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骨勇者スケットンの受難  作者: 石動なつめ
第三章 魔王の器と傭兵の矜持
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第百四話「そんなもので怖気づくとお思いか」


 蛍光のような光の粒が、ホムンクルス達の体から立ち上り始める。

 何だ、とスケットンが空洞の目を細め警戒していると、その光は真っ直ぐにナナシに集まり始める。

 そして吸い込まれたその刹那、ナナシの身体が硬直した。


「ナナシ、どうし――――」

 

 スケットンが声を掛ける目の前で、ナナシは身体の力が抜けたように崩れ落ち、両手を地面につく。

 吃驚したスケットンが駆け寄り、顔を覗き込めば、彼女は青褪め苦悶の表情を浮かべていた。ぽたり、と噴き出した脂汗が顔を伝って床に落ちる。

 スケットンがナナシの肩を掴むと、目がそちらを向いた。ナナシはスケットンに何かを言おうと口を開いたが言葉にならず、代わりに苦痛に耐えるかのような呻き声が漏れる。

 明らかに異常な状態だ。何が起きたのかは分からないが、シャフリヤール達が何かをした(、、)のは分かった。


「てめぇ、ナナシに何をしやがった!」

「いやはや、人聞きが悪いですねぇ。この短い時間に、私が何かをするようなタイミングがありましたか?」


 そもそも、とシャフリヤールは目を細める。


「何かしたのはあなた方でしょう?」


 シャフリヤールは含みを持たせてそう言うと、今し方倒したばかりのホムンクルス達を「それですよ」と指差した。

 倒した事に何の意味があるのか――スケットン達が分からないでいると、シャフリヤールはその指を上に向け、にこりと冷笑を浮かべる。


「私は魔王様を蘇らせるために、たくさんのホムンクルスを創りました。ですが彼女(ナナシ)以外は全て失敗でした。その身体に魂が宿らなかったのですよ。何故だかわかりますか?」

「てめぇのやり方がクソみたいだったんだろ」

「知性の無い回答ですねぇ」


 スケットンが吐き捨てると、シャフリヤールは馬鹿にしたように肩をすくめる。すい、とそのまま見下すとその月のような目に異様な光が灯った。


「記憶ですよ」

「……記憶だと?」

「ええ。私はホムンクルス達を育てる初期の段階から、魔力に記憶を混ぜて植えつけていました。ですが、それがいけなかった。魔力と記憶を混成させた事で、その身に宿るはずであった魂が定着しなかったのです」


 ですので、とシャフリヤールは続ける。


「魂が宿らなかっただけで、それには記憶はたっぷり、詰まっておりますとも」

「――――てめぇ」


 その言葉でナナシの身体に何が起こっているのかを理解した。

 つまり魔剣を回収した時と同じだ。魔剣に込められた戦いの記憶――魔王に関する記憶を植え付けられていた時と同じ事を、ホムンクルス達で行ったのである。

 だがその量は比べものにならない。魔剣よりも遥かに多い量の記憶が、今、ナナシに流れ込んでいるのだ。


「……まさか、あんた最初からそれが狙いだったの……!?」

「失敗作でも有効活用しなければ勿体ないでしょう?」

「いい加減にしなさいよ! どれだけ他人を利用したら気が済むの!?」


 さらりと答えたシャフリヤールにシェヘラザードが怒気を発する。その言葉に、さもおかしいと言わんばかりにフランデレンがクスクス笑う。


「あらあら、他人ではありませんわよ? だってどれもこれも皆、主様のものなんですもの。家族、とも言うでしょうか?」

「そのような扱いをして家族も何もないだろう! そもそも、ナナシはもの(、、)ではない!」


 ルーベンスも憤慨した様子で怒鳴る。


――――その時、掠れた声が、ナナシの口から漏れた。


「じょう、だんじゃ、ありませんよ……」


 会話の間――途切れた僅かな一瞬に、ナナシの声は静かに響く。

 ナナシは顔を上げ、その血のような赤い目を真っ直ぐにシャフリヤールに向けた。

 ヒュウヒュウ、と苦しげに呼吸をしながら、ナナシは腹に力を籠め、言葉を発する。


「そんなもので怖気づくとお思いか」

「何?」


 怪訝そうに聞き返すシャフリヤールに、ナナシは口の端を上げた。

 そして視線を逸らさずにスケットンに話しかける。 


「スケットンさん、トビアスさんが先です」

「だが、お前……」

「私が仮にそう(、、)なっても、私は勇者ですから当たり前に強い(、、、、、、、)ですよ」


 そして自信たっぷりにそう言った。スケットンは一瞬、虚を突かれたように空洞の目を丸くする。


「ですがトビアスさんはそうじゃない。完全に乗っ取られても私達ならば倒せます。倒さざるを得ません」


 断言するナナシにティエリの顔色が悪くなる。

 だがナナシは構わず「だから」と言葉を続けた。


「トビアスさんが先です。まだ間に合う」

「…………」

「どうなっても、私は簡単に死にやしません。まぁ、それで、スケットンさん達と戦う事になっても私が勝ちますが」


 苦しいだろう、だが、ナナシは晴れやかに笑う。

 迷うなと、いいからさっさとやれと、丁寧な言葉の裏で彼女は言い放つ。スケットンを挑発するように。


(こいつ、いい度胸してるわ)


 スケットンは心の中でそう呟いた。状況は悪い、だが、こうまで言われて尻込みしているような情けない真似はできない。

 だからスケットンも同じように、ニヤッと笑って見せた。


「……ヘッ。返り討ちにしてやるよ」

「はい」


 ナナシが頷くと、スケットンは立ち上がった。

 それからルーベンスに向かって「そいつ見といてやってくれ」と言うと、床を蹴り、シャフリヤール達に向かっていく。

 ティエリとシェヘラザードもスケットンを援護するために魔法の詠唱を開始した。


 ――――ガロは、ちらり、とナナシを見下ろす。


「……ああ、やっぱりあんたで良かったわ」


 そしてぽつりと聞き取れないくらいに小さな声で呟くと、その後に続いた。

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