6.地上 〜一般職への弟子入り〜
「そう、でしょうか?
元のパーティでは笑い飛ばされました」
「ふん」
他者の真剣な目標を鼻で笑うなんざ
自分に夢が抱けない連中のすることだ
ヤムはそう言って鼻息ひとつで
ナイラの過去の苦い思い出を振り払った
彼はしばらくうつむいて
床ばかり見つめていたが
やがて顔を上げると
ナイラを見て頭を傾けた
「お嬢ちゃん
おれと一緒に来るか?
おれは商人レベル8だ
戦士レベルも7あるが
普段はモンスターと戦わないことにしてる
逃げ方なら教えてやれると思うが」
「ナイラです。
商人相手にタダとは思ってません
おいくらで同行させていただけますか?」
「別に身体で払ってもらっても構わんが」
「お金が良いですっ」
「冗談だ
いや肉体労働だから
ある意味身体払いだが」
「どういうことですか?」
「助手でも良いと言ってたろ
お嬢ちゃんが商品の在庫を持つの
手伝ってくれりゃその分だけ多く
稼げるってわけだ」
なるほどとうなずいたナイラ
真剣な面持ちで
握手を求めて利き手を差し出した
その小ぶりな手を
ヤムがにやりと笑って
大きな手で包み込む
「よろしくお願いします
師匠」
「ヤムでいい」
「ヤムさん?」
「そうだ
──よろしくな
嬢ちゃん」
「ナイラですってば」
「はは
お嬢ちゃんが独り立ち
できるようになったら
呼んでやるよ」
「絶対ですよ!」
へいへいと軽く手を振って答えたヤム
握りこぶしを顔の高さまで持ち上げたナイラは
出発はいつになるかと問うた
いつでも良いが
おまえが急ぐなら明日でも良いと
ヤムが言う
急ぎはしないと言いかけて
思い出したのは
とある青年の顔
深傷を負った彼
おそらくはナイラを庇ったことで
本来なら対応できた攻撃を
まともに食らってしまったのではないか
今にして思えば
そんな気がした
彼を探して
もし会えたら
あの時の礼に
治癒魔法をかけたい
もしすでに怪我が治った後だったら
高級傷薬のひとつでも渡して
感謝を伝えるのだ
おかげでナイラは
無事でいると
そこまで考えて
ナイラはふと困り顔で笑った
恩人なのは確かだが
どこの誰かも分からない人だ
次に会った時
彼は自分のことを
覚えているだろうか?
それさえ定かでないのに
(会いたいなんて)
「どーした?」
「──あ
いえ!
やっぱり明日からでお願いします」
「おう
ついでに仕入れのやりかた見てけ
おまえはこれから
治癒術師であると同時に
商人でもあるんだ──
二足のわらじを履きつぶせ」
「はい!」
ナイラは元気に返事をして頭を下げた
下げたままの脳内でよみがえってくるのは
あの青年の最後の言葉
『貴様は地上で
進退を決める事になるだろう』
■街の広場→迷宮入り口 ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv1
「よう
嬢ちゃん早いな」
曇り空の下
人待ち顔で広場の中央の噴水の前に立っていた娘は
大男が向こうからやってくるのを見ると
片手をあげて出迎えた
言われたことへの答えは
身体に見合わない大きなリュックを
背負い直してから
「初日からお待たせできませんよ
それにもう
わくわくしちゃって
昨日はなかなか寝つけなくて!」
「おいおい
寝不足の探索者なんぞいただけねえぞ
大丈夫かあ?」
「大丈夫です!
善は急げ
行きましょうヤムさん!」
「ここからなら歩いて三十分ってとこか
一階はおれが先導する
後ろから着いてこい」
「はい
よろしくお願いします」
広場の赤茶けた石畳を踏んで二人歩き出す
前を行くヤムが肩ごしに振り向いて
笑み含みの声を投げてよこす
「言った通り
靴は小音細工の物を履いてきたな
よしよし」
「結構高かったんですよこれ
しかも重くて足が疲れちゃいます
足音を抑えるのって
そんなに重要ですか?」
「当たり前だ
ほとんどの階層は闇に包まれてる
モンスターたちは視覚よりも聴覚や嗅覚で
敵の居場所を察知してるからな」
歩きながらの会話は徐々に
作戦会議へと発展して
いつしかヤムの余裕の笑いも引いていった
周囲は街中の喧騒を離れ
静けさの中で木々が茂る森へと変わっていく
道らしき道はなくなり
けもの道だけが残った
その終端を見据えて二人は歩き続ける
「さすがに迷宮に近付けばヤムさんも
真剣になるんですね」
「おまえも気を付けろよ
一階のモンスターは外にも出てくる
入り口付近で遭遇は
ある話だからな」
ナイラがうなずくと
ヤムは自分の幅広いあごに手をやって
彼女をじろじろと見やった
何ですかと問うと
彼は難しそうにうなって念を押した
「おまえ
モンスターと戦いたくないって言ってたが
本当に逃げるだけで先へ進められるつもりか」
「だから『行けるところまで』なんですよ
どうしても無理な理由が現れない限り
私は進みます」
「おれに同行する以上
一階で音を上げたりすんなよお嬢ちゃん
ちょっとは役に立ってもらわにゃ」
「しませんよ!
言ったでしょう? リドル階までは行くんです」
「へー」
期待していない様子のヤム
娘は大きな荷物を背負い直して
憤慨している声音で言った
「それに役になら立ってるはずです
こんなにお店の在庫持たされてるんですから」
「ああそうだったわねー
ありがとお嬢ちゃん」
「むう……」
ナイラは全然納得いかなかったが
ひとまず同行させてくれている
熟練の商人に花でも持たせたかったので
口答えするのはやめておいた
もうすぐ入り口だ
山道に空いているほら穴は内部を覗くと
人工の石段が下っている
そこからは四季を通して涼しい空気が漂い
中には闇が溜まっていて
石段の三段目に立てば
もう照明がないと辺りが見えないほど
ヤムはその前で立ち止まるとしばし考え
それから振り返ってナイラを促して
大樹の影に隠れるように告げた
「なんで──」
「しっ
もう近くまで来てる」




