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「この街に伝えられている昔話は知ってますか?」
母親さんが俺たちに尋ねる。
「『竜の住む街』の昔話でしょうか?」
「竜を退治しに行った若者がいて、その奥さんとその子どもの話」
俺が昔話の事であることを口にして、柏木がその内容について続けた。
「竜の呪いについての話だったわよね……」
リンも更に続く。
小学校の時から、定期的に授業で取り扱われていて、覚えたくなくても覚えてしまう。それほどこの街で伝えられている昔話だ。
悪天候に困っていた村人を代表して一人の若者が竜退治に出かけた。山を切り開いて出会った竜を撃退して、村に帰ったら身体の一部が竜になった赤ん坊と、奥さんの亡骸が待っていた。
その赤ん坊もしばらくしたら竜の部分がなくなっていたが、毎年決まった時期に身体の一部が竜になっていた。その子孫も竜の呪いを受け継いでいった。
そんな話だったはずだ。
それこそ、昔話で眉唾ものだと思っていたが。
その竜の呪いと、立田川や家族の変化と言うのは――。
「その通りです……そして、竜の呪いは実在しているのです」
母親さんは胸に手を当てて、一度頷いた。
「竜を本当に退治したのか、我々は当然この世に生まれていないので意はわかりません。ですが、こうして決まった時期になると、身体の一部が竜の体に変化するのです」
自分の耳を触る母親さん。その耳は透き通っていて、しなやかで美しかった。
夕日の光を反射して、虹色にも見えた。
「当然、流子も例外ではないのですが……流子が継いでしまった呪いは全身が竜になってしまうものでした。残っている記録では、ここまで強力な呪いが継がれてしまったという記載はありません。なので流子が特別、呪いの症状が強く出てしまっているのです」
母親さんやお兄さんは耳や角だけ変化しているのはそういうことだったのか。
代々引き継がれている呪いは、身体の一部だけだった。
それが普通のはずだった。
しかし、立田川は全身――すなわち、竜そのものに変化してしまう程の呪いであった。ということか。
「そして、昔話の通り、胎児であっても呪いは例外ではなかったのです。流子を身ごもって、この時期が訪れてしまいました。結果、私のお腹の中で流子が竜に変化してしまい、身体を突き破って出てきてしまいました」
そう言いながら、母親さんが腹部をさすっているが、腰から下はない。そのことを想像してしまい、思わずつられて俺もお腹を抑えてしまった。
言い伝えで出て来る若者の奥さんが亡くなってしまった原因がそれなのか。
「かろうじて、母子ともに一命は取り留め、流子は無事ここまで育ってくれました。これ以上、望むものはありません」
今は医療が進歩しているから、なんとか命は助かったのか。
医療が整っていないであろう昔にそうなってしまったら、どうしようもない。
立田川もお兄さんも、何回も聞かされたことなのだろうか。二人ともこれと言った反応は無く、母親さんや俺たちに視線を送っているだけだった。
「お医者様には感謝しても、しきれませんね」
そう、はにかんでいる母親さんの面影が立田川とかぶる。
やっぱり親子なのだ。
「竜の呪いが出てしまっている間は、どうしても外出するわけにはいかないので、この時期――梅雨に入った頃から梅雨が明けるくらいまで、ずっと家で過ごすようにしています」
「それは……」
どうしてか、と言いかけて言葉が止まる。
母親さんは一度目を伏せて、再び俺たちを見る。
「やはり、竜という存在だけでなく、呪いと言うものは簡単に表へ出していいものでは無いのです。表に出たら、興味本位でやってくる方々がいるでしょう。間違いが起これば、広まってしまうかもしれません。そうしたら、我々は今まで通りの生活ができなくなってしまいます」
ならば、俺は間違っていたのか。
竜の住む街に、竜がいるという事を広めたいということが。
確かにあまりにも現実離れしすぎている。
人間が別の生き物に変わる? そんなことが当たり前のようには存在しない。
それが広まれば、珍しい立田川や家族はどうなるのか。
様々な団体に目をつけられるかもしれない。
身体の隅々まで調べ上げられてしまうのかもしれない。
場合によっては、もう会えなくなることだってありうる。
そうなったら……そうなった原因を作ってしまったのであれば、大問題である。
「ただ、現状としては我々が竜の呪いを受けている事さえ表に出なければいいと思っています。例えば、流子が竜の姿になってしまうことですね」
流子。と母親さんが呼ぶ。
「なので、あなたが竜の姿を見せることで、今後起きうることに対して、自分で責任を持てるのであれば、竜の姿で街に出てもいいでしょう。もっとも、来年以降の話でしょが」
「……」
立田川は胸に手を当てて、しばらく沈黙した。
竜になるのは立田川なのだ。
彼女が良ければ、立田川が竜になるということさえ隠すことができれば、いいのだろう。
「わたしは平気……みんながいるから」
「なら、いいでしょう」
「うん」
強い頷きを立田川は見せて、母親さんは安心したかのように微笑みを取り戻す。
再び、俺たちに向き直る。
「ただ、表に出さないで完全に隠し切るというのにも、限界は有りまして……流子の担任の先生や、流司――流子の兄の大学教授、お医者様といった方々には、事情を説明しています。まあ、他には漏らさないようにお願いはしてありますが」
一瞬見せた不気味な笑顔。
万が一、漏らしたら何をされるかわかったもんじゃなさそうだ。
だからこそ、担任は立田川が欠席している時は面倒そうな顔をしていたのか。
「あなた方も、流子のお友達ということで見逃しはしていますが、くれぐれもお願いしますね」
そういうことなのだ。
竜の存在を広めることで、立田川に降りかかることに対する責任が生じる。それだけでなく、立田川が竜になってしまう。ということは隠し通さねばならないのだ。
「とは言っても、心配はしていません。これからも、流子の事をよろしくお願いします」
だからと言って、事情を知っても立田川に対する態度は変わらない。
俺たちは三人揃って、
「はい!」
と、返事をするのだ。
願わくば、立田川の幸せがずっと守れますように。
その後、車に乗り込んだ立田川を見送って、残った俺たちは門の方へと歩いていく。
俺とリンと柏木といつの間にかメンバーが増えていってしまったが、これでよかったのだろうと俺は思う。
門の横の隙間から出る時、柏木が門は内側からなら開くことを発見した。俺とリンは今まで余計に汚れてしまっていたことに気が付かされたのだった。
帰り道では、特に会話があったわけではなかった。
でも、きっとこれからも俺たちの関係は続いていく。
そう思わせてくれる一日だったに違いない。




