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竜の住む街  作者: 瀬田まみむめも
第一章 立田川流子
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 確認した柏木マップを頼りに、俺は立田川の家を目指す。

 地図で確認するだけでは、俺の家と逆方向で山の中ということしか分からなかったが、いざ歩いてみるとこれがなかなかしんどかった。 

 まず、どんどん住宅街から離れていく。

 家をあまり見なくなり、田んぼやら畑やらが増えていく。

 それだけならいいが、舗装された道路から脇道にそれて山道に入っていかねばならなかった。

 柏木マップがなければまず見つからないところに立田川の家があるらしい。

 脇道は舗装されていなければ、徐々に斜面がキツくなっていく。

 木々が生い茂り、直射日光は遮られて入るが、なんだって六月だ。

 運動もロクにしておらず、さっそく足腰が悲鳴を上げるし、汗ばんで着ているワイシャツが身体に張り付くのも気持ちが悪い。

 湿度も高く、ジメジメとしている。

 蒸し暑い。

 リンのように運動部に所属していればこんな山道、楽々なんだろうがそういうわけにはいかない。

 さて、どれだけ山道を登ればいいのだろうか。

 真っ直ぐ帰宅していれば、もう家に到着してる程度には歩いた。

 学校から見える山だが、実際登っていると結構な高さなんだということを実感させられる。

 山の外周を沿うように道が作られているようで、左側は崖、右側は壁のような急斜面になっている。

「……どれだけ歩けばいいんだ」

 不安になり、もう一度地図を見てみる、が。

「マジか」

 よくよく見れば、山が立田川家の所有地らしい。

 山一個が所有地で、真ん中に家のマークが柏木によって書き加えられている。

 要するに、頂上に家があるってことか?

 本当にどれだけ歩くのかわからないぞ。

 てか、立田川はコレだけの距離を歩いて、毎日登校してたのか……。

 などと考えながら進んでいると、右手側に斜面ではない別の物が現れた。

 近づくと、まるでそこにピッタリはまっているかのように見える木製の巨大な扉だった。

 どれだけ巨大かというと、二階建ての建物がすっぽり入りそうな高さである。

 城門のような随分と立派な扉で、

「立田川の家か?」

 よくよく見てみれば、扉の脇の柱に表札とインターホンが設置されていた。

 扉は古臭いのに、表札とインターホンはそれに比べてきれいなので、最近取り付けられたものなのだろう。ちなみに、カメラはないようだ。

「……」

 山の斜面は壁のようになっている言えど、角度がわずかながらある。

 無理して登れば扉を突破できそうだが……そうしたら完全に不法侵入である。

 犯罪行為をしてまで侵入するほど俺の肝は座っていないため、インターホンをおとなしく押す。

 ピンポーンとよく耳にするチャイム音が、静かな山に響く。

 チャイムが鳴り止み、再び静寂が訪れる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 あれ、出ない。

 これ、見せかけじゃないだろうな? ちゃんと、敷地内の建物までつながっているんだよな?

 しばらく待って、もう一度押してみようと人差し指をインターホンに向けた時、

「はい。お待たせしました」

 あ、出た。

 女性の声だけど、立田川の声じゃない。

 はっきりとした大人の声。

 カメラはないので、誰が訪ねてきたのかは向こうに伝わらないのだろう。

「こんにちは。俺は立田川さんのクラスメイトで――」

「あなた、高校生?」

 俺の言葉を遮るように、インターホンの声が俺に質問する。

 出鼻をくじかれたような感覚があるなぁ。

「はい、そうです」

「申し訳ないのですが、お取引お願いします。流子はの時期になると体調を崩しがちで。友人の方でもお断りしているので」

「……そうですか。押しかけてすみません」

 ――ブツッ。

 あ、切られた。

 体調を崩す?

 の割には昨日は随分と元気そうだったし。

 すんなりと納得できなかった。

 そんな一晩で様態が悪くなるなんて思えないし。

「さて」

 考える。

「……入っちゃうか」

 少しくらいなら、いいよね……見つかって怒られたら、それまでだ。

 ほんの少しでも立田川の姿が見たかった。

 それにここまで来たんだ。

 立田川が何故休むのかの疑問が晴れることはないが、ひと目だけ見られれば。

 だから俺はこの木製の巨大な扉に手をかけて、押してみる。

「……ん」

 当然ではあるが開かない。

 押せば開きそうなのだが、何かがつっかえてそれ以上扉が開かない。

 つっかえてるというより、向こう側から鍵がかけられているようだ。

 インターホンがここにあるのだから、簡単に開いてしまうことは無いというのが当然である。

 開かないであれば、どうするか。

 一歩下がって考えてみる。

 木製の扉が、壁のような急な斜面にポッカリとはめ込むように作られている。

 斜面であるため無理やりにでも登れそうではあるが、正直に言えば俺に登れるかどうかはわからない。

 そうそう簡単に登らせてくれそうではない。

 ……が。

「おや?」

 扉を支える立派な柱の片側だ。

 よく見れば、柱と山の斜面の間に隙間があるように見えた。

 近寄って、その隙間を覗いてみれば、

「向こう側が見える」

 確かに向こう側が見えるではないか。石畳がスロープ状になっていて、その先はここからでは見えない。

 隙間はなんとか俺一人が入れるかどうかといったところだ。そんなスペースが空いてしまっている。

 人為的に誰かが作ったものだろうか? 流石にこれだけの隙間、誰でも中に入れてしまうだろうし、放置されているのはおかしいとは思うが。

 でも、今の俺には大きな助けだった。

 このくらいなら行けそうだ。

 片足をその隙間に入れる。次に腕、身体、もう片方の半身。

 身体を滑り込ませる様に入る。

 背中は斜面の土に削られ、正面は柱にこすられる。ギュウギュウと締め付けられて、非常に息苦しい。

 だがしかし、このくらいならなんとか通れそうだ。

「フンッ、フッ……ウッ……」

 完全に不審者である。

 扉が開かないからといって、こんなところから侵入を試みている高校生がいる。

 通行人がいたら確実に即通報されてしまう。

 救いといえば、その通行人がいないということだ。

 まあ、この周辺はこの山と畑が広がっているため、わざわざここまでやってくる人間もいまい。

 そんなことを考えつつ、ゆっくり身体を進めていく。徐々に扉の向こう側へと身体が飛び出している感覚が心地よかった。

「ぬおッ」

 と、コルクの栓みたいに隙間から身体が抜けて、身体が勢い良く飛び出す。突然だったため、地面に全身を叩きつける。

「いてて……」

 身体を起こすと、全身が土まみれになっていた。白いワイシャツが茶色に染まっている。

 このワイシャツを母親に差し出したらなんと言われるだろうか。少なくとも怒られるだろう。理由を聞かれたら、転んだとでも答えようか。

「ハハハ……」

 ごまかせないなという感情と、目前に広がる光景を見て「侵入してしまった」という感情が混じり合った笑いが浮かぶ。

 隙間の向こう側に見えたスロープが目の前に広がっていた。


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