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四日目~眠り~

―昼休み・1F―



授業が終わり、それぞれが待ち望んだつかの間の開放にざわつき始める時間。

結城は教師が居ないことを確認してから制服のポケットにある携帯を取り出して

新しくメールが届いていないかを確認する。



一番上の未整理のファイルにメールマガジンが入っていた。

それが今朝の一ノ瀬からのメールを読んだ瞬間から胸にうっすらと漂う不安を晴らす訳もなく、

結城はため息を吐きながら携帯を折りたたみ制服のポケットに戻した。



(今日の朝のメール、夢のことで話があるって、絶対何かあったってことじゃん

まぁ、悪いこととは限らないんだけど……)



もしかしたらそれが、全員の無実を証明することなのかもしれない。

そうであって欲しいとは祈っているが、

普段通りのはずの文面のそっけなさがどこかに潜む不穏を増幅させていた気がした。



(はぁ……考えすぎ、だと良いけど。)

「結城、行けるか?」


隣に人の気配を感じてそちらを見る、海部が自分の鞄を左肩にかけて相変わらず笑顔を作ることもなくこちらを見ていた。

普段から彼女の身支度は早いのだが、今は焦っているような雰囲気を見せる。


「あ、ちょい待ち」


そう軽く返して、机の横にかけておいたリュックをそのまま手に持って立ち上がり右肩にかける。

以前は弁当箱の入った手提げとリュックとをわけて持っていっていたのだが、

いちいちわけるのが面倒になってからこうしていた。


海部はそれを見届けると落ち着かないのかスタスタと歩きその場から塚本の席に近づく。

結城も鞄を軽く背負いなおしてから塚本の座席に向かう。



塚本はあれから、どこがとは言い切れないが何かしらの不調を抱えているように見えて、

部員、特に同じクラスの二人は見ていて心臓に悪かった。

本人曰く、特に何事も無いと言い張っているのだが、それは無理無茶以外の何物にも見えなかった。



「寝不足か?」

「そういうわけじゃないんだけど……なんか寝たりなくて

 授業が受けられないってわけじゃないんだけど、気だるい感じっていうか」

「おいおい……」



海部は少しぼんやりとしている塚本に声をかけている、軽く笑ってはいるものの声音には心配だという思いがはっきりと出ている。

いつもどこか態度に本音がはっきりと漏れてしまっている、

感情がわかりやすくて結城的には助かっているが、そのまま欠点にもなる部分だろうとも思っていた。



「先に帰ったら?またいつかみたいやろうとしたみたいにメモ取るし。」

「体調が悪いときに聞く話でもないだろ。」

「大丈夫だって!」



海部は既に悪い話だと思い込んでいるのか、塚本にそう勧めるが、相手は声を荒げて返す

予想していなかった反応に思わず二人がたじろいでいる隙に、塚本は立ち上がり、前に進んだ……瞬間。



「「塚本!?」」



突然その身体は、斜めに傾いた。










「失礼します」




右肩に塚本のリュックを持った海部が言いながら保健室に入っていく。

先にそこへ先生を呼びに行ったクラスメイトから誰も居ないと聞いてはいたものの

先客が居ては悪いと思いながらなるべく音を立てずに扉を開き、部屋の様子を見る。



目の前の机に体温計と体調不良を印すための用紙だけが広がっているだけで、人の気配は無い。



後から結城が続いて入る、少し前傾姿勢の彼女の背中では塚本が眠っていた。

無理矢理足だけで靴を脱いだ結城が彼女の身体を抱えなおすと同時に身体が揺れる。

このような僅かな刺激に一応反応があるものの、完全に意識を取り戻すことは無い。



「誰も居ないな」

「うん、多分、どっかで生徒と話してるんだと思うけど……」



わかってはいたものの、二人の心は教室に居た時とは別の不安に覆われる。

結城の声を聞きながら海部が少し鈍い動作で奥に入ってベットの方を見る、

先客が居ることを示すベットのカーテンはかかっていない。



「ベット空いてる、寝かせてもらうか。」



結城が頷くのをみると、肩に下げた塚本のリュックを足元におろして

ベットの上に畳まれている毛布を足の方に広げた。

その間に海部の反対側に結城は進み、屈んで塚本の足を一度地面につける。


「海部さん、ちょっと……」

「あ、あぁ」


声をかけられて気づいた海部がベットに飛び乗り反対側に移動すると塚本の身体を二人で支え、

力の入っていない身体を動かすのに苦戦しながらどうにかベットに彼女を寝かせた。


寝顔は穏やかで、苦しんでいる様子は見受けられない。

海部はその様子を見たまま口を開く。



「先生が来るまで私が待っている、事情を説明したい、お前は先に部活に行け」

「話はどうするの?」

「どうにでもなる……それよりも、お前がいたほうが、悠斗の都合が良いだろ」



「結城が居たほうが」というよりも「自分が居ない方がいい」という風な言い方にため息を吐く、

彼女の自虐的な物言いには慣れたものの、もっと気楽で居れば良いのに。とも思う。



「はいはい……、じゃあまた後でね」

「あぁ」


言ったところで通じないだろうと、それだけ返すと海部は塚本のほうに視線を移した。

がらん、と保健室の扉が閉まる音が聞こえる。


(あ、昼飯どうしよう……ここで食っていいもんなのか?)


目の前の相手の呼吸音だけが聞こえる教室で、自分の足元にある荷物をじっと見ながら考える。

後で合流するにしても、深刻な話をしている場で食事をする訳にもいかない。


(…まぁ、いいよな?前保健室で寝てたときはそこの机で飯食ってる女子居たし

 さっさと食っちまえばバレねぇだろ……多分)


人の来る気配は無い。

今がチャンスとばかりに荷物を持って入り口側の机に包みを置いて弁当箱を広げる。

二段式の弁当の上段にはいくつかの冷凍食品と思わしきおかずに

玉子焼き、そしてマカロニサラダが入っている。

見慣れた量のはずのソレは、何故か全て食べきれるような気がしなかった。


(……大丈夫、友達が倒れたんだ、少しくらい残してても大丈夫だろ)


誰にともつかない言い訳をしながら、ゆっくりとおかずを口に入れて租借する。

普段は気にならない市販の濃い調味料は、飢えの収まった彼女には鬱陶しい感覚でしかなかった。


それを飲み込むが、これは本当に半分を食べきったところで限界かもしれない。

そう思いながらも、とりあえず家族の作ったものだけは食べようと

おかずを少量かじりサラダを多く口に入れた。



と、視界の端、何かが動いているような気がして咄嗟にベットに視線を動かす。

塚本がうなされているかのように言葉にならない声を上げていた。


弁当箱をその場所に放置して、ベットの傍に海部は駆け寄る。


「塚本!気がついたのか?塚本!」

「う……ん?」


身体を強く揺すると、意識を取り戻したのかその目がゆっくりと開く。

海部は安堵で大きく息を吐くと身体をつかんでいた手を離して、傍にあった丸椅子に座る。


「かいふ、さん?ここ?」

「保健室だ、お前教室で気失って、覚えてるか?」


思わず早口で海部は尋ねた。塚本は状況を理解しようと黙ったまま返事をしない。


「部室は?」

「部室……?えっと、悠斗が話があるってことなら先に済ますように私が……」


海部なりに推測して勝手に進めてしまったことを謝るように返すが、塚本は首を横に振る。


「違う、そうじゃなくて、私が気を失ったって思ったら、何時の間にか部室に居て……」

「部室?」


塚本の言葉に海部は首をかしげる。

彼女の言っているような言葉はまったく自分の心当たりには無いことだ。


相手は続きを言いかけて再び考え出した。

その様子に海部は、自分一人が遠くに取り残されたように思った。


「そっか、まだ海部さんたちには……」

「私がどうかしたのか?」

「ううん、なんでもない」


自分の名前を出された上に途中で話を切られてしまったことに、これ以上の無いもやもやが襲う。

しかし、今追求しても答えを出してくれるようには思えない。


(宮内とかなら、ここからもっと上手く聞きだせるんだろうけどな……)


自分の力の無さが突然こみ上げて、塚本から目線を逸らすとガラリと扉の開く音がした。

そのまま視線を扉に向けると、保健室の先生が慌てた様子で室内に入ってきていた


海部はその時点で放置していた弁当箱の存在に気がついて慌てて蓋を閉めて鞄に突っ込む。


「あら、えっと……二年の海部さん?」

「あ、はい、どうも……」


海部も何度か体調を壊して世話になったこともあり顔を覚えられていた。

軽く頭を下げてベットの方をちらりと見た後、先生の顔を見て状況を説明する。



「とりあえず、保護者の方に連絡して迎えに来てもらうわ」

「わかりました、ありがとうございます。」



海部は頭を下げてから荷物を抱えて塚本の方に近づく。

塚本は話が終わるを待つのが退屈だったのか再びどこかぼんやりとしていた。


「どうする?私がそばにいたほうがいいよな?」

「大丈夫、迎えに来てもらうならそれまでは寝てるから」

「そう、か」


元の調子を取り戻したような声に、海部は一旦安心する。

これなら部員を安心させられる報告が出来るだろう。


「……なんかあったら頼れよ、皆お前のこと心配してるんだからな」

「うん……」


軽くぽんぽんと頭を撫でた後少し名残惜しいが部室に向かうことに決める。

まだ結城たちが残っているならこのことを伝えなければならないし

なにより自分も、一ノ瀬の言っていた話を聞く必要がある。


「じゃあ、またな、しばらくはゆっくり身体休めろよ」

「ありがとう、そうする」


塚本が毛布をつかむのと同時に、海部は後ろを向く

その瞬間、彼女が何かを言ったのが聞こえたが聞き直すよりも先に足が動いてしまった。


「それじゃあ、先生勝手に使ってすいませんでした」

「いや、こっちもちゃんと診れなくてごめんね」


いえ、そう言いながら保健室の扉を開いて部室に向かう。

ぼんやりと先ほど聞こえた言葉の真意がどこにあるのか考えながら……





『楽しみに、しててね?』




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