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連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜  作者: 川島 晴斗
第五章:螺旋
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第23話:自分にできる事(※)

今回の話で第5章は終わりです。

「…………」

「…………」


 緑の帽子を被った少年と、金色の猫がじっと部屋で見つめ合っている。

 ミズヤにあてがわれた部屋では、その宿主がベッドの上でずっとボードを眺めていた。

 そのボードにはサラの言葉が映されていて、ミズヤをずっと悩ませていた。


〈アンタのしたいようにしなさい。私は、ミズヤに迷惑を掛けたくないし、ミズヤの気持ちを阻害したくない。ただ、猫としてでも良い。側にいさせて〉

「…………」


 この言葉に、どれだけの愛があるかは言うまでもないだろう。

 恋愛は独占欲の塊で、本来なら相手の意思すら捻じ曲げて行うもの。

 なのにサラはあくまでミズヤの幸せを願ってこの言葉をボードに念写している。

 彼女自身を蔑ろにするような発言に、ミズヤは自分が嫌になった。


 自分が2人いれば良いのに――そんな事を思ってももう1人の自分ができる事はあり得ないし、どうしようもないのは分かっている。

 だけど――思い浮かぶのは、メイラの姿。

 もう誰も、恋で傷ついて欲しくなかったのに――。


「みんな好きな気持ちを持ってるのに、なんで悲しみが生まれるんだろうね……」

「……ニャー」

「ごめんね、サラ……」


 ミズヤはそっとサラを抱きしめた。

 すると、とても温かい気持ちが体を包む。

 サラが前世で恋人だった、それが伝わるほど2人は互いを想い合っているのだ。


 なのに、未だにミズヤは顔も思い出せない。

 一度でいいから会うべきなのに、クオンのもとを離れる事が正解なのかがわからず悶えてしまう。

 クオンの事が好きか――というと、友達レベルには好きである。

 だけど、それはサラに対しても同じ感情で、恋人になるかといえば首を傾げてしまうのだ。

 サラに会えば気持ちは変わるかもしれないが――。


〈ミズヤ……貴方がアルトリーユに来たら、貴方と私が居た時の響川瑞揶の記憶を、貴方の中に還す。その後、心残りが無ければヤプタレアに皆で帰るのよ〉

「……心残り、かぁ」


 あると言えば大ありだった。

 今まで過ごして居たバスレノスが崩落し、主人のクオンが退役して戦闘能力を鍛えている。

 こんな窮境に追いやられて、そのまま別の世界に帰るなんて、とても後味が悪い。


〈帰るときは、私達が死んだ16歳時点での時間軸に帰してくれるらしいから、私は一緒に帰れるならなんでもいいわよ。ただ、クオンの事はフッて欲しいけどね〉

「皇族をフるって、とっても勇気がいりますにゃー……」

〈じゃあ付き合うの?〉

「そうじゃないけど……」

 〈ふーん……〉


 じーっとサラがミズヤの顔を見ていた。

 胡散臭い顔で見られ、ミズヤはあわあわと大口を開いて焦りを見せる。


「ぼ、僕、浮気じゃないからね! というか、今のところ好きな人居ないし!」

〈……それはそれでショックね〉

「えーっ……?」


 じゃあどうすればいいのかと、ミズヤは口をもごもごさせながら考えるのだった。

 いつまでも答えの出せないミズヤの頬を、サラは肉球でペチペチと叩く。


「ニャーッ」

〈まぁ、アンタの好きにしなさいって事よ。私は友達もこっちに来て、まぁまぁ楽しく生活してるし、今更あと何年待とうが変わらない。それに、どうせ元の世界に戻れば、私達は16歳からやり直せるんだし〉

「…………」

 〈ただ、私が貴方に愛想尽かしたら、貴方と再会することもなくなる。それだけは肝に命じておきなさい〉

「……。それは嫌だな……」

〈私も嫌よ。だから、私に愛想尽かされないようにしなさい〉

「……。ありがとう、サラ」


 ミズヤはそう言って、サラの小さな唇にキスをした。

 サラは数秒固まったあと、ボンッと顔が真っ赤になって倒れる。

 ベッドに沈む猫の姿を見て、ミズヤはクスクスと笑うのだった。




 ◇




 ミズヤは1人で西軍基地の屋上に来ていた。

 夏風が吹き、ひゅうひゅうと音を聴きながら寂れた街を見渡している。

 別に、見ているわけではない。

 1人になって考え事をしていただけだった。


(僕がやるべき事は、なんだろう……?)


 考えているのは自分の事。

 ミズヤには強力な力がある。

 類い稀(たぐいまれ)なる才能を持ち、神楽器を扱うに相応しい人物。

 もしかしたら、彼1人でバスレノス城を奪還できるかもしれないぐらい、彼は強い筈だった。


 でも、それだけの力を持つ彼はどう行動し、どう振る舞えばいいのかわからない。

 サラの元に行けば、学生としての生活に戻って戦いとかけ離れた平穏を手に入れられる。

 かといって、クオンを見捨てる事はできない。


 クオンは、今の国のあり方に満足している。

 でもそれがいつまで続くかわからないし、今のあり方に不満を持つ人の方が多い。

 国を取られ、皇帝を殺されて怒りを感じない方が少なかったのだ。

 何かしらの形でまた争いが起きる可能性は、ある。

 その時に沈静化させる力としてはミズヤは主戦力となる。

 そんな最悪の展開を考えると、ミズヤはため息を吐いた。


「……人の心って、難しいなぁ……」


 人間の喜怒哀楽、愛や憎しみ、それぞれが折り合って人間関係が成り立つ。

 クオンとサラ、2人のことを第一に考えて、どうすればいいかの答えはまだ見つからなかった。


(アンタのしたいようにしなさい――)


「…………」


 サラの文字にした言葉を思い出す。

 したいように、やりたいようにやる。


 ミズヤにとって、やりたいこととはなんだろう――?


「…………」


 そして彼は、立ち上がった――。




 ◇




 朝食の席で、クオンとその側近達の作る空気はどんよりとして居た。

 主にその原因はクオンで、パスタをクルクルと巻いてはため息を吐き、またクルクルと巻いてはため息を吐いている。

 ケイクが理由を聴こうとも、なんでもないですの一点張りで、時には顔を伏せて寝そうになったりする。


(ミズヤ……)


 彼女達の近くに、ミズヤの姿はなかった。

 1ヶ月経って定位置となった席配置、ミズヤの場所にはサラがこじんまりとして座っている。

 クオンは自分が嫌われたのかと思った。

 突然告白なんかして、サラという恋人(?)がいるのに、迷わせてしまう事をして――。

 憂鬱だった、いつも優しい少年を困らせて、そんな自分さえも嫌に感じて――。


 でも、そんな時に聴こえてきた。

 哀しくも優しく、静寂を感じさせるようなヴァイオリンの旋律が。


(……この音は、絶対に……)


 無我夢中で椅子を引き、クオンは駆け出す。


「クオン様!?」


 後ろからケイクが声を上げると共に足音が続いた。

 それさえも気にせず、音の出所に向かっていく。

 上の階に向かうほど音色は大きくなり、やがて屋上に辿り着く。


 そこには、澄み渡る青空の下で、ただ1人、少年がヴァイオリンを弾いていた。

 緑のキャスケットと法被、白いズボンみたいな軽杉……それはまさしく、ミズヤの姿だった。


 悲しい旋律が響いている。

 柔らかく、何かを労わり、慈しむような音楽。

 弾いているうちに、ミズヤはみんなの存在に気付いた。

 楽器を肩から下ろし、微笑みかける。


「ここからだと届かないとは思ったけど……どうしても、鎮魂曲(レクイエム)を弾きたくなったんだ……」


 風に揺れる少年の髪、彼の姿は朝日の後光に包まれ、普段の可愛さを感じさせぬ凛々しさがあった。

 彼から感じるまっすぐな想いから、誰に向けた鎮魂曲なのか想像するのは容易(たやす)かった。


「ここからじゃ、届かないのかな……」


 ミズヤはふと東の方へ目を向ける。

 ここは西軍基地、東の方角にあるのは、バスレノス城――。

 多くの人が犠牲になり、的に占拠された城。

 そこで死者への手向けはあっただろうか。

 だからミズヤは紡ぎたい。

 それが彼にできる、前世からずっと続けてきた、唯一の特技だったから。


「届く所に戻って、皆の死を悼みたい……。サラはまだ待ってくれるなら、愛想尽かされないように頑張りながら、僕は僕のやりたい事をやる」


 彼にできるのは音楽を響かせる事。

 そして、今あるわだかまりを解消したい。

 バスレノスとキュールの確執がなくなるようにと。

 それだけのために、彼は――


「――僕は、ここに残るよ」


挿絵(By みてみん)


 その決意を表明すると、クオンと共にやって来たサラは笑う。

 アルトリーユに居る本物の彼女も、仕方ないと言わんばかりにため息を吐いて笑うのだった。

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