第1話 魔導書オタク、勇者パーティに選ばれる
魔導書を読むのは、時間がかかる。
けれども、読む度に新しい発見があって、今まで知らなかった世界を知れる気がして、楽しかった。
とはいえ、その実践に全く興味はなかったので、覚えた魔法を使うことは一度もなく、また魔導書を読んでいることは誰にも知られないようにしていた。
だから、魔王討伐のパーティに加わるよう要請がきた時は、誰もが驚きを隠さなかったし、一番驚いていたのは私だった。
どうやら人探しの魔法具に、一番多くの魔法を使える者を探させたところ、私が該当したらしいのだが、どうにも納得がいかない。
「ちゃんと戦闘訓練を受けているものが行くべきなのではありませんか?」
不満を隠さず私が問うと、10代目となる勇者は思案顔を見せた。
「魔王討伐への道のりは過酷と聞いています。そんなところに私のような貧弱な女がついて行ったところで足手まといにしかなりません。きっと途中で殺されて終わりです」
一気に捲し立てるも、形勢が動いた様子はなく、勇者は眉根を寄せたままこちらを見ている。
鋭い眼光を突きつけられて、少し怯む。
けれど、ここで引く訳にはいかない。
この交渉には、私の命が懸かっている。
「そもそもどうして私なんですか、私は魔法に詳しいだけで一度も使ったことはありません。ただ、知識があるだけです。強い魔法使いなんて、いくらでもいるでしょう。私は! 適任じゃ! ないと思います!」
パシンと机を両手で叩いて熱弁を振るう。
勇者は暫く黙っていたが、やがて、なるほど、と小さく呟いた。
もしかして分かってもらえたのだろうか。
「どうも話が食い違っているようだね」
勇者はスッと手を差して、私に座るように促した。
その後、物々しく咳払いをすると、こちらを真っ直ぐに見た。
「色々、説明不足だったようで申し訳ない。ではあなたを魔法使いに選んだ経緯を一から説明させてもらおう」
真剣な表情が緊張感を醸し出す。
「我々のパーティが歴代最強と言われていることは知ってるな?」
頷く。
「エルダーは、この国で最強の剣士だ。彼は戦士になる前、スラム街で暮らしていた。ある日、空腹が限界に達した彼は、グラディオスの群れに単身飛び込んで、瞬く間に全滅させた後、それらを全て喰らった。それ以来、王国にスカウトされるまで、彼は様々な魔物の群れに飛び込んでは、全滅させることを繰り返していたそうだ。その経験もあって、彼の戦闘センスは群を抜いている。常に白目を剥いているが、頼もしい存在だ」
「魔物より余裕で怖いんですけど!?」
「そしてクラウスは最強の格闘家。1日16時間の筋トレを日課とし、その屈強な肉体は鋼をも通さない。そこらのちょっとした山くらいだったら、数日あればデコピンだけで崩壊させられるらしい。基本的に筋肉の話しかしないけど戦闘においては頼もしい存在だ」
「本当に人間なんですか?」
「そして、この私は。勇者アカデミーを首席で卒業した天才女剣士レオナ! 魔族とのハーフ!」
今度はレオナが立ち上がっていた。
周りの視線が集まっていることに気づいてか、スッと座って真剣な顔に戻る。
「この通り、我々は戦闘においては最強の集団と言っていい。魔王ごときをシバくのには、三人でも多いくらいだ」
「だったら尚更どうして、私を入れるんですか。三人で充分ならそのまま行ったらいいじゃないですか」
「セシル、ここからが本題だ。よく聞いてくれ、私たちは確かに戦闘においては最強だ。だが一つ、致命的な欠点がある。この欠点が故に、私たちでは決して魔王の城に辿り着けないのだ」
ごくりと唾を飲み込んで、続きを待った。
レオナは忌々しそうに唇を噛み締めると、はっきりとした声で言った。
「我々は、驚くほど頭が悪いんだ」
「ん?」
言われたことと、その表情のギャップに戸惑って固まってしまう。
「エルダーは常に白目を剥いていて、言ってることもよく分からないし、クラウスは筋トレの話しかしないから、コミュニケーションすら困難だ」
「頭脳以前の問題じゃないですか!でも、レオナさんは話した感じ賢そうではありますけど……勇者アカデミーも首席で卒業されてるんですよね?」
「私はもちろん戦闘力は高いが、座学は全部ゼロ点だ。首席で卒業できたのは、実技で全員病院送りにしたからなんだよ」
アッハッハッハッハッ、と笑う。
覗いた八重歯が少し怖い。
「戦闘力を考えて最強のメンバーを集めたんだが、どうにもバランスが悪くてな。なんせ剣士剣士格闘家だ。よくよく聞いてみたら魔法を使えるものが一人もいなかった」
「さっきの話聞いてたら、魔法なんて必要なさそうな気はしますけど。皆さん運動能力で補えそうな」
「チッチッチ、甘いね。我々は一度、腕試しに3人でダンジョンに乗り込んだことがあるんだが、そこに魔法を使う謎解きがあってね。出るのにまる3日かかった。さすがにあの時は死ぬかと思った。そこで、チームにブレインが必要という話になってな」
「ちょっと待ってください。魔法使えないって言ってましたよね。どうやって突破したんですか」
「だから、まる3日かかったんだ。ダンジョンの壁ってあんなに頑丈なんだな」
「破っちゃったんですか!? てか破れるんですかあの壁!? そして破っちゃって大丈夫なんですか? ダンジョンのシステムなんてまだ未解明なのに!」
「そんなことにならないためにも、君についてきてほしいんだ」
「うーん、理屈は分かりましたが、それでもやはり承諾しかねます。その視点なら多少はお役に立てるかもしれませんが、私の身の安全が保証されていません」
「それなら心配ない。君の護衛にはクラウスを付ける。あいつの屈強さは想像を絶するレベルだからな。君も安全だ」
「クラウスさんって、筋肉の話しかしない方ですよね?」
「そうだ」
「コミュニケーションすら困難だって、さっき仰ってましたよね?」
「そうだ」
「それで護衛が成立するんですか?」
レオナは答える代わりに、パチンと指を鳴らした。
途端、店の入り口の扉が開いた。
いや、外れた。
蝶番ごともぎ取られた扉を小脇に抱えて、山のような大男がのっそりと入ってくる。
天井に頭をぶつけないよう背を丸めているのに、それでも額が梁に当たって、ミシリと鳴ったのは梁の方だった。
周りの客が一斉に壁際へ退避していく。
私もそっちに混ざりたい。
「紹介しよう。クラウスだ」
大男は扉をそっと壁に立てかけると、私の前で足を止めた。
近くで見ると、もはや人というより建物に近い。腕の一本一本が、私の胴より太い。
「……は、はじめまして。セシルと申します」
おそるおそる頭を下げる。
クラウスは私をじっと見下ろして、ゆっくりと口を開いた。
「僧帽筋」
「はい?」
「僧帽筋が、喜んでいる」
助けを求めてレオナを見ると、彼女は満足そうに頷いていた。
「『よろしく』と言っている」
「本当ですか!?」
「たぶんな」
「たぶん!?」
この人たちと旅に出たら、私は魔王に辿り着く前に、ツッコミすぎて喉が潰れて死ぬのではないだろうか。
「まあ、言葉はともかくだ。実際に見てもらった方が早い」
そう言うと、レオナは腰の剣に手をかけた。
かけた、と思った時には、もう抜かれていた。
銀色の閃きが、真っ直ぐ私の顔めがけて——
ガキィン、と硬い音が響いた。
いつの間にか、目の前に丸太のような腕が差し込まれていた。
レオナの剣はクラウスの二の腕に当たって、止まっている。止まっているどころか、刃の方が少し欠けていた。
「な? 安全だろう」
「今この場で一番危なかったのはレオナさんですけど!?」
「上腕二頭筋」
「『無事でよかった』と言っている」
「絶対に嘘ですよね!?」
心臓がばくばくと暴れていて、うまく息ができない。
剣先が、見えなかった。
気づいた時には死んでいた、という状況が本当にあるのだと、今初めて知った。
本の中では、何度も読んだはずの場面なのに。
決めた。やっぱり無理だ。
「……お断りします」
私は鞄を抱えて立ち上がった。
「お話はよく分かりました。皆さんが困っていることも分かりました。でも私には無理です。帰ります。明日も図書館で写本の仕事がありますので。今日のことは全部忘れます。さようなら」
一礼して、外れた扉の方へ歩き出す。
その背中に、レオナがのんびりとした声をかけた。
「そうか、残念だな。魔王城には大きな書庫があるそうなんだが」
足が、止まった。
「……書庫?」
「ああ。先代の勇者が残した記録によると、世に出回っていない魔導書の原本が、山のように眠っているらしい。私は字を見ると眠くなるから、まったく興味はないがな」
世に出回っていない。
魔導書の。
原本。
ゆっくりと振り返る。
「……ちなみに、その記録に、ゼノンという名前はありませんでしたか」
ゼノン。
百年以上前から魔導書を書き続けている、正体不明の著者だ。
その文章は美しく、理論は緻密で、一冊読み終えるたびに世界の見え方が少し変わる。私が魔導書にのめり込んだのも、図書館の隅で、偶然ゼノンの一冊を手に取ったのがきっかけだった。
そして、全十三巻あると言われる『ゼノン魔導大全』のうち、世に出回っているのは十二巻まで。
最終巻は、まだ誰も読んだことがない。
「ゼノン? うーん……ああ、あったあった。『書庫ニ、ゼノン著作多数』とか書いてあった気がする」
頭の中で、理性と好奇心が殴り合いを始めた。
死ぬぞ、と理性が言う。
原本だぞ、と好奇心が言う。
さっき剣が見えなかっただろう、と理性が言う。
最終巻があるかもしれないんだぞ、と好奇心が言う。
理性は、三秒でノックアウトされた。
「……行きます」
「おお!」
「ただし、条件があります!」
私はレオナの前まで戻ると、もう一度、机を両手で叩いた。
「戦闘には一切参加しません。危なくなったら真っ先に逃げます。それから、書庫の本は全部私が最初に読みます。一冊残らずです」
「構わないぞ。字は読めんからな!」
アッハッハッハッハッ、とレオナが笑う。
クラウスが、ぽんと私の肩に手を置いた。肩が外れるかと思った。
「広背筋」
「あ、今のはなんとなく分かりました。『よろしく』ですね?」
「いや、『軽い』だな」
「それ私の体重の話ですか!?」
その時だった。
外れた扉の向こうから、ふらりと一人の男が入ってきた。
痩せた長身に、背中の大剣。そして、黒目がどこにもない、真っ白な両目。
噂の、エルダーだ。
口の端から、何か魔物の脚のようなものがはみ出している。
エルダーは私の前まで来ると、白目のまま、ぼそりと呟いた。
「……ル・ヴェナ、イスタ」
「エルダーも歓迎しているようだな!」
「今のは本当に分かりません!」
叫び返しながら、私は小さな引っかかりを覚えていた。
今の言葉。
どこかで、読んだことがあるような。
……いや、気のせいだろう。そんなことより、問題は山積みだ。
こうして私は、魔王討伐の旅に出ることになった。
世界を救うためではなく、魔導書を読むために。
冒険は、やっぱり怖い。
でも、原本は読みたい。
我ながら、救いようのないオタクだと思う。
お読みいただきありがとうございます!
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