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リュキアの小人  作者: 五十鈴 りく
1♦管理者

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1/23

1-1

 その島には、管理者と呼ばれる集団がいた。


「――ねえ、君と僕はきょうだいなんだよ」

「きょうだい?」


 断崖に打ち寄せる波の音が響く。碧海に浮かぶ孤島。緑織り成す未開の地と見えて、その奥には収容施設がある。

 打ちっぱなしのコンクリート、鋼鉄の柵を取り囲む鉄線には常に電流が流れ、生物の通行を遮っていた。管理者たちが常に監視するのは、『何』とも呼べない生物たちである。仮の名をキメラとする。


「そう、きょうだいだ。この狭い島の中で唯一の味方なんだよ」

「みかた……」


 本土と切り離されたこの島、リュキア島は遺伝子操作の果てに異形となった生物たちの檻なのである。学者たちは失敗作と認めつつも、そうした生物の廃棄を許さなかった。生かしておけば有益なデータが取れることがあるかもしれない。

 殺処分後に再び同じ組み合わせで遺伝子操作を行い、キメラを作り出す手間と歳月を思えば、失敗作のキメラを飼い殺しにしておいた方がよいとの判断だ。


「忘れないで、**」

「わすれない……」


 けれどキメラは、作られた存在は、決して従順ではない。人の都合で作り出され、そのくせ打ち捨てた人を恨み、仇敵と定めたのだとしても不思議はなかった。

 キメラ研究は国家事業として強靭な生物兵器の開発と、人間の不老不死の追求を目指すものだという。

 とはいえ、どんな偉人であれ、世の摂理に反してまでして無理に生かすことに意味があるのか。

 その答えを持つ者はいない――。



    ◆



「ミア――、そっち行ったよ――!」


 少女特有の甲高い声が、鬱蒼と茂る枝葉の隙間を縫ってミアの耳朶を震わせた。けれどそれを凌駕するのは獣の咆哮である。

 ミアはカチリ、と親指の先で腰に佩いたサーベルの鍔を鳴らした。短く呼吸を整えると、ポニーテールに結わえた赤毛が風になびいた。鮮やかな赤というよりもくすんで錆びついた色合いがミア自身好きではない。

 黒い制服の裾がミアの動きに合わせて翻る。


 踏み躙られた草の青い臭いを風が運ぶ。荒々しい物音が森林に溢れ、ミアがいたすぐそばの茂みが割れた。

 ミアの茶褐色のつり目が見据えるのは、生物の複合体だ。いくつもの生物の遺伝子が不恰好にかけ合わされたキメラである。


 主体は虎だったのだろう。特有の縞のある白い体は美しく、けれど美しいと賞するには余分なものがあった。

 顔面には爬虫類を思わせる鱗がびっしりと生え、目は虎のものであっても、その裂けた口の奥から覗く舌は長く細かった。


 獰猛な唸りにもミアは顔色ひとつ変えない。顔をさらに引き締め、細い腕でサーベルを引き抜く。


「悪いね」


 短く、つぶやいた。

 それとほぼ同時に、つま先が地面を蹴った。軽やかに跳躍し、キメラの爪から繰り出された一撃を避ける。その爪が地面を抉った時、ミアはすでにキメラの後ろに回り込み、足の腱を断った。

 ギャウン、と野太い獣の叫びが上がる。

 血が、白かった毛皮に滲んだ。


 けれど、命は取らない。生け捕りで捕縛することが管理者の義務なのだから。

 決してキメラを殺してはならない。それが厳格な掟だ。


 このリュキア島を管理するのは、官営機関NPK。

 キメラ研究は政府が国を挙げて推し進める事業なのだ。この島のデータを本社のある本土へ送り、医療や製品開発、なんらかの形で利用されている。ただしそれは本土の人間のために使われ、この島には直接関わりのないことだ。

 

 この島は閉鎖的な空間なのだ。普通の暮らしを知らないからこそ暮らしていけるのだと思う。

 ここにいるのは皆、幼い頃から管理者として育てられた人間ばかりだから。

 なんらかの事情があって引き取られた子供ばかりなのだと思われるけれど、皆、自分たちの事情など何ひとつ知らない。誰も彼もがそうなのだから、詮索する者もいないのだ。


 腱を切られ、キメラの体は横倒しに倒れた。砂埃が舞う中、それでもキメラはミアに一矢報いようとするのか、前足を地面に叩きつけて吼えた。並みの人間ならばその猛りにすくみ上がるところである。

 けれど、ミアたち管理者は幼い頃からこの島で訓練を重ね、キメラとの戦闘に慣らされたエキスパートである。眉ひとつ動かさずにサーベルを地面に突き刺し、深々と嘆息した。


「諦めなよ。あんたはここにしか居場所はないんだから」


 憐れとも思わない。生とは生かされること。

 それは自分の意志ではない。そこに意志は必要ない。


 パシュ、と気の抜けるような音がキメラの声を止めた。僅かな風がミアの背後からキメラに向かったのだ。それが麻酔銃の(ダート)であることを、ミアは振り向かずとも知っている。

 キメラの巨体が自らの意志に反して倒れ込んだ後、その場にチームの面々が集まって来る。


 まずやってきたのは、ミアと同じ制服を着てサーベルを佩いた少女である。

 ふわりと柔らかそうな薄茶色のショートボブ。優しげな面立ちの、ミアとは正反対のタイプである。プリーツスカート、ニーハイソックスに編み上げブーツ、格好は同じでも、着ている人間が違えば印象はガラリと違った。


「ミア、怪我はなぁい?」


 甘ったるい喋り方も、彼女、エーディトにはよく似合う。


「ないよ」


 にこりともせずに答えた。ミアは常にこうである。

 さらに背後から来たのは、スナイパーライフルを構えた垂れ目の少年、デニスである。ミアよりも頭ひとつ分背が高いけれど、かなりの痩身だ。パンツの太ももの部分がいつも余っている。


「今回の的は大きいから当てやすかったし。楽勝だな」

「うん、お疲れ」


 うなずいて労う。ミアがこのチームⅣのリーダーだ。

 チームの平均年齢は十七歳程度である。機関上層部でもない限り、実戦のどのチームも若い。

 キメラ管理者は四、五人程度のチームに分けられ、担当エリアが決まっている。ミアたちのチームはこの森林の一角だった。


 そうこうしているうちに、草木を掻き分けてヤンとアヒムがやってきた。

 ヤンはミアたちと同じように剣術で戦う少年である。茶色の短髪で中肉中背。表情のよく変わるヤンは勝ち気で、気をつけていないと先走ることもしばしばである。


「うわぁ、すっげぇ爪! こんなのに引っかけられたら痛いだろうなぁ」


 そんなのん気なことを言っていた。背が低く華奢なアヒムはノート型の端末のパネルに指先を滑らせて操作し始めた。

 上層部にこのキメラの位置を伝えているのだ。正確な座標を報告しなければならず、それがアヒムの役目だ。

 白くてまっすぐな髪のアヒムは、常にその髪で顔の半分を隠してしまっているので表情はほとんど読み取れない。口数もかなり少ない。


「……任務完了」


 それだけをボソリと言った。自分のやるべきことは終えたということだ。


「ありがとう、アヒム」


 ミアが労うと、不意にエーディトが頬に手を当ててため息をついた。


「まったく、檻を強化してもすぐにまたこうして逃げ出しちゃうんだもの。ほんとにキリがないわね」


 キメラは機知に富み、その爪や牙を駆使して柵を破壊し逃走を計る。対策を練っても、キメラはすぐに順応し、こちらの予想を超えた力を発揮して逃走を繰り返す。この攻防に終わりはあるのだろうかと思ってしまうほどだ。

 そうした成長を見せるからこそ、研究の対象になり得るのだろうけれど。


 速やかに、捕獲用の強化ネットを搭載したヘリコプターがミアたちの頭上に到着する。

 バラバラとプロペラの音がうるさく響く。鉄臭さが風に混ざり、その風は散った木の葉を巻き上げる。


 ミアは顔にかかる髪を押えながら上を見上げた。そうして、腰のベルトに差してあった通信用のライトを点滅させる。

 特殊なライトは昼夜問わず森林の中でもよく輝いた。


 ヘリコプターが着陸できる開けた場所はなく、ヘリコプターから降ってきたネットをキメラの体の下に通す。今回の獲物は大きく、五人がかりでも持ち上げることができない。なんとかして胴回りに通すのがやっとだった。大きな獲物の場合、麻酔銃は当たりやすくとも後始末が大変である。


 完了のサインを再び送ると、フックのついたワイヤーが数本下ろされ、それをネットに装着して再びサインを送る。

 ゆっくり、少しずつ持ち上がるキメラの巨躯。その影が小さく、薄くなり、運ばれて行く中、ミアたちは空を見上げていた。

 キメラの足の、乾き始めた傷から落ちた一滴の雫が地面に色濃い染みを残す。

 それを見つめて、アヒムはつぶやく。


「無駄なのに」


 逃げたところでここは孤島。本土まで泳ぐのはさすがのキメラにも難しいと思われる。

 溺れ死ぬために逃げるのかとアヒムは言いたいのだろう。


 それでも、ミアがその問いの答えを持つわけではない。キメラの知能が高いとはいっても人間ほどではないのだから、人間ほど諦めもよくないのだとしか考えられない。


「うん……」


 それに、キメラの考えなど知ってもいいことはないと思えた。

 情が湧いたのでは仕事がしづらくなる。だから知りたくなかったのかもしれない。


「ミア、もう戻る?」


 エーディトが可愛らしく小首をかしげた。それにうなずいて返す。


「報告もあるし、戻るよ」


 チームリーダーであるミアには上官への報告義務がある。

 宿舎に戻る前に皆と別れて報告に向かう。上官のいるその区域はミアたちの宿舎のそばではないのだ。


 ミアたちのような末端の管理者は、キメラの収容施設とそう変わりのないコンクリートのアパートメントが宿舎である。けれど、上官たちは一戸建ての邸宅を与えられている。

 本土を知らないミアたちには例えようもないけれど、その住まいは十分立派に見えた。


 上官たちは島の外からやってきて、なんらかの成果を上げて昇進が決まればまた本土に戻る。その間に住むだけだ。

 上官は要するに研究者である。島で有用な何かを導き出せた時、この不自由な土地から開放されるらしい。



 いったん徒歩で戻った宿舎の手前には、別のチームのメンバーがちらほらといた。

 男子ばかりだ。女子は末端管理者の割合としては二割程度で、それでも女子の中で特に能力値が高いとされたミアがリーダーに決定した時、次いで優秀だったエーディトと組むことになった。女子が二人同じ班にいるのは珍しいことである。


 それだけでなく、エーディトは目立つ。花に虫が群がるように男子が常に視線を向ける。それがわかるからか、エーディトはミアの腕に自分の腕を絡ませ、柔らかい体を寄せてくる。


「ねぇ、先にシャワー浴びない? 一緒に行きましょうよ」


 必要以上に親しげに接してくるのは、ミアの方からはエーディトに絡んで行かないからか。


「共同でシャワー室使うのは禁止だって知ってるでしょ。大体、石鹸の匂いさせて報告に行ったら、バルツァー管理官にいいご身分だとか嫌味を言われる。エーディトは先にシャワーを浴びて休んでればいい」

「えー」


 拗ねた顔も可愛らしい。ミアにはない可愛らしさである。

 その腕をすり抜けて、それからミアはデニスやヤンにエーディトを託すように押しつけてから一人方向を変えた。


「ついていこうか?」


 そう言ったデニスにミアはポニーテールを揺らしてかぶりを振る。


「いい。一人で」


 ため息をついたデニスにも背を向け、ミアはそこから離れた。


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