴び蜥蜴)の群れの討伐。

その凶暴性や討伐難度の高さから、銀級以上の冒険者にしか任されない依頼だ。

標的は前方、クレーターの様に広がった泥沼の数々、その至る所にいた。

全長3mはあるワニの様な魔物で、鋭い爪と大きな尾を持っていた。


少年は標的を認めると、ゆっくりと前方に歩き出し、途中で速度を上げ走った。

泥浴びをしていたスタグサウロは、急速に近づいてくる脅威に気がつくと、ゲップのような咆哮を上げた。

この魔物は知能が高く、群れで獲物を狩ることで知られている。

単体での討伐難度の高さと、群れで襲ってくる脅威を考えると、ベテランの冒険者でも危険のある相手だ。


咆哮を聞きつけたスタグサウロ達が集まり、向かってくる少年ににじり寄ってくる。


少年は走りを止めない。むしろ、さらに加速する。

泥を蹴り、波紋を広げながら、一陣の風のように沼地を駆け抜ける。


スタグサウロの牙が迫る。

咆哮と共に、牙と爪が一斉に襲いかかる。


だが――少年は止まらない。


一歩踏み込んだ瞬間、世界が沈黙した。


少年の体が消える。否、速すぎて消えたように見えた。

次の瞬間、鈍い音と共に、スタグサウロの首が宙を舞った。


魔物の巨体が泥沼に崩れ、沈み落ちてゆく。


残された群れは一瞬ひるむ。

だが、獣の本能は恐怖よりも数の優位を選んだ。

咆哮と共に、残る十数体のスタグサウロが少年を包囲し、一斉に襲いかかる。


――その瞬間、少年は吠えた。


「ウオオオオオオッ!!」


剣士のそれとは思えぬ、獣じみた咆哮。

少年はそのまま、刀を振りかぶり、真正面の一体に真正面から飛びかかる。


ズドン!と泥沼を割るような音と共に、刀は斜めに叩きつけられた。

斬る、ではない。叩き斬る。

骨ごと潰す、暴力的な一撃。


スタグサウロが悲鳴を上げる間もなく、次の一撃が振り下ろされる。

続く一体の頭を、上からそのまま押し潰すように刀を叩き込んだ。


「まだまだぁッ!!」


呼吸も整えない。隙も顧みない。

とにかく、近くにいる敵を片っ端から斬り伏せる。


一歩踏み出すごとに、泥と血が爆ぜる。

踏み込みのたびに、少年の脚はズブズブと沈む。だが、それでも止まらない。

刀は泥で重くなり、腕も悲鳴を上げているはずだ。

そんなことはお構いなしに、ただ振るい続ける。


スタグサウロの爪が肩を裂く。牙が腕に食い込む。

しかし、少年は顔を歪めながら、逆に笑っていた。


「そんなもんじゃ足りねェよ!!」


噛み付かれた腕ごと、その牙を強引に引きちぎる。

血が噴き出す。だが、その勢いのまま、泥まみれの刀で腹を裂く。


もう、剣術でも戦術でもない。ただの殺し合いだ。

泥の中、血の中、咆哮と絶叫の応酬。

だが、崩れるのは必ず、魔物の方だった。


少年の全身はすでに傷だらけだった。

だが、刀はまだ振られる。

動きは荒い。無駄も多い。

しかし、その重みだけは凄まじかった。


ようやく最後の一体が絶命した頃には、周囲の泥沼は真っ赤に染まっていた。

少年は、肩で息をしながら、泥に膝をつく。

泥と血で染まった顔を上げ、ニヤリと笑った。


「……ははっ。まだ、足りねェな」


その時だった。


ぬちゃ、ぬちゃ、と泥を踏みしめる妙な足音が聞こえてきた。

けっしてスタグサウロのものではない。

もっと、間抜けで――まるで裸足で泥遊びでもしているかのような、のんきな音だ。


警戒した少年は、すぐに刀を握る。

だが、現れたのは……想像を遥かに超える“異物”だった。


「……なんじゃ、ここぁ……すっげぇドロやなぁ。おわ、足がズブズブなるで、こりゃ……」


それは、坊主頭の少年だった。

肩から先のない白いシャツ、汚れた短パン、裸足。

見たこともない格好だ。

まるで、泥遊び中に迷い込んだガキみたいな出で立ちで、のそのそと泥をかき分けてきた。


「……おい、お前。どこから湧いた」


少年が思わず問いかける。

すると坊主は、ぽかんと口を開けたままこちらを見つめ、口を開いた。


「……おめぇ、人か?」


呑気な声だった。

そして、次の瞬間――坊主の顔がぱあっと明るくなる。


「おお!人おった!助かったぁ、ホンマに!

ワシ、気ぃついたら変なトコおって、でかいヤモリみたいなんばっかおって、気色悪ぅて……

あ、ワシ岡山から来たんじゃけど、ここどこなん?」


――オカヤマ?

どこの事かさっぱり分からかなかった。

ひどい喋り方だ。どこの方言なんだろうか。


少年は警戒を解かず、なおも睨む。


「お前、ここがどんな場所か分かってんのか?」


「いや、知らん。てか、あんた血まみれじゃけど、大丈夫なんか?お侍さんみたいなカッコしとるけど……

 ワシ、なんでこんなとこおるんや?わやじゃ、ホンマ……」


坊主は目の前の血塗れの剣士にも臆せず、ずかずかと近寄ってくる。

足元は泥まみれ、腕も足も傷だらけなのに、本人はまるで気にしていない。


「……おい、近づくな。さっきまで魔物の巣だったんだぞ」


「はぁ?……いや、そんなもん知らんけど、誰かおらんと寂しいけぇ。ワシ、一人っちゅうんは嫌いなんじゃ」


坊主は、あっけらかんと笑った。

その顔は、どこまでも無邪気で、あまりに無防備だった。


「……正気か、お前」


「よう分からんけど、ワシは生きとるし、あんたも生きとる。

ほんなら、友達になってくれんか?ワシ、めっちゃ心細いんじゃ」


差し出された小さな手。

その掌は泥まみれで、震えていた。

無邪気に笑っていても、きっと内心では怖くて仕方なかったのだろう。


少年は、ほんのわずかだけ目を細めた。


「……変なガキだな、お前。名前は?」


「カンジ!タシロカンジ!岡山のカンジとはワシんことじゃ!」


どこか誇らしげに胸を張る坊主に、少年は小さく吹き出す。


「クサバミだ。とりあえず、今は……腹が減ったな」


「おお!わしも腹ぺこじゃ!めっちゃ腹減っとる!

なぁ、なんか食わんか?なんでもええわ、腹満たしゃ」


「スタグサウロでも焼くか。食ったことはねェが、トカゲならいけんだろ」


血と泥の沼地で、傷だらけの少年剣士と、坊主頭の少年は、奇妙な縁を結んだ。


これが後に知られる“伝説のパーティの起源”だと知る者は、まだ誰もいない。



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