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リュキアの小人  作者: 五十鈴 りく
2♦薄靄の夢

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10/23

2-5

 そうしているうちに夜が来る。

 食堂で皆が固まって、ただ時間が過ぎるのを待っていた。


「そういえば、宿舎の方に連絡しないとみんなびっくりするわよね」


 エーディトが壁際で膝を抱えつつ、ぽつりと言った。頼りなげなその仕草が庇護欲をそそる。


「ああ。こんな時だから、キメラに食われたんじゃないかって思われそうだ」


 と、ヤンも軽口を叩くけれど、誰も笑わなかった。アヒムはずっと端末をいじっていて、どこか苛立たしげにぼやいた。


「さっきからやってる。でも、繋がらない」

「え?」

「宿舎のどの端末とも繋がらない。通信環境が確保できない」


 また、ひとつずつ繋がりが切れて行く。ミアたちがいない場所で何かが起こっているのか、何かが起こっているのはミアたちの方なのか。


「管理官はここにいろって言ったよな。どうする?」


 デニスが細い目をミアに向けた。ミアは少し悩んで、けれどどうしようもないことをわかっている。


「日が暮れてから動くなんてどの道無理だから、今日はここで待機するしかない」

「だよな」


 ヤンは嘆息すると、ひと塊になって身を寄せ合う使用人たちに向かって言った。


「なあ、食べるもんあるか? 腹減っただろ? みんなでなんか食おうぜ」


 使用人たちはそろって身を強張らせた。震える様子は小動物さながらである。その怯えを憐れに思うのは、小さな子供が混ざるせいだろう。


「す、すぐに何かご用意を……」


 年長の女性が立ち上がる。それに続いて使用人たちは皆、立ち上がった。けれど、年長の女性が幼い女の子と男の子に向かってかぶりを振った。


「カルラはユリアンをお願い。私たちで間に合うから大丈夫よ」

「わかったわ、ディー」


 女の子はツインテールを揺らしてうなずいた。気丈に見えたけれど、小さな手はしっかりとスカートを握り締めている。その時、ミアはとある疑問を持った。だからディーと呼ばれた女性と少年二人が食事の支度に取りかかり始めた後で、その小さな女の子、カルラと最年少のユリアンのそばへ近づいた。


「ねえ」


 なるべく柔らかい声を意識したつもりではあったけれど、二人の子供は飛び跳ねそうな勢いで驚いた。カルラはとっさに右目を手の平で覆い、それからユリアンを背に庇うようにして立った。


「な、何か?」

「いや、大したことじゃない。あなたたちの名前は誰がつけたの?」


 何度かここへ来たことがあるけれど、そんなことは意識して来なかった。彼らが名を呼び合うのを初めて聞いた。ただ、ミアたちも本来はナンバーで事足りてしまう。名前は、それが嫌で皆が互いにつけ合ったもの。ミアたち管理者よりも更に格下とされる下働きの彼らに誰が名を与えたのかと思ったのだ。


「そ、それは……エンリヒ様が……」


 と、女の子は小さく答えた。


「バルツァー管理官が?」


 あの無骨な堅物が。使用人の一人一人に名を与えたと。

 それは随分と意外な答えだった。ミアの知るエンリヒとはとても結びつかない。


「エンリヒ様はご自分のことも名前で呼ぶようにと仰って、みんなに名前を下さいました」

「そうなの?」

「はい。一番年上がディートリンデ、ルース、ニクラス、私がカルラ、この子がユリアンです」


 怯えつつもしっかりと話す。賢い子だとミアは感じた。けれどどこかに引っかかりを覚えた。その正体がわからないまま、ミアはカルラの後ろのユリアンにも声をかけた。


「ユリアンはいくつ?」


 すると、ユリアンは大きな眼を大きく見開き、口元を押えながら声を漏らした。


「あ、ああ、あ――っ」


 可愛らしい外見から発せられる不協和音にミアが驚いて目を見張ると、カルラはそんなユリアンを小さな背で庇った。


「すみません、ユリアンは喋れないんです! ごめんなさいごめんなさい!」


 あまりに必死で謝るから、ミアの方が驚いてしまった。けれど、カルラの怯えた左目から、前の主にひどく責め立てられでもしたのかと思った。


「いや、こっちこそごめん。知らなくて……」


 すると、カルラはゆるく首を振った。そうして、ミアが近づいてからずっと右目を押えていた手を下ろした。伏せたまぶたが開かれた時、ミアはその右目を見た。そうして、何故カルラが右目を覆ったのかを知った。綺麗な緑色の左目に対し、カルラの右目は白濁していた。宝石のような左目と、石ころのような右目。カルラは悲しげに言った。


「私の左目は見えません。私たちはどこかに欠陥を抱える、戦えない粗悪品です」


 粗悪品。

 人間に使う言葉ではない。それを言ったのは誰だろうか。


「バルツァー管理官がそんなこと言ったの?」


 すると、カルラは激しく病的なほどに頭を揺らして否定した。


「違います! エンリヒ様はそんなこと仰いません」

「じゃあ、あなたも自分でそんなこと言わなくていい」

「……はい」


 くしゃりと顔を歪めて、カルラは目元を擦った。ユリアンはミアの顔をじっと見て、そうして笑った。だからミアも僅かながらに笑い返した。

 この子たちもこの島で生きるのは大変なことであるけれど、エンリヒはああ見えて弱い者には優しくあるのだろう。彼らがエンリヒの庇護下にいられてよかったとミアは密かに思った。


 ミアが話し込んでいるうちにディートリンデたちが食事を用意してくれた。その食事は宿舎で出されるものよりも少しばかり粗末だった。それはきっと使用人たちの食事である。エンリヒに出す食料には手をつけないつもりなのだろう。多分チームの皆はそれに気づいただろうけれど、誰も文句を言わずに硬いパンを無言でんだ。



 その後、使用人たちが使っている離れに連れて行ってもらった。そこでシャワールームを借りた。ミアたちが使っているものよりも少し広く、浴槽もあった。ただ、滅多に湯を張ることはないらしい。古いながらに綺麗に使っているのが見て取れた。この非常時にゆっくりと入浴するわけにも行かず、交代で急いで済ませた。


 寝室はベッドがあるだけの簡単なもので、男女に分かれている。普段はディートリンデとカルラが寝ている部屋にミアとエーディトも入れてもらった。ひとつのベッドを空けてもらって、ミアとエーディトが共寝である。多少窮屈だけれど、男部屋はもっと窮屈だろう。ヤンやデニスはともかく、ユリアンが可哀想だと少しだけ思った。


 そうしてミアの長い一日が終わった。ミアは色々なことを考えながら目を閉じた。

 まぶたの裏に浮かぶのは、リーンハルトの姿だ。


 リーンハルト――クライン――ミアの、きょうだい。



 【 2♦End ――To be continued―― 】


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