第九十九話「ずいぶんと御大層だな。中に大事なモンでもあるのか?」
壁の灯りが廊下を照らす。
長い影を伸ばしながら歩いていると、
「罠って、バスルームって……」
などと、ガロはひいひい笑っていた。
スケットンはガロをじろりと睨んで、不機嫌そうに骨の顔を顰める。
「腹立つ」
「だって罠って、バスルームって」
「二度も言うんじゃねぇ」
「だって、勇者スケットン様がさぁ」
よほどツボに入ったのだろう、笑いに震える声でガロは言う。
不機嫌になっていくスケットンに、ナナシが見兼ねて「まぁまぁ」と間に入る。
自然に間に立ったナナシを見て、慣れたものだとティエリは感心して頷いていた。
「ガロさんがいた頃は、あの一方通行罠はなかったんですか? 気付いていませんでしたよね」
「あー、うん。なかったなぁ。あっても気付かへんかったかもしれんけど」
「ケッ役に立たねぇ知識だな!」
すっかりへそを曲げたスケットンがそう悪態を吐くとガロは鼻で笑う。
「罠に引っ掛かる勇者サマに言われたないですけどぉー」
「ああん?」
「まぁまぁまぁ」
「どっちもどっちじゃありませんこと?」
宥めるナナシの横でティエリがそう言うと、ナナシは「それは確かに」と頷いた。
「しかしあの罠、ただお風呂に早く入りたいってだけで設置したものじゃないと思うんですよね」
「ああ。まぁ、罠ってのは基本的に意味があるものだからなぁ」
スケットンは腕を組み、ナナシの言葉に同意する。
無意味に設置される罠もあるにはあるが、大体の罠はそこに仕掛けられた意味があるものだ。
だからこそ、ただ急いで風呂に入りたいだけで設置されたものではない――とスケットンは信じたい。
「そう言えばスケットンさん、壁に思い切りぶつかったんでしたっけ?」
「……そうだよ」
「その時に魔法の反応を感じたんですよね」
「魔法?」
「ええ。ちょうどスケットンさんが怒鳴ったあたりで」
ナナシは頷き、だからスケットンがいる位置の特定が容易であったと話す。
魔法の反応があったのなら何かが起こった可能性がある。
だがスケットンが察知できる範囲ではそれはなかったはずだ。
スケットンは怪訝そうに首を傾げた。
「俺様の周囲では変化はなかったとなると、壁の向こう側か」
「その可能性が高いですね。……行ってみます?」
「まぁ魔法っつーと、シェヘラザードの可能性もあるからなぁ」
壁にぶつかった直後に魔法の反応という辺りが聊か奇妙ではあったが、とりあえずスケットンがそう言うとナナシたちは頷いた。
全員の意見が一致したのでスケットン達は魔法の反応があった場所へ向かう事にする。
頭に屋敷地下の見取り図が入っているガロに案内され、スケットンたちはそちら――方角で言うと東に向かって足を進めた。
ちなみに歩いている間は罠に遭遇する事はなかった。
ここまで進んで当ったのは入り口の移動魔法罠と、先ほどの一方通行罠だけ。
罠なんて引っ掛からない方が良いに越した事はないが、スケットンは少々拍子抜けだった。
そうしてしばし進むと、やがて一行の前に大きな両開きの扉が見えてくる。
ご丁寧にやたらと頑丈そうな鍵が三つ。その上さらに魔法で施錠されているという厳重っぷり。
これはさすがに何かあるな、とスケットンは思った。
「ずいぶんと御大層だな。中に大事なモンでもあるのか?」
「あー……大事と言えば大事やなぁ」
「あん?」
ガロの言葉に、スケットンは顔だけそちらを向いて聞き返す。
するとガロは扉を指差して、
「いや、入口の移動先がここやねん」
と言った。
どうやら移動魔法罠の移動先はここらしい。
スケットンは扉の方へ顔を戻し「へぇ」と軽く頷いた。
「つまり大事っつーか、生かして返さない的なアレか。そりゃここまで厳重にするわなぁ」
「殺意がとても高いですねぇ」
「発動する前に壊して良かったですわね!」
それぞれがそんな話をしていると。
『もー! 立て続けに何なのー!?』
と、扉の向こうから甲高い声が聞こえてきた。
スケットンには聞き覚えがあった。
シェヘラザードだ。
『ルーベンス、まだここ開かない!?』
『もう少しだ!』
続けてルーベンスの声も聞こえてくる。
スケットンはナナシと顔を見合わせた。
どうやら扉の中に二人がいるらしい。しかも会話や声の様子からして、状況は良くないものだ。
スケットンはやや急いだ動作で魔剣【竜殺し】を抜くと、扉の向こうにいるであろう二人に向かって怒鳴る。
「ルーベンス!!」
『!? スケットンか!?』
「どいてろ!!」
事情も説明も何一つ挟まず、スケットンは短くそう言うと。
魔剣を両開きの扉の隙間に乱暴に突き刺すと、そこから下へと一気に叩き斬る。
鍵の存在も、施錠の魔法も何一つ、それを阻む事は出来ず、鍵は床にゴトリと落ちた。
「お見事。便利ですねぇ」
「無効化じゃなけりゃあ、こんなもんよ」
ナナシに褒められてスケットンは得意げにフンと鼻を鳴らす。
対照的にガロはやや呆れた声で、
「おたくら絶対、迷宮系を攻略したらあかん奴らや」
と言った。
だがスケットンはそれに構わず、扉を足で勢いよく蹴り飛ばす。
開かれた扉の先では目を丸くしたシェヘラザードとルーベンス、そして二人と相対する双頭の巨大な魔物――ケルベロスの姿があった。
だが普通のケルベロスとは違う。その巨大な体はまるでゾンビのように腐敗が目立ち、一部など骨が見えていた。
そのせいか部屋の中には酷い臭いが充満していた。
アンデッドであるスケットンやガロには嗅覚はないので分からないが、ナナシとティエリは顔を顰めている。
「スケットン、ナナシ! やだー! 来てくれたのー!?」
そんな中、シェヘラザードが半泣きでスケットンとナナシに飛びついた。
疲労の色が濃い顔をしているが、大きな怪我などはないようで、スケットンは少し安堵する。
というか、それ以上にナナシと一緒にぎゅうぎゅう抱き着かれて、気恥ずかしい。
「オイコラ、魔剣ささるぞ」
「やだ!」
スケットンがそう言うとシェヘラザードはバッと手を放す。
それから「えへへ」と嬉しそうに笑った。
「ね! ね! ルーベンス、やっぱり来てくれたわよ!」
「ああ、そうだな。助かったよ、スケットン、ナナシ。それにティエリと……誰だ?」
ルーベンスはそれぞれに礼を言い、途中で見覚えのないガロに首を傾げた。
ガロは「ど~も~」なんて軽い調子で片手を振っている。
「まぁこいつの事はどうでも良いから後だ後」
「ひどない?」
「うっせ。てめぇよりあっちの方がやべぇだろ」
そう言うとスケットンはケルベロスを指差した。
腐敗した身体のケルベロスはスケットンたちを見て、今にも飛び掛かりそうな様子で牙を剥き出し、唸っていた。