4.一階 〜そもそものところ〜
■地下迷宮 一階 ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv0
ナイラも始めから
ソリストだった
わけではない
身軽さを意識した四人パーティで
回復役を一手に引き受ける
地味ながら
なくてはならない存在だった
戦闘になれば
後列で魔法使いを守りながら
皆の怪我を癒やし
十二分に信頼される働きを
していたのだ
しかし
彼女のいたパーティは
探索中に徐々に
けれど着実に
黒へと傾いていった
──傾きすぎたのだ
モンスターが落とす金品欲しさに
コインの形状をした弱いモンスターを
一匹だけ生かして取り囲み
散々痛めつけて仲間を呼ばせるを繰り返し
荒稼ぎしていたのだ
「もうやめてください!
こんなやり方で稼いだお金は
身につかないと思います!」
耐えかねたナイラは
握った両の拳を左右に振り下ろし
肩を怒らせて言った
「この子は私たちと遭遇した時
右回りに回ってた!
それは友好的なあいさつを
してくれてたってことじゃないですか!」
この子と言って指をさす
その先にいるコインは
もう動きを止めていて
人間で言えば
息も絶え絶えといったところだ
「それなのに皆でよってたかって
殴るわ蹴るわ
生かさず殺さずの状態にして
嫌がっているのに
無理に仲間を呼ばせて!」
これ以上は繰り返させないと
ナイラはおかんむりだが
仲間は話に耳を傾けない
「良いから早くそのコインに
治癒魔法をかけてくれよ、ナイラ
今、死なれちゃ困るんだ
後三十枚は呼んでもらわないと
一人分にも足りないんだからよ」
「全然人の話聞いてないじゃないですか!
今度こそ逃すんですから、
皆は何もしないでください!」
まだ初級レベルの治癒魔法しか使えなかった
ナイラがコインを包囲網から助け出して
呪文を唱えていると
金色だったコインが朱色になって
高速に回転し始めた
初めて見る様相に
ナイラが何もできずにいると
横に滲み出た暗闇から
人の姿をした何かがじわりと現れた
それは漆黒の短髪に金の瞳
小麦色の肌で端正な顔立ちをした
見た目には二十代半ばの青年男性だった
彼を生み出した黒い闇は
同じ色の服とマントに吸い込まれていき
後には不機嫌そうな表情の青年だけが残った
「──此の手の輩は無くならんな
攻略の名を借りた掠取だ
賢く世を渡っているつもりか知らんが
此の娘が言う通り
悪銭は身に付かんぞ」
赤く光るコインを
マントの中に引き込んだ青年へと
ナイラの仲間たちが口々に騒ぎ立てる
「おいふざけんなよ!
誰か知らねえが
軍資金稼ぎの邪魔すんな!」
「コインが貯め込んでる
お金だって言ってみれば
元は探索者が持ってたものよね
結局、金は天下の回りもの
早くそのコインを
あたしらに返しなさいよね」
「こっちは二階に下りる前に
全員分の『浮遊の羽根』と
前衛に『銀の鎧』を買おうって
計画なんだ
コインの入手は必要最小限に
とどめるつもりだ
だからさっきのコインを引き渡せ……
な?」
ふん
と鼻で笑った青年は
マントをヒラヒラと波打たせて言った
「残念
もう棲家に帰した」
何もないマントの中を見て
パーティの他のメンバーは
色めき立ったが
ナイラだけは
ほっと安堵の吐息を吐き出した
それを横目に黒の青年は
ふっと口角を上げた
その後
彼は視線を真っ直ぐ前へ
戦士たちの方へ向けて
言う
「さて──
此処には貴様ら以外は
私しか居らぬわけだが
如何する?」
「余計なことしてくれやがって!
これ以上ふざけたことができねぇように
テメェは殺す!」
「其の意気や良し!
派手に散れ!!」
魔法使いが戦士の剣に炎を纏わせる
オレンジに輝く太刀筋が
黒い青年の左肩を目がけて駆けていく
(──いけない……!)
味方のいなかった論争のただなかで
追い詰められていたコインを
助けてくれたのは
他でもないこの黒青年だ
彼はこの地下迷宮を進むには
あまりにも軽装で
当たったら致命傷になるであろう
戦士の火炎剣を避けようともしない
(だめ だめ だめ だめ……!!
この人は悲しみの淵にあったあの子を
私の代わりに助けてくれたのよ!!)
そう思った
ナイラはそれだけで
戦士と青年の間に分け入った
「やめてください!」
「!
馬鹿!
退け!」
青年が慌てた様子で
彼女を突き飛ばした
うつ伏せに転がされた彼女は
身を起こしながら火炎剣の向かう先を
目で追った
剣は青年の左肩から脇腹までを叩き切り
傷跡周辺の衣服を焦がしていた
痛みに顔を顰めるとか
そういったことはなかったが
相変わらずの不機嫌そうな表情をそのままに
青年は右手を戦士に向ける
が、その体勢のままで
ナイラの方を見てから
ついで残りの探索者一行を一瞥し
持ち上げていた右手を下ろした
そして黒いマントで傷を覆い隠す
床に座り込んでいるナイラには
青年から冷気が漂ってくるように感じられた
「……まあ良かろう
行け
地上へ帰るが良い」
そう告げた青年は
現れた時と同様に
黒い闇に取り巻かれて
徐々に存在感を薄くしていく
戦士が追撃をかけようとしたが
剣を振りかぶった途端に
炎が消えてしまい
それに気を取られて
二撃目を放ち損ねた
去り際の青年と目が合ったナイラは
彼の囁きが聞こえた気がした
「貴様は地上で
進退を決める事になろう」
その言葉を最後に
青年の気配は完全に消えた
彼にとどめを刺したかった戦士は
舌打ちして剣を鞘に収めると
軽く腕を回して
肩をほぐしながら言った
「誰が地上になんか戻るかよ
なあ?
こっちは長期戦覚悟で
準備して来たっての
よしお前ら
またコイン探して続きしようぜ」
「ねー、その準備の話なんだけど
……さっきの続きより先に
腹ごしらえしない?
お腹空いてんのよねー」
このパーティと行動を共にすることに
嫌気がさしていたナイラは
一刻も早く地上に帰りたくなっていた
だが、まだ独りで地下迷宮を
歩き回れるほどの自信はなく
仕方なく腹ごしらえに参加した
水を注いだら
十分ほどで食べ頃になる保存食を
それぞれが広げて食べようとする
が、どうしたことか
持ってきていた食料のすべてが
風化したりカビたりしており
口に入れられる状態のものは
何一つ残っていなかった
まだ地上で買い出ししてから
迷宮探索初日だったというのに
「何だかずいぶん
冷んやりしてね? これ
まるで氷室から出したすぐだぜ」
「そうね冷たい!
保冷の術なんてかけてないのにね
……まあ かけてたら
カビたりしないわよね」
「仕方ねえ
今回は戻るとするか
また保存食も買わないとだな」
「ねー
稼いでもなかなか
装備にまで回んないわね」
「あの、皆さん
地上に出たら
私の話を聞いてもらえませんか?」
「今じゃダメなのか」
「宿に落ち着いてからが良いです
お腹が満たされている時の方が
良い気がして」
「ふーん?」
いぶかしみながらも
仲間たちは
それ以上追求してこなかった




