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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第二章 遭遇
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 ……。

 …………。

 ……………………。

 はてさて、どれだけの時間が経過した?

 目の前は真っ暗で、俺は死んだのか? いや、こうして意識があるのだから死んでしまったということはあるまい。

 しかし、今俺は目を開けているのか閉じているのかわからない。

 息を吸えば、湿気を多く含んだ空気が肺に入ってきてあまり気持ちは良くない。

 においは生臭くて生暖かい。

 何が起きたんだっけ。ああ、そうだ、俺は竜に喰われたんだっけ。

 それでも、身体のどこにも痛みはなく、立っているという感覚はある。

 俺はどうなったんだ?

 なんて考えている内に、パアッと目の前の景色が明るくなる。

 足元から徐々に太陽の光が入り込み、視界が開けた。

「グゥ……」

 そして、目の前には竜の顔があった。

 突き出た鼻に顔中びっしりと覆われた鱗。よく見ると怖いかもしれない。

 頬や首筋は鱗が突き出ていてギザギザしている。触ったら人間は肌なんか簡単に切れてしまうだろう。

 その竜と、目があったままお互いに動かない。

 自分の頬を触れるとヌメヌメとした粘性のある液体が指につく。思うに、これは竜の唾液なんだろうな。

 お互いの呼気が伝わり合う。それだけお互いの顔が近い。

「お前……」

 俺はそんな状況に我慢しきれなくなって、声を漏らす。

 漏れてしまった声はもう止まらない。

「お前、面白いじゃないか!」

 きっと俺をこのまま喰い殺してしまっても良かったはずだ。それなのに、この竜はそんなことをしなかった。

 俺は嬉しかった。笑みが自然と浮かぶ。

 不思議な気持ちだ。身体中が熱くなって、心臓もバクバクだ。嬉しい、もっとコイツの事を知りたい。まさか、恋? いや、そんなことは無いか。

「へへッ」

 俺が笑ってから数瞬してから、竜は顔を逸した。その後は、先程と同じく身体を丸めてガン無視モードになった。

 顔どころか、翼も尻尾も丸めてしまっているが、呼吸をする度に胴体だけは上下している。

 俺は満足だった。今日のところは。

 竜の住む街と言われていたこの街には、本当に竜がいたのだ。それを知ることができただけでも満足に値しないでなんという。

 ただ、今まで俺は竜を見たことがない。それは、この竜がずっとここにいるからなのではないか。何をするでもなく、竜の住む街のこの場所でただただ眠っているだけ。

 もっと表に出るべきなんじゃないのか? 存在をもっと広めるべきなのではないか。

 だがしかし、実際こんな大きな生物が街に出たらどうなる?

 当然大騒ぎになるだろう。なら、大騒ぎにならないようにできたら?

 竜の住む街が偽りでないことを知らせることができたら、この竜が街の中だけでも自由にできるようになったとしたら。

 この竜はもっと自由にするべきだ。

 その前に、俺はまずこの竜と仲良くならないとな……。

「おい、お前」

 なら宣言するまでだ。

 紫色のでかい図体を指差す。

 丸くなったまま見向きもしないのがムカつくが聞こえているだろう。

「明日も明後日も来てやるからな!」

 負け犬の遠吠えみたいだがそれでいい。今日だけで懲りたなんてことはない。この竜が振り向くまでは何度だってここに立ち寄ってやる。

 これが俺の青春だ! スポーツをしたり恋をしたりなんてそんなものではないが、これが青春ということにしてやる!

 ……まあ、実際コイツの唾液で甘酸っぱくはなっているんだが。

 立田川に会いたいという当初の目的からは大きく外れてしまったが、コイツとあっている内にわかってくる。そう思う。

 立田川の家の門の横をくぐって、ここまで来て今度は戻る。という事を考えると少し億劫には感じるが、そんなことは些細な問題だ。

 それだけの出会いなのだ今日は。

「じゃあな! また明日、来てやるからな!」

 そう言って踵を返す。

 竜の方をちらっと見たら、尻尾が揺れて返事をしたようにも見えた。



 行きと同じだけの時間をかけて立田川の家の山を降りた。

 ベトベトの身体で、再び土を身体にまとって門の外に出た。

 その間、誰かと遭遇すること無く、起こられること無く外に出ることが出来た。

 現在、門の前で、ここから家に最短距離で帰ろうとすると、どうしても学校の前を通過しないと行けないし、少し遠回りをしても学校の同級生や、教師に遭遇してしまう可能性もある。

 全身ドロドロで汚れてる状態で見つかったら面倒になることは避けられない。

 そんな考えを巡らせながらひとまずは山を降りることにした。

 舗装されていない道を進み、もうじき舗装された公道に出るという時だった。

「あれ、タマキ?」

「え、は?」

 背後から俺を呼び止める声があり、振り返って俺は言葉を失った。

 そこには長い髪をポニーテールにした体操着姿のリンの姿がそこにあったからだ。

 当然、俺を呼び止めたのは彼女だ。

「リ、リンか。部活の帰りか?」

 平然を装うにもどうしても声が震える。

 立田川にはちょっかい出すな言われた手前、立田川の家しかないこんな山の道で出会ってしまったらいい訳なんでできない。

「そうだけど……タマキはここまで何の用事? 制服汚れてるし、全体的に湿ってるし」

 ジトーっと怪しむような目で俺を全身くまなく睨むリン。

「あ、いやーそのなー」

 言葉が続かない。

 だからといって「立田川の家まで行って、侵入してきた」なんて口を滑らせたら間違いなく殺される。

「まさか、流子の家に行ったとかじゃないわよね」

 ドウシヨウイイノガレデキナイ。

「そ、そんな訳ないだろ。なんで立田川の家まで行ってこんな汚れないと行けないんだよ」

「……」

 うわ、めっちゃ怪しまれてる。

 少しだけ間があり、リンがため息を吐いて、

「あー、ま、まあ、そうよね」

 思ったよりも簡単に引き下がった。

 ところで、リンはなんでこんなところにいるんだ? という疑問がよぎった。

「それでリンはどうしてここに?」

 尋ね返すとリンはリンで「うッ」と声を漏らして、視線を逸した。何か、隠してそうだ。

「トレーニングよ、トレーニング。この山、鍛えられるから」

「……。ふーん、ご苦労なこっちゃ」

 それにしても、荷物を持ったままトレーニングか? とも思ったが、これ以上つつく必要はあるまい。俺に返ってきそうだし。

「ご苦労って、どういう意味よ」

「わざわざ山まで来るなんてなって」

「ぐえッ」

 リンの膝が俺の腹に刺さった。

 普通、肘で小突くとかじゃないの?

「俺、帰宅部だし、リンは頑張ってるなって」

「大変っちゃ大変だけど……って、褒めても何も出ないわよ」

 あ、照れてる。

「でさ、体操着で帰っていいのか?」

 確か、校則だと制服で登下校しないといけないはずだったが。

「いいのよ、家近いしバレないって……バレても自慢の足で逃げるだけだし」

「流石、陸上部員」

「伊達に足は鍛えてないわ」

 とか言いながら、その鍛えてる脚で空中を蹴っているのはどういう意味なのだろうか。

 完全に蹴りを入れているんだが。

 小学校の頃のリンは運動とはかけ離れていておとなしい――それこそ今の立田川みたいな性格だったと思うんだけど。

 中学校で何かあったのだろうか。

「まあ、暗くなるし、歩きながら話しましょ」

「お、そうだな」

 確かに、もう夕焼けもオレンジ色から紫色に変わりつつある。暗くなって、こんな畑ばかりで街灯がない場所に取り残されたくはない。

 リンは陸上部だけあって、歩く速度は人一倍早い。

 俺もそれに合わせているが、いつもの所要時間より早く家まで着けそうだ。

 ルートは堂々と学校の前を通るルートだし、肝が座っていること。

 学校の前を通過するまでなんだかんだ無言で歩き、そろそろ家が見えそうだという辺りで俺は話を切り出してみた。

「そういえばリンは、どうして陸上部をやってるんだ?」

「うーん、そうね。うーん……中学で目覚めたからかな」

 絶対今考えただろ。

「そうか」

 だからといって、これ以上尋ねることはない。

 会話が途切れて、俺はふと思った。

 俺は制服をドロドロに汚していて、その横を歩くは体操着姿の女子。なんと異色なんだろう、と。

 ただ、リンと二人きりで歩くのはいつぶりだ? それこそ、小学生の頃以来だろう。

 女子と二人きりで歩くシチェーション。ベタだけど、リンとだったら悪くないのかもしれない。なんて。

 そんなこんなで、俺たちの家の前まで到着してしまった。

 ここからはお互いの家まで帰るまでだ。

「あのさ」

「あのね」

 被った。

 じゃあ、また学校で、と言おうとしたら被ってしまった。

「タマキからどうぞ」

「いやいや、リンから」

 ……。

 いや、ベタも過ぎるだろ!

「そう、ね……」

 リンが一呼吸置いてから、一歩近寄る。

 いつの間にか俺の方が背が大きくなっていたから、リンを少しだけ見下ろすことになる。顔は大人っぽくはなったけど、小学校の頃からほとんどど変わっていない。

 上目遣いのリンの顔が近い。

 こんな事されたら、誰だって心臓がバクバクしてしまうだろ。

 もう夜に近くなり、薄暗くなった道で、リンの顔が街灯で照らされる。

「タマキ……」

「な、何だ?」

 動揺する俺、しかし、

「流子の家に行ったら殺す。木っ端微塵にする」

「えー」

 リンの言葉は女子と言うには程遠い物騒なものだった。

 俺のドキドキを返せ!

 しかも、言いたいことだけ言ってリンは自分の家に向かってるし。

「じゃあね、タマキ」

「お、おう」

 だが、一度立ち止まって、振り返ってリンはそう声をかけてくれた。

 まあ、俺の返事を待つ前に玄関をくぐってしまったわけだけど。

 ……。

 俺は何を考えていたんだろうか。

 なんだか馬鹿らしかった。

 それにこの汚れた制服、母親にはどう言い訳しようか。

 さらには、立田川の家に行ったら木っ端微塵。

 ……リンならできそうだから怖い。

 でも、俺は決めたんだ。

 木っ端微塵になろうとも、あの竜にまた会いに行く。

 それだけは譲れない。

「よし」

 俺はそう決意して、俺も自分の家へと帰るのであった。


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