エピローグ
「これだけ広範囲にひび割れてると
私の魔力だけじゃ足りませんよ!
いったいどんな戦闘したんです?」
四階の広場で大きな声を張り上げているのは
背中まで伸ばした黒髪を赤いリボンでまとめている
小柄な娘だった
薄暗い迷宮の中にあって
その手にある光石に灯る明かりのみが
視界の頼り
彼女の白い上衣の裾は歩くたび
膝のあたりで揺れて
まばゆくさえある
今彼女は痛々しく切り刻まれた
広場の床を踏みながら
四階中央広場の番人であるスフィンクスに
相対しているところだった
「いや
戦闘狂の呪いをかけられた故
何をしたか覚えておりませぬでな……」
「ハーリスさん
またかかったんですか
好きですね」
「いえ!
決して我は好きで呪いにかかったわけでは」
「いいですよ
ともあれ治療はできたわけですしね
あの時ほど重傷じゃなくて良かったです」
「面目ない……
ナイラ殿のお手を煩わせるとは」
「気になさらないでください
さあさあ広場の修復です
マスターを呼びますよ」
彼女がサブマスターになってから
一年が過ぎた
ひとりでも迷宮内を
一通り行き来できるようになったし
小規模な損壊なら
自分の魔力だけで修復もできる
しかしまだ規模の大きいダメージは
マスターの力を借りないと直せない
彼が短い呪文とともに
広大な広場のほぼ半面に及んでいた傷を
きれいさっぱり修復するのを見て
彼女は他人事のように拍手してしまうのだった
* * *
彼女が迷宮に参入してからというもの
毎日のように湧いてくる修繕依頼
それに対応するうちに
だいぶ迷宮ナンバーツーの座にも
慣れてきたようだが
彼女にはひとつ困ることもあった
「うーん落ち着かないです
皆様が私に敬語使うなんて」
「なんだナイラ
そのくらいすぐに慣れろ
悪いことではないだろう」
「でもトヤさん~
神獣様がたやドラゴン様まで……
私
あの方たちをお名前で呼ぶのが
すでに精一杯ですのに」
「やれやれ
そのうちに慣れるさ」
ぽんとトヤに頭をたたかれるナイラ
そのトヤはといえば
時折
ナイラに連れられて地上にいくため
時間の経過にさらされて
黒い髪が肩まで伸びてきていた
次の地上逗留の際には
髪を切ろうかとも考えている
トヤが黒いマントを広げると
いそいそとその中に包まれるナイラ
十階へ帰るのだ
ふたりは一緒に闇へと溶けていった
* * *
ナイラには
最近良かったことが
いくつかある
まず六階で母水牛との
わだかまりがとけたのだ
骨だけになった子どもを
埋葬しようとして
うまくいかなくなっていた母牛に
頼み込んで手伝わせてもらった
葬送の儀式を野生の獣がするだろうかと
いぶかしんでいたら
彼女は前世は人間で
この迷宮に連れてこられた際に
記憶が戻ってきたのだと教えられた
その時に母牛は他にもナイラにとって
興味深いことを教えてくれたのだった
『珍しくあの方が大事にしてると思ったら
まさか輿入れなんてね』
「いや輿入れとまでは!
いやでも合ってるのか〜
クイーンなんて柄じゃな……ん?
『してると思った』?
マスターが私に何かしてる時に見てたんですか」
「ええ
あの方
しばらくあぐらをかいた膝の上に
あなたの頭を乗せていたわ
──その後よ
わたしたちにこう言ったの
あなたが寝ている間
一晩だけでも
守ってやってほしいとね」
ナイラの動揺の叫びが
六階内を響き渡った
* * *
一番特筆すべきことは
ラミアがナイラの命を狙うのを
あきらめてくれたことだろう
あの蛇女は
ナイラがサブマスターになる時も
最後のひとりになるまで
反対姿勢を貫いていた
ナイラが今の立場になったあとも
三回ほど戦闘になっていた
そんなある日のこと
トヤがラミアを返り討ちにしたのだ
死の淵に追いやられたラミアへ向けて
青年の声が絶対零度の
冷ややかさをもって放たれる
「これ以上ナイラを殺そうとするなら
お前はこの迷宮から追放する」
「それどころじゃないでしょうが!」
すぱんっ
とトヤの後頭部を叩いて
ナイラがラミアに駆け寄り
傷を癒した
くらくらしているトヤを横目に
ナイラからの治療を受けて
ラミアは今度こそ
すっきりした面持ちで笑ったのだった
* * *
ナイラが十階を除いて一番よく立ち入るのは
ドラゴンのいる九階だった
ある日ふと思い出してナイラが問いかける
「そういえばサザーさん
前に私がドラゴン相手でも勝てる道具
待ってるって言ってましたけど
それってもしかして龍の眼のことですか?」
「知らずに持ち歩いておられたのか
のん気なものですな」
「だって持ってればその内わかるって
言われたんですもん」
「大事になさってくださいよ
不心得者の手に渡らぬように」
「はぁい
気をつけます」
その日からナイラは
龍の眼を持ち歩くのはやめたのだった
* * *
「来月サザーさんドラゴン暦で
三百歳のお誕生日ですって
何かお祝いします?」
「祝いか
この迷宮じゃ初めての試みだな」
「え! そうなんですか!?
それはやらなきゃ!」
ぷっ
と堪えきれない笑いをもらして
トヤはナイラの頭を抱いた
動きづらくなったナイラは
両腕をじたばたさせて
彼の腕の中から出ようとする
ようやく解放された彼女は
髪の毛を整えながら尋ねた
「そう言えばトヤさんのは?
お誕生日いつです?」
「そんなもの知ら──
ああ
いや
そうだな……
俺の誕生日は
毒に侵されたお前を
地上に連れて行った
あの日だよ」
「……!」
自分の誕生日を知らないということは
幼少の頃にそれを祝ってくれる人が
周りにいなかったことを表す
それは彼がなぜこの迷宮を造ったのかを
知る上で大事な手がかりになる気がした
けれども
それを聞くのは
今じゃない気もして
「大丈夫
忘れてませんよ
私」
そう返して
にっこりと笑った
* * *
ナイラは一階の掲示板の前に立って
ペンを片手に構えたまま固まっていた
何か書きたくなったので
わざわざ足を運んだのだが
いざ書く段になると
何を書きたかったか分からない
うーんとうなって壁の前
このままでは日が暮れてしまう
ふと思いついたものが
適切だったかどうかは分からなかったが
彼女はペンを走らせてから
自身の部屋へ戻るべく歩き出した
「十階でお会いしましょう」
これにてひとり歩きは終了となります。
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!
もしよろしければご意見ご感想ぜひお願いします。
伏線全部拾ったつもりでいますが、漏れを見つけたら追記なり番外編なり書くかもです。
また何か他の作品でお目にかかれたらうれしいです。
それではまた会う日まで。
お元気でお過ごしください。




