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竜の正体が立田川であると判明した次の日だ。
火曜日で平日なので、今日も学校がある。
俺は眠気まなこをこすりながらも、見知った学校の門を通過する。
今日はいつもより早く家を出てきてしまい、学校にも随分と早く到着してしまった。
時間が遅くなれば遅くなるほど混雑しているのだが、今この時間はほとんど人がいなかった。
いても皆、真面目そうな顔をしていて、頭が良さそうに見える……のは気のせいかもしれない。
なんで俺がそんな時間に登校してしまったかというと、今日から立田川が再び登校してくるからだ。
楽しみにしていたら、居ても立ってもいられず、家を飛び出してきてしまったのだ。
校門から昇降口までは短い距離だが、今日はなんとなく寄り道をしてみようと思ってしまった。
校舎を横切って進むと、グラウンドが広がっている。運動部は朝から活動をしていて、野球部の声が大きく聞こえる。
用事があるのは野球部ではない。野球部がグラウンドのほとんどを専有しているが、端の方では陸上部が活動をしている。
並べられたハードルと走りながら飛び越えたり、先の引かれた直線を走って往復している者もいる。
そして、その少し離れたところにジャージではなく、制服を身にまとった男がいることに気がついた。
カメラを構えていて、後ろからでもわかる天然パーマが特徴の男といえば一人しかいまい。
陸上部の邪魔はできないけど、コイツに絡むくらいはしてもいいだろう。ゆっくりと近づいて、
「よう、柏木」
と声をかける。
「誰だ……って、荒谷か。珍しいな、こんな早い時間に……というのは聞くまでもないか」
構えていたカメラを降ろして、俺の方を見る赤いメガネの新聞部、柏木。
柏木は俺の顔を見た途端にニヤニヤし始めた。
「なんだよ」
「いやいや、遠足前の小学生みたいだなって」
「うるせぇ」
でもまあ、否定することができないのもまた悔しい。
「で、柏木こそここで何してんだ? 盗撮でもないだろう?」
「盗撮とは何だ。こんな堂々と立って盗撮する訳がないだろ!」
「じゃあ、何だよ。また、学校に依頼でもされたのか?」
以前の流星群でも依頼されていたようだし、部活動の活動風景をカメラに収めるようにでもお願いされたのだろうか。
「違う違う。依頼はされてない。自主的な部活動だよ」
「自主的?」
「今まで竜を追ってきたけど、今回の一件でこの街の竜についてだいたいわかったからな。新しい取材の対象を広げてみようかと」
「そうか」
今まで竜しか見てこなかった柏木は、また別の取材対象を見つけようとしているのか。
それと陸上部って、どういうきっかけがあっただろうか。
と、考えていると、
「おーい」
女子の声が陸上部の方からこちらに聞こえてきた。
振り向くと、ポニーテールを揺らす、体操服姿の幼馴染が走ってやってきていた。
手を大きく振っているので、こっちも軽く手を降って返す。
「おはよう、タマキ」
「ああ、おはよう、リン。抜けてきちゃっていいのか?」
額に汗を浮かべるリンの姿は初めて見たかもしれない。
そもそも、部活動をやってる時間に登校してくることが珍しいのだから仕方ない。
「平気平気。タマキこそ流子に会えるのが楽しみでこんな時間に?」
「だー、うるせぇよ……まあ、そうだけどさ」
「なら、なんでこっちまでやってきたのよ」
「なんというか、早く来たから部活がどういうことしてるのか気になって」
まったく……といいたげに鼻を鳴らすリン。
「ほら、そろそろ校舎に入ったら? 流子ならもう登校してるはずだから」
「早いんだな……」
「ええ、真面目な子だから」
立田川の家から学校までかなり距離があるはずなのに、この時間には学校にいるのか。
そして、遠くからリンを呼ぶ声が、聞こえ、
「あ、じゃあ私は戻るから」
「そっか、じゃあ部活頑張れよ」
「言われなくっても……そうだ、学校新聞見たほうがいいよ。びっくりするから」
そう言い残して、リンは背中を見せて部活動へ戻っていく。
その姿を柏木は見逃さずに、カメラに収めていた。
「柏木、リンに蹴られんじゃないのか?」
盗撮みたいな事をしたら。
「許可は部活にも本人にも取ってある。未来のエースには今のうちにツバを付けておかないとな」
「さいですか」
それは何に対するツバなんだろうな。
そんな柏木も、陸上部の朝練が終わるまでここから動きそうになかったので、俺はグラウンドから離れて校舎へと向かうことにした。
昇降口で靴を履き替えて、早速学校新聞が掲示されるボードへと向かう。
「……おっと」
が、いつもは皆が皆素通りするボードの前に人垣ができていた。
随分と今回の学校新聞は人気があるのはないだろうか。
人をかき分けるように入っていき、ポスターサイズで印刷された新聞の姿を見る。
大きく書かれた見出しがまず何入ってきた。
「おぉ……」
思わず声が出てしまった。
見出しには『竜の住む街の名前に偽りなし! 竜は存在した!』とあり、その側の大きな写真には旧校舎から撮られたであろう竜の姿がでかでかと載っていた。
あの日、俺も竜に乗っていたはずだが、俺が写らない角度の写真を選んでくれたのだろうか、姿は見えなかった。お陰で、特定されて有名人になってしまうことはなさそうで安心する。
記事も火事が起きたことから始まり、竜が現れて大雨によって事態は収拾したといったものだった。
しっかりとフィルムも回収できていたようで安心した。
こんな新聞を一晩で仕上げて、印刷、掲載許可を取り、実際に張り出している。どういう魔法を使えばそんなことができるのだろうか。やっぱり、柏木は大したやつなのだ。
半分くらいが竜の記事で、残りの半分が流星群の記事。そして、端の方に俺と立田川に熱愛発覚というスキャンダルを本当に載せていた。
「……」
柏木許さん。
周囲の生徒はそんな記事なんてどうでも良さそうで、竜の記事にばかり目が向いていた。
口々に「竜は本当にいるのか」「あの時、学校にいたけどすごかった」「CGなんじゃないの?」「写真持ってるぞ、ほら」と、意見や感想を喋り合っていた。
竜の住む街には、本当に竜が住んでいる。
少しずつ広まっていって、いつか自由に飛び回れる日が来るといいなと思う。
俺は新聞に満足して、いよいよ教室へと進む。
階段を登って廊下を歩いて、自分の教室の前で立ち止まる。
今日から再び立田川が登校するのだ。
間を置いてから、ドアを開ける。
教室にいるクラスメイトはまだまだ少ない。
でも、彼女の席には――いた。目が合った。
白い肌で肩にかかる程の黒い髪の女の子。
席に座っていた立田川は嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がった。
俺もすぐに彼女の席の方へと向かう。
正面に向き合って、お互いの顔をじっと見つめて何もしゃべらない。
一拍、二拍、それくらいの時間が経ち、立田川が口を開く。
「おはよう、珠希くん」
満面の笑みを浮かべてかけてくれた言葉。
きっと、俺はこの声を聞きたかったんだと思う。
決まった時期になると、学校に来なくなる少女。
真面目で内気で、それでいて面白い。
声をかけても逃げられてしまうし、親友の護りも強固だった。
でもそれは、竜に変化してしまうから、それを知られたくなかった。
全てを知ってもなお、俺は立田川の事をもっと知りたかった。
ほんの二週間前ではあり得なかった光景が、今ここにあるのだ。
竜がいることも、あの日一緒に見た流星群も、一緒に飛んだ街の上空も、嘘ではない。
俺はつかむことができたんだ。そして、それはもう離さないって決めたから。
「おはよう。立田川」
俺も笑って、挨拶を返す。
今度、俺たちは変化していく。
どんな変化をしていくのかはわからない。
それでも、俺たちが――立田川にとって幸せになれるように願いたい。
リンも柏木もいるんだ。悪い方向に進んでいくことはないだろう。
だから、俺たちはこれからも生きていく、みんなと一緒に生きていく。
――竜の住む街。この場所で。




