第百十二話「くう! せめてオンリーワンが良かった!」
スケットン達三人がオルパス村に戻った頃には、空はすっかり昼間の色になっていた。
馬車用に整えられた道の脇ではそよそよと、黄色の花弁の花が風に吹かれて揺れている。
木漏れ日が途切れて見えてくる村の入り口には、そわそわとした様子でスケットン達の帰りを待つアルフライラの姿があった。
「おお、戻ったか! まったく、どこで道草を食っておったのだ。戻りが遅いから、心配したのじゃぞ!」
「そうか? そんなに遅かねぇだろう。っていうか、何かあったのかよ?」
「特に何かあったわけではないが、状況が状況じゃからの。それに妾はバルトロメオからベルガモットを託されておるのだ。心配して当たり前じゃろう?」
「託されたのは私なのだけど……」
腰に手を当て胸を張って言うアルフライラにベルガモットが苦笑する。
アルフライラは何やら意気込んでいるものの、実際に狙われているのはアルフライラの方である。
スケットン達からすれば、いくら結界が作用しているとは言え、こんな場所でうろちょろせずに大人しく待っていてくれた方が有難い。
けれど心配してくれていたというのは分かるので、スケットンも何も言わなかった。
「まぁ、渡すもんがあったからちょうど良いわ。ほらよ、アルフライラ」
「んん? 妾にプレゼントかえ? 好感度を上げるには贈り物が常套手段じゃの!」
「何の話だよ」
スケットンは半眼になりながら、手に持っていた絵画と、スノーベルの花の鉢植えをアルフライラに押しつけた。
それを見てアルフライラが驚いたように目を瞬く。
「これは……スノーベルか? この季節に珍しいな……それに、この絵は」
スノーベルを見て懐かしそうに微笑んだ顔が、次の瞬間、氷漬けにされたように固まる。
ぱくぱくと、小さく口が動いたあと、白い指先がそっと木製フレームを撫でた。
「……これは、どこで?」
「シャフリヤールの屋敷に、隠し部屋がな。絵はそれ一つだが、スノーベルの方は結構な量だったぞ」
「シャール……シャフリヤールのか。……そうか、あやつ……。……感謝する」
アルフライラは呟くようにそう言うと、スノーベルの鉢植えの方にその指を向けた。
すると、ふわり、と花と鉢植え全体を、青白い光が纏った。スノーベルの周りを冷やす魔法だ。元々スノーベルは寒い季節や場所に咲く花のため、通常の気温では萎れてしまう。
繊細で静かな魔法だった。
普段、ナナシの魔法を見慣れているスケットンにとっては、物珍しく感じられる。
「器用なもんだな」
「ふふん。妾を誰だと思うておる? 魔王様の四天王の一人、幻惑の貴婦人アルフライラじゃぞ!」
「自分で言うとあまり凄そうに聞こえないわよね」
「うむ、確かにな。ほらスケットン、よく覚えておきたまえ」
「俺様に振るな、すでに言われとるわ!」
ナナシに言われた事を思いだしてスケットンがじろりと二人を睨む。
ルーベンスもベルガモットも「ああ……」とやや残念そうな眼差しをスケットンに返した。
「妾まで馬鹿にされた気がするのだが」
「気のせいどころか、立派に馬鹿にされとるわ。ついでに俺様まで巻き添えだ、どうしてくれる」
「何じゃと!? くう! せめてオンリーワンが良かった!」
何が良いと言うのか。
悔しがるアルフライラを見てスケットンは大げさにため息を吐きながら「ところで」と村長宅の方に顔を向けた。
「シェヘラザードの方はどうだ?」
「うむ、大分良くなってきておるよ。明日になれば起き上がって動いても問題はなかろう」
「そうか! それは……何よりだ」
アルフライラの言葉にルーベンスが笑顔を浮かべる。
よほど心配していたのだろう、ルーベンスが安堵の息を漏らすと肩の力が抜けるのが見えた。
「間抜けな顔になってんぞ」
「間が抜けている顔なのは君だろう?」
良かったな、という気持ちのままに茶化すようにスケットンがそう言うと、ルーベンスのカウンターが返ってきた。
ぐぬぬ、とスケットンが唸ると、アルフライラがコロコロと笑う。
「うむ、うむ。とにかく、元気になったようで何よりじゃ。……それで、スケットン。話は変わるが、バルトロメオの処刑についてはいつ頃動くつもりじゃ?」
「ああ。遅くとも、明後日辺りには出発しようと思ってるぜ」
少し真面目な表情になったアルフライラに、スケットンはそう答えた。
本当なら直ぐに出発したいところだが、身体は万全ではないし、準備もある。
国が告知したバルトロメオの処刑日は十二日後。そして処刑場所は、オルパス村から真っ直ぐ進んで王都を通過した先にある、聖都モーントシュタインである。
少々遠いが、馬を走らせれば問題なく到着できる距離だ。
「しかしサウザンドスター教会の本拠地で処刑とは、ずいぶんと思い切りが良いもんだ」
「あなた対策じゃないかしら」
「あー……」
まぁそれもあるだろうとスケットン思いながら、ちらりとルーベンスの方を見た。
聖都モーントシュタインは言わずと知れたサウザンドスター教会の本拠地だ。
そして協会は聖水や聖剣など聖なる力を取り扱っている。
アンデッドであるスケットンや、魔族であるアルフライラ達は聖なる力に滅法弱い。
だからスケットン達対策としては上策――なのだが、それは魔族であるシャフリヤールにとっても同様の意味を持つ。
他人の事など言えないが、命知らずだなぁとスケットンは思った。
「……あとは多分、サウザンドスター教会の解体が始まっているのだろう」
少し考えた後、ルーベンスは付け加えるようにそう言った。
「なるほど。動きとしちゃ大分早ぇが……大本がシャフリヤールなら待ったもナシか」
スケットンの脳裏に、サウザンドスター教会の司祭の言葉が浮かぶ。
助けてくれと司祭は言った。そして助けると自分は承諾した。
ヒビ割れた魔力回復薬のおまけつきだ。
「まぁ、それならそれで、都合が良い」
「何がだ?」
「受けちまった依頼の分は、動かねぇとなって話さ」
そう言ってニィと笑ってみせると、スケットンは歩き出す。向かう先は村長宅だ。
スケットンに続いてルーベンス、ベルガモット、アルフライラの三人も歩き出した。
「しかし、実際問題どうするのじゃ? さすがに警備は厳重だと思うぞ」
「まぁそこは変装するしかねぇだろ。ルーベンス達は良いとして、俺様こんなんだしよ」
「変装……」
変装と聞いてベルガモットが微妙な顔になる。
その件でバルトロメオが処刑されかかっているので、仕方のない反応だろう。
案を聞いたルーベンスは「ふむ」と顎に手を当てて聞き返す。
「何に変装するつもりなんだ? 入りやすいのは騎士ではないかと思うが、さすがに二度目は警戒されている可能性が高いぞ」
「そうね……。事前に偵察は入れてみるけれど、危険だと私も思うわ」
ベルガモットも神妙な顔で頷いた。
今回の一件があれば騎士達の間にも『見ない顔』に対する警戒心は強くなるだろう。
その中に敢えて騎士の格好をして入って行くのは無謀だろうなとスケットンも思っている。
ならば何に変装するのか。
三人から向けられる疑問にスケットンは「ヘッ」と笑うと、
「騎士は騎士でも、教会騎士はどーよ?」
と、顔だけ後ろに向けて言う。
出てきた教会騎士の言葉に三人は目を丸くした。
「どうせ各地に散らばってんだろ。それが話を聞いて大慌てで戻って来たって、別におかしくねぇだろう?」
「確かに……そうだな。だが」
「何だよ?」
ルーベンスは一度言葉を区切り、言い辛そうに、
「似あわんな」
「うるせぇ!」
似合うか似合わないかの問題じゃねぇと怒るスケットン。
アルフライラとベルガモットは思わずと言った調子で噴き出した。