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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第二章 遭遇
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 痛む身体を擦りながらゆっくりと起こす。

 ワイシャツについた土汚れを落とすのに、何度か叩くが全く綺麗になる気配がなかったので諦めた。

 土汚れというものは随分と落ちにくいものだ。

 それにしても、門の向こう側と違って随分と涼しく感じられた。

 スロープの両サイドはやはり土の壁となっていて、ここのスロープを作るためだけに山をくり抜いたと説明されても納得ができそうだった。

 見上げると、それなりに高い所に木々が生い茂っている。

 外側と違って涼しいのはその木のお陰で、ずっと日陰になっているからなのかもしれない。

 舗装されていなかった道から、一歩中に入ってしまえば石畳で丁寧に作られた道になっていた。やっぱりここからでもスロープを上がりきった先はわからない。

 ただ、明るくなっていて何かが広がっているのだろうということはわかる。

 ……にしても、でかくて頑丈な門の内側にこんな立派な道ができていて、ここから立田川家の敷地だったりするのだろうか。

 そうだとしたら、立田川は随分と大金持ちの家の人間だったりするのか?

 もしかしたら、お偉いさんだったり、ヤクザみたいな家だったりするのか? あんなおとなしそうな性格で。

「……」

 侵入してしまったが、実は監視カメラがいたるところにあったりするのか?

 みはられてて、進んでいったら突然捕まるなんてこと……ないといいんだけど。

 まあ、ここまで来てしまった以上、おとなしく帰るという選択肢は無い。

 石畳の道を進むことに決めた。

 石畳の緩やかな斜面に、左右にそびえる土の壁。

 まるで山の中を進んでいるような不思議な感覚になる。

 そんな不思議なスロープも歩いてみて数十メートルほどの距離だった。

 登りきった先は、山ではなくただ大きな広場だった。

 短く刈り込まれている原っぱに、青空が広がり向こう側の景色なんてものはなく、まっすぐ前遠くの景色も空だった。

 高校の校舎が一つや二つは入るだろう。この草原のような広場から離れた、一つ高い所に随分と和風な、木製の屋敷が建っている。それが立田川の住んでいる家なのだろう。

 ここからその家まではスロープと同じく、石畳で道が作られている。

 道が作られているといえど、高い所に建物が見えるということは山を登らないといけないということになるのか。

 それを考えると気が滅入ってくる。

 考えよりも足を動かそうと、その建物まで足を進め始めているのだが、汗が止まらない。

 先程の斜面と違って、頭上を遮るものは何もなく、照りつける太陽が肌を焼く。

 梅雨なので乾燥もしておらず、汗がベッタリと肌から離れない。おまけに土で汚れているから不快極まりない。

 石畳の道に従って進んでいくのだが、歩いても歩いても立田川の家に近づける気がしなかった。

「暑いな……」

 草原に石畳の道、遠くには立田川の家であろう建物。

 代わり映えのしない景色で目の前が霞んできた。

 が、進んでいると神社で見るようなやしろが道の横に存在していることに気がついた。

 どうしてこんなものが建っているのだろうか。ただ疑問で足を止める。

 少なくとも、立田川の家が金持ちであるというのがいよいよ確信に変わりつつあった。

「どれだけ歩けばいいのだろうか……」

 全然たどり着く気配がなく、諦めて帰ろうかという思考が頭をよぎったその時だった。

「……おや?」

 社の向こう側、少し遠くで何かがいる気配があった。

 何かがいるというより、何かが動いた。

 石畳の道から外れて社と通り過ぎる。万が一、野生動物であって欲しくないため、恐る恐るゆっくりと歩みを進める。

 社の向こう側には、不思議な建物があったのだ。

 社とは違い、壁が一切なく石と木で建造物。木でできた四隅の柱に支えられた瓦屋根があり、壁はまったくない。床は道と同じような石でできていて、周囲は二段程度のステップはあるがそれだけだ。

 太陽の日差しや、雨を凌ぐためだけに作られたかのような社に負けない和風な建物だった。

 その建物の中央にそれはいた。

「……」

 興味本位、それだけで近づいてみる。

 それは全体的に濃い紫色をしていて、表面は鈍く光を反射している。

 小さい山みたいな塊で、ゆっくり上下に動いている。高さは俺よりもよっぽど大きく、二メートルはあるか。

 物体ではなく、生き物か?

 徐々に近づくにつれ、その存在は確かに大きく存在感を放っていることがわかってくる。

 建物に到着して、階段状のステップに足をかけた時だ。

 コツリと俺の靴音に反応するように、その物体は動き出した。

 言うなれば変形ロボが真の姿を表すかのように、腕が脚が、翼が、尻尾が。

 今まで見たこともない、でもどこかで見たことがあるような懐かしい姿。

 腕だと思ったそれは前足だった。四本の足で確かに石の床を踏みしめる。

 背中から生えている翼はリズミカルに動き、尻尾は空間を切るように動く。

 俺の顔の正面にその物体の顔があった。

 長い首の先、ワニのように鼻先が長く、口は大きく、二つの目はクリっとしていて可愛らしい。頭には二本の角が伸びていた。

 首長恐竜のようでいて、全くそれとは程遠い紫色の、

「……竜」

「グウウウウウウゥゥゥゥゥゥ……」

 喉の奥から響く鳴き声だろうか、俺の耳に届き胸をざわめかせた。

 俺はその存在を見つめたまま動けない。

 すぐそこに、この街の昔話で伝えられていたその生物がいるのだ。

 自然と足が震えて、心臓の鼓動が早くなる。

 興味か、興奮か、恐怖か……様々な感情が混じり合って、震えている。

 誰も知らないことを俺だけが知ってしまったんだ。

 この感情は歓喜だ。ただただ、嬉しいんだ。

 だって、この街には竜が――

「グオオオオオオ!!」

「うおぉ!?」

 目の前の竜が、大口を開けて吠えた。

 その咆哮が俺の身体を吹き抜けていった。だからといって、俺の身体が吹き飛ぶようなことは無く、音が振動して俺の身体中を巡っただけだった。

 一歩、身を引く。

 ステップから離れる。

 ――そう、この街には竜が住んでいたんだ。

 その存在がここにいた。どうして立田川の家の敷地にいるのかは分からないが。

「やべぇ……やべぇよ」

 竜から伝わる緊張感、頬を伝わる汗、動かない身体。

 それでいて、笑みが浮かぶ。こんな緊張感、味わったことがない。

 そんな竜に負けじと、一歩踏み出す。

「グゥ……」

 竜が何かに怯えるかのように少し引いた。

 俺が今伝えたいことはただ一つ。

「格好いいじゃん!」

「グァ!?」

 かわいい。

 俺の声に反応して、竜が変な声を出した。

 もしかして、言葉通じてる?

 面白いじゃないか。この街に竜が住んでいて、言葉が通じる。

 ああ、誰も知らない街の秘密を俺は知ってしまっている。優越感や陶酔感が心地よい。これを味わいたいがために、ここまで来たのではないかとさえ感じてしまう。

 この気持ちは立田川が休んでいる理由を知りたいというその先の感情だろうか。そのために、立田川に会いたかったのかもしれない。

 なんて自分勝手な理由なのだろうかとも思う。

 でも、今はこの竜だ。

「なあ、紫色の竜さんよ」

「……」

 だが、竜はプイッと顔を背けてしまった。

 首を動かして、顔を別の方に向ける。まるで「お前の話は聞きたくない」と言わんばかりにだ。

 面白いじゃないか!

 そういう反応されると、振り向かせたくなる性分でね。

 顔の方向に俺は移動する。

「おい、聞いてんだろ」

 プイッ。

 竜は反対方向に顔を向ける。

「おいってば」

 俺もその方向に動く。

 プイッ。

「日本語通じてんだろ?」

 プイッ。

「何だよ!」

 そんなに俺とコミュニケーション取りたくないのか!

「じゃあ、それなら俺にだって考えはある!」

 俺は竜の正面の石畳の段差に腰を下ろす。

「お前が話を聞いてくれるまでここにいるからな!」

 段差から竜を見上げる。

 身体がでかくて声が大きいわりに随分とおとなしい。

 近づいても襲われることもなく、離れても追ってこない。

 これが猛獣だったらとっくに俺は食われているわけだ。

 それだけの理性がある生き物なのだろう。

「なあ、お前さ」

 フレンドリーに声をかけてみる。

「……」

 今度はガン無視だった。

 目も合わせてくれない。

 でも何度も繰り返せば話は聞いてくれると信じている。

 全身丸めておとなしい竜なんだ。

「お前はここに住んでるの?」

 返事がないなら、質問をしてみる。

 ……。

 答えは返って来ない。

「何食ってるの? どれだけ食べるの?」

 ……。

 答えは返って来ない。

「ここに住んでる人たちはお前のこと知ってるんだよな?」

 ……。

 答えは返って来ない。

 三戦三敗。

 寝てるんじゃないだろうな。

「じゃあさ、これだけ。お前、知ってたら教えて欲しいんだけどさ」

 俺は折れて立ち上がる。これでも無視されたらもう帰ろう。

 日本語は理解できてるみたいだし、人くらい覚える知能があると信じて、

「立田川流子って――」

「ギャアアアアアア!!」

 突然のことだった、今までガン無視だった紫色の竜が威嚇のような雄叫びを上げながら、長い首を器用に操って、

「――えっ?」

 その顔が一瞬に俺に接近した。

 大きな口を開けて。

 気が付いた時には遅かった、逃げることも身構えることもできなかった。

 牙の生えそろった口内がみるみる距離を縮めていって、


 ――俺は叫び声を上げるよりも先に、目の前が真っ暗になった。


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