迷子の進撃ー2
俺は男の洗脳を解除すると、倒れていた兵士から剣を取り馬車に近付いた。
戦場は静かだ。そこに俺だけが闊歩する。
それだけであるのに、俺は何故かすごく気分が良かった。
俺の洗脳の条件は頭を掴み、術式スペルを読み上げることだ。
その際、洗脳する相手に対して役職をつける。
先程で言えば【兵士】だ。
この場合、洗脳されたものは最後まで俺を護らなければならない。
ただ、役職ごとに特別な洗脳条件があり、例えば、兵士であるのならば誰のでもいいから血液を視認することだ。この特殊な洗脳条件がまた後々頭を悩ますことになるのだがーー
ガタリ。と、馬車の中から音がした。
俺はゆっくりと馬車に近づく。
そこで一旦、息を整える。
扉を開け放つとすぐ様、中に切っ先を向けた。
「殺すなら殺しなさい、覚悟はできています!」
馬車に乗っていた人物から開口一番に浴びせられたのはその様なお言葉だった。
つまり、今回の要人はこの少女だという事だろう。
一国の姫といったところだろうか、繊麗な指にはめられた指輪は細微で貴やかな気品を感じる。
優しく降り注ぐ陽光の様な長い金色の長い髪を扇情的にばら撒きながら、少女は俺から少しでも離れまいと後ずさる。淡いルビーの瞳でひしとして俺を睨みつける様は自らが高潔なる王族であることを誇示している様にも思える。
だが、まだ齢そこそこまでいかない少女なのだ、その強い意志があったとしても、この状況は相当に恐ろしく、透き通る様に白くしなやかな腕はほんのかすかに震えていた。
まるで腕の立つ職人が人生をかけてこしらえた西洋人形がそのまま意志を持って動き出したかの様な少女に俺は一瞬見惚れてしまっていた。
王族の豚みたいなおっさんでなく、このような少女だったという事は幸運だった。
だって、小汚いおっさんを洗脳したって普通に嫌でしょ。
それに、俺の『洗脳』には先程言った大きな欠点があってーー
「殺すつもりはない、俺は君を助けに来た」
俺はそう少女を宥めるように言う。
だが、少女は警戒を解こうとはしない。ガルルとまるで犬のように俺を睨みつけたままだ。
俺はそんな少女を落ち着かせるため剣を遠くに放り投げてみせる。
それに少女はようやく納得したのかほっと胸をなで下ろすと尋ねてきた。
「貴方はどちら様?」
その言葉に俺は少々の逡巡ののちに答えた。
これが自分の正しい道であることを信じて。
「俺はお前の恋人だよ」
「えっ……」
俺は優しく語りかけると少女の驚きを殺すように、少女の可愛らしい唇に俺の唇を重ねた。