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2.一階および地上 〜そもそものところ〜

■地下迷宮 一階 ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv0


ナイラも始めから

ソリストだった

わけではない


正統派の六人パーティで

回復役を一手に引き受ける

地味ながら

なくてはならない存在だった


戦闘になれば

後列で魔法使いを守りながら

皆の怪我を癒やし

十二分に信頼される働きを

していたのだ


しかし

彼女のいたパーティは

探索中に徐々に

けれど着実に

黒へと傾いていった

──傾きすぎたのだ


モンスターが落とす金品欲しさに

コインの形状をした弱いモンスターを

一匹だけ生かして取り囲み

散々痛めつけて仲間を呼ばせるを繰り返し

荒稼ぎしていたのだ


「もうやめてください!

 こんなやり方で稼いだお金は

 身につかないと思います!」


耐えかねたナイラは

握った両の拳を左右に振り下ろし

肩を怒らせて言った


「この子は私たちと遭遇した時

 右回りに回ってた!

 それは友好的なあいさつを

 してくれてたってことじゃないですか!」


この子と言って指をさす

その先にいるコインは

もう動きを止めていて

人間で言えば

息も絶え絶えといったところだ


「それなのに皆でよってたかって

 殴るわ蹴るわ

 生かさず殺さずの状態にして

 嫌がっているのに

 無理に仲間を呼ばせて!」


これ以上は繰り返させないと

ナイラはおかんむりだが

仲間は話に耳を傾けない


「良いから早くそのコインに

 治癒魔法をかけてくれよ、ナイラ

 今、死なれちゃ困るんだ

 後三十枚は呼んでもらわないと

 一人分にも足りないんだからよ」


「全然人の話聞いてないじゃないですか!

 今度こそ逃すんですから、

 皆は何もしないでください!」


まだ初級レベルの治癒魔法しか使えなかった

ナイラがコインを包囲網から助け出して

呪文を唱えていると

金色だったコインが朱色になって

高速に回転し始めた


初めて見る様相に

ナイラが何もできずにいると

横に滲み出た暗闇から

人の姿をした何かがじわりと現れた


それは漆黒の短髪に金の瞳

小麦色の肌で端正な顔立ちをした

見た目には二十代半ばの青年男性だった


彼を生み出した黒い闇は

同じ色の服とマントに吸い込まれていき

後には不機嫌そうな表情の青年だけが残った


「──此の手の輩は無くならんな

 攻略の名を借りた掠取だ

 賢く世を渡っているつもりか知らんが

 此の娘が言う通り

 悪銭は身に付かんぞ」


 赤く光るコインを

 マントの中に引き込んだ青年へと

 探索者の一行が口々に騒ぎ立てる


「おいふざけんなよ!

 誰か知らねえが

 軍資金稼ぎの邪魔すんな!」


「コインが貯め込んでる

 お金だって言ってみれば

 元は探索者が持ってたものよね

 結局、金は天下の回りもの

 早くそのコインを

 あたしらに返しなさいよね」


「こっちは二階に下りる前に

 全員分の『浮遊の羽根』と

 前衛に『銀の鎧』を買おうって

 計画なんだ

 コインの入手は必要最小限に

 とどめるつもりだ

 だからさっきのコインを引き渡せ……

 な?」


ふん

と鼻で笑った青年は

マントをヒラヒラと波打たせて言った


「残念

 もう棲家に帰した

 此処には貴様ら以外は私しか居らぬ

 さて、如何する?」


「余計なことしてくれやがって!

 これ以上ふざけたことができねぇように

 テメェは殺す!」


「其の意気や良し!

 派手に散れ!!」


魔法使いが戦士の剣に炎を纏わせる


オレンジに輝く太刀筋が

黒い青年の左肩を目がけて駆けていく


青年はこの地下迷宮を進むには

あまりにも軽装だ


当たったら致命傷になるであろう

戦士の火炎剣を避けようともしない


いけないと思った


ナイラはそれだけで

戦士と青年の間に分け入った


「やめてください!」


「!

 馬鹿!

 退け!」


青年が慌てた様子で

彼女を突き飛ばした


うつ伏せに転がされた彼女は

身を起こしながら火炎剣の向かう先を

目で追った


剣は青年の左肩から脇腹までを叩き切り

傷跡周辺の衣服を焦がしていた


痛みに顔を顰めるとか

そういったことはなかったが

相変わらずの不機嫌そうな表情をそのままに

青年は右手を戦士に向ける


が、その体勢のままで

彼女の方を見てから

ついで残りの探索者一行を一瞥し

持ち上げていた右手を下ろした


そして黒いマントで傷を覆い隠す


床に座り込んでいるナイラには

青年から漂ってくるのが冷気に感じられた


「……まあ良かろう

 行け

 地上へ帰るが良い」


そう告げた青年は

現れた時と同様に

黒い闇に取り巻かれて

徐々に存在感を薄くしていく


戦士が追撃をかけようとしたが

剣を振りかぶった途端に

炎が消えてしまい

それに気を取られて

二撃目を放ち損ねた


去り際の青年と目が合ったナイラは

彼の囁きが聞こえた気がした


「貴様は地上で

 進退を決める事になろう」


その言葉を最後に

青年の気配は完全に消えた


彼にとどめを刺したかった戦士は

舌打ちして剣を鞘に収めると

軽く腕を回して

肩をほぐしながら言った


「誰が地上になんか戻るかよ

 なあ?

 こっちは長期戦覚悟で

 準備して来たっての

 よしお前ら

 またコイン探して続きしようぜ」


「ねー、その準備の話なんだけど

 ……さっきの続きより先に

 腹ごしらえしない?

 お腹空いてんのよねー」


このパーティと行動を共にすることに

嫌気がさしていたナイラは

一刻も早く地上に帰りたくなっていた


だが、まだ独りで地下迷宮を

歩き回れるほどの自信はなく

仕方なく腹ごしらえに参加した


水を注いだら

十分ほどで食べ頃になる保存食を

それぞれが広げて食べようとする


が、どうしたことか

持ってきていた食料のすべてが

風化したりカビたりしており

口に入れられる状態のものは

何一つ残っていなかった


まだ地上で買い出ししてから

迷宮探索初日だったというのに


「仕方ねえ

 今回は戻るとするか

 また保存食も買わないとだな」


「ねー

 稼いでもなかなか

 装備にまで回んないわね」


「あの、皆さん

 地上に出たら

 私の話を聞いてもらえませんか?」


「今じゃダメなのか」


「宿に落ち着いてからが良いです

 お腹が満たされている時の方が

 良い気がして」


「ふーん?」


いぶかしみながらも

仲間たちは

それ以上追求してこなかった


■地上 街の宿屋 ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv0


そうして地下迷宮から無事に

地上へ帰還したナイラたちは

迷宮から最も近い街にある宿屋に

部屋を借りて

夕飯を食べてから集まった


「それで、話ってのは?」


「はい、私……私

 このパーティから抜けたいんです」


「ヤダ!

 ナイラがいなくなったら

 アタシどうすんの!?」


「お前は戦闘中ずっと

 ナイラにかばわれてるもんな

 そりゃ困るわなあ」


「けどよ、ナイラは確かに

 昔からスタンスが変わらないから

 最近のオレたちとはソリが合わねえだろうよ

 その辺は察してやっても良いんじゃね?」


「敵対的なモンスターにだけ絞って

 相手してたら積める経験も積めないよ

 それにコインの件なら本当に

 あれは最初は先達の探索者たちが

 持っていたものであって……」


「お願いします

 私、それでも……それでもやっぱり

 あの子たちの泣いてるような仕草は

 これ以上見たくないんです」


リーダーの判断は

「ナイラの好きにすれば良い」

とのこと


ただし

財宝の配分についての考え方はシビアで

街での一週間分の生活費と

治癒魔法使いであるナイラにしか

扱えない類いの道具類

それ以外の持ち出しは

許されなかった


充分だと礼を言い

それまでの仲間に別れを告げたナイラは

治安の良さはそのままで

もう少し安い宿に移った


これからは独りだ──

別のパーティに

入れてもらうことも考えたが

また同じことの繰り返しになりそうで

嫌だった


だが

たったの一人で何ができるだろう

もう探索から足を洗うべきではないだろうか

回復魔法が使えれば職にあぶれることはない

この街で仕事なら探せる


けれども

まだ先へ行けるのではないか

十階まであると噂の地下迷宮

探索はまだ一階の途中までしかしてない

ここでやめて後悔しないか

本当に?


そこで考えたのだ

単独行の先輩に

教えを乞うことを


■地上 商人ギルド ナイラ 治癒術師Lv2 商人Lv0


単独行の先輩


それは迷宮内で

商売をしている商人だ


彼らは戦えば

九階へ続く門を守護する門番と

互角に渡り合えるほど強いが

日頃は無用な争いを避けて

敵対的なモンスターに遭遇しても

逃げに徹している


一階では滅多にお目にかからないが

これまでに一度だけ遭遇したことがある


一人で大きな荷物を背負って

音もなく床を蹴り

モンスターから逃げに逃げていたのは

人の良さそうな顔をした小太りの小男だった


そのモンスターを倒したのは

ナイラがいたパーティだ


商人は戦闘を終えたナイラたちに

何か要るものはないか

助けてくれた礼に

一割引で売ってやると

申し出てきた


ちょうど魔力薬が欲しかったナイラと魔術師は

彼から二つ返事で魔力薬を買った

それが迷宮価格で

一割引いても地上で買うのと

同じくらいの値段だったのは残念だったが


商人と別れた後

リーダーに

もしかしたらあれは

戦闘を終えた直後のパーティを

つかまえたいがための

商人の手かもしれないなと

言われたものだ


もしそれが本当なら

あまり良い商売とは言えない


誰に弟子入りするかは

よくよく見極めてからにしよう


そう心に決めたナイラだった


軽い扉を開いて中に入ると

カウンターの向こう側にいる受付の女性が

にこりと笑ってナイラを迎えた


「どのようなご用件でしょう?」


「あの、なるべく強い商人の方に

 弟子入りしたいのですが」


「……はい?」


何のことだか分からない受付

ナイラはこれまでのことを説明した

そして包み隠さず語り終えたところで

改めて頭を下げる


「ギルドなら把握してますよね?

 お願いします!

 助手でも良いんです」


「いえあの」


「モンスターから逃げるのに慣れるまで

 私を同行させてくれる商人さんを

 紹介してください!」


「なんかおもしれー奴がいんな」


「ヤムさん」


ナイラの後ろから野太い男の声が上がる

深くおじぎをしていて

人がいたことに気付かなかった彼女は

驚いて身を起こすと同時

後ろを振り向いた


そこに立っていたのは恰幅の良い大男

紺色の髪を涼しげに刈り上げているのが

青い瞳と相まってとても夏向きだ


彼はにやにやと笑いながら

ナイラに問いかけた


「お嬢ちゃん目標は? 何階までだ」


「ナイラです。目標は、行けるところまで、です」


「それなら一階でも良いだろ。

 安全な出入り口付近で探索の気分だけ味わっとけよ」


「そんなの嫌です!

 せめてリドル階までは行きたいです!」


「五階か……お嬢ちゃんには厳しいんじゃねえか」


「逆にどこまでなら厳しくないですか?」


「出入り口?」


「そんなの嫌です!」


ヤムと呼ばれた大男は

大きな肩をすくめると

受付嬢に向かって

「どう思う?」

と聞いた


女性は動機次第だと

首を振る


地下迷宮の探索者にありがちな

一攫千金を求める者とも

強さを満天下に示したい者とも

この娘は異なっているようだ


「ダンジョンはテーマパークの

 アトラクションとは違います

 その命をかけてまで

 あなたは何がしたいのですか?」


「……この目で見たいんです

 あそこにはまだ

 私が見たことのない世界が広がっている」


「探究心か──ある意味

 一番真っ当な理由だな」


「そう、でしょうか?

 元のパーティでは笑い飛ばされました」


「ふん」


他者の真剣な目標を鼻で笑うなんざ

自分に夢が抱けない連中のすることだ


ヤムはそう言って鼻息ひとつで

ナイラの過去の苦い思い出を振り払った


彼はしばらくうつむいて

床ばかり見つめていたが

やがて顔を上げると

ナイラを見て頭を傾けた


「お嬢ちゃん

 おれと一緒に来るか?

 おれは商人レベル8だ

 戦士レベルも7あるが

 普段はモンスターと戦わないことにしてる

 逃げ方なら教えてやれると思うが」


「ナイラです。

 商人相手にタダだとは思ってません

 おいくらで同行させていただけますか?」


「別に身体で払ってもらっても構わんが」


「お金が良いですっ」


「冗談だ

 いや肉体労働だから

 ある意味身体払いだが」


「どういうことですか?」


「助手でも良いと言ってたろ

 お嬢ちゃんが商品の在庫を持つの

 手伝ってくれりゃその分だけ多く

 稼げるってわけだ」


なるほどとうなずいたナイラ

真剣な面持ちで

握手を求めて利き手を差し出した


その小ぶりな手を

ヤムがにやりと笑って

大きな手で包み込む


「よろしくお願いします

 師匠」


「ヤムでいい」


「ヤムさん?」


「そうだ

 ──よろしくな

 嬢ちゃん」


「ナイラですってば」


「はは

 お嬢ちゃんが独り立ち

 できるようになったら

 呼んでやるよ」


「絶対ですよ!」


へいへいと軽く手を振って答えたヤム

握りこぶしを顔の高さまで持ち上げたナイラは

出発はいつになるかと問うた


いつでも良いが

おまえが急ぐなら明日でも良いと

ヤムが言う


急ぎはしないと言いかけて

思い出したのは

とある青年の顔


深傷を負った彼

おそらくはナイラを庇ったことで

本来なら対応できた攻撃を

まともに食らってしまったのではないか


今にして思えば

そんな気がした


彼を探して

もし会えたら


あの時の礼に

治癒魔法をかけたい

もしすでに怪我が治った後だったら

高級傷薬のひとつでも渡して

感謝を伝えるのだ


おかげでナイラは

無事でいると


「やっぱり明日からでお願いします」


「おう

 ついでに仕入れのやりかた見てけ

 おまえはこれから

 治癒術師であると同時に

 商人でもあるんだ──

 二足のわらじを履きつぶせ」


「はい!」


ナイラは元気に返事をして頭を下げた

下げたままの脳内でよみがえってくるのは

あの青年の最後の言葉


『貴様は地上で

 進退を決める事になるだろう』


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― 新着の感想 ―
魔物で荒稼ぎ。 でも限度が過ぎるとそれも醜い行為ですよね。 ナイラがソリストになった経緯が 見事に描写されていて、読み応え充分でした。 面白かったので、ポイント評価させて頂きました!
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