第六話「逃げ道のない街(仮)」
走り続けているという実感だけがあるのに、街は終わる気配を見せなかった。
石畳の道は同じように見えて微妙に形を変えながら続き、建物の間を抜けてもまた別の通りが現れる。そのどれもが夜の色に沈んでいるはずなのに、人の気配だけは完全には消えず、むしろこちらを避けるように歪んだ距離感を作っていた。
リナが前を走りながら、わずかに首だけをこちらへ向ける。
「ついてきてる?」
「……見えてる範囲では、まだ」
背後から聞こえる足音は途切れない。
それどころか、一定の間隔で増えている気配すらある。
追跡というより、追跡が“増殖している”ような感覚だった。
「これ、何……」
リナの声は、さっきより確実に低い。
余裕が削られているのが分かる。
「俺が分かるわけないだろ」
息を切らしながら返す。
何もしていないはずの自分が、何かを引き起こしているという事実だけが、じわじわと現実味を帯びていく。
角を曲がる。
その先で、一度だけ足が止まりかけた。
通りの向こう側に、人が立っている。
ただの通行人ではない。
こちらを見ている。
それも一人ではなく、複数の視線が静かにこちらへと集まっていた。
「……まずい」
リナが短く吐く。
その瞬間だった。
「いた」
誰かの声が、空気を割る。
その一言を境に、静かだった街が“動き始める”。
見つけた、ではない。
共有された、という方が正しい。
視線が一気に増える。
だが動きは速くない。ただ確実に、逃げ道を塞ぐように広がっていく。
「走るよ」
リナが判断するより早く、身体が再び動く。
だが今のこれは、ただの逃走ではない。
街そのものが、こちらを“認識した状態で動いている”。
角を曲がるたびに視線が増え、すれ違う人間の視線が情報のように繋がっていく。
誰かが見て、誰かが理解し、誰かが反応する。
その連鎖が、息をするように続いている。
「これ……逃げられるとかじゃない」
リナの声に焦りが混じる。
「逃げられるかどうかの問題じゃない」
言いながら、自分でも理解していた。
逃走という概念が、すでに成立していない。
そのときだった。
「対象確認」
背後から、はっきりとした声が落ちる。
さっきよりも明確な言葉。
感情ではなく、処理のための音。
「ユウマ。捕縛優先」
その単語が、街の空気に溶ける。
“対象”。
人ではなく、分類された何か。
曲がり角の先に出る。
そこに、行き止まりがあった。
一瞬、呼吸が止まる。
「……終わり?」
リナの声は、静かだった。
否定する余裕がない。
振り返る。
背後から足音が近づいてくる。
そして、その奥にいる人間たちの視線は、すでに一点に固定されていた。
逃げ道は、ない。
そう理解した瞬間だった。
胸の奥で、何かが微かに“反応”する。
理由は分からない。
だが、視線が集まるほど、それは確かに強くなっていく。
「……ユウマ」
リナが呼ぶ声は、さっきより近い。
「何、あれ?」
「分からない」
そう答えながらも、確かに“何か”があった。
それを掴む前に――
目の前の空気が、わずかに歪んだ。




