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三日目~虚ろな闇~


人の気配も、車の通る音もしない、夜の街。

街頭や家の明かりがちらほらと点いており、全く視界が利かないというわけではないが

それでもその暗黒は人間の五感を鈍らせ、不安を煽る。


学校近くの公園、その出入り口であるコンクリートで出来た手すりのついた階段。

そこで鳴滝は右手に槍の刃を下に向けて持ち、不安げな表情で周囲をきょろきょろと見渡した



二日程前のこと、結城と宮内、そしてその二人と直接会ったわけではないが一ノ瀬が“夢”を見ていたと聞いた。

自分がかつて利用したように、望んだ人間が確かに居るはずだ……



(でも、あれは偶然だって、誰かが悪いんじゃないんだって……)



嘘をついている人間が居るのだろうか?

そう頭に過ぎるが余りそう思いたくない、もう誰かを貶めるような考え方をしたくなかった。



(……でも、それ以外に理由はあるのかな……二回も偶然は重なるのかな?

 全くありえないって言ったら違うと思うけど……なんだろう……)



まだ、誰かが日常に些細な不満を持っているのだろうか、つまらない、退屈だと思っているのだろうか

それとも、もっと大きな感情が誰かの心中で渦巻いているのか

今の彼の手元には、判断する材料は無かった。




(そうだ、みんなを探そう、誰かが何かわかったかもしれない……

それにこんな暗いところで一人は……少し……)



もう暫くここで一人考え込むつもりであったが、急に暗闇に対して自分が無防備に思えて

情報が欲しいということ、そしてほんの少しの心細さとで、馴染んだ顔を探そうと足を進める。



目の前の横断歩道を機能していない信号機を少しだけ気にしながら、

通ることなどない車を念のため確認しながら渡り、学校の側へと進んでいく。



渡りきった所から、道路の道を通っている線路を何気なく見つめる。

電車も勿論動いていない、普段は騒々しいと思っていた音でも、無くなると途端に不安に思う自分を不思議に思う。



その先の、丁度線路の手前側から始まる短いながらも急な角度である坂道を下ろうと道を見下ろした、瞬間

坂道の終着点、丁度街頭のある所に誰かが立っているのが見える。



「待って!僕だよ!鳴滝京だよ!」


彼は呼びかけるが、影は一瞬だけ彼に見えるように動くと、右手に……学校側に向かって消えてしまう。



「何で…ねぇ!僕だよ!わからないの?」



焦って呼び止めながら影の後を追いかけ、線路の真下に入るとその上から先ほどとは別の、赤い光を二つ灯した影が彼の前に立ちはだかる。

後方の街頭に輪郭が照らされてようやくその輪郭が見えた。

……虎のような黒い体毛の獣が、二匹。



「うぅ、やっぱり戦うことにはなる……よね……?」



右手の槍の刃を向けながら二匹の動きに目を凝らす、が背後で物音を感じて振り返った。

後方にも二匹、同じ姿の獣が彼を睨みながらゆっくりと近づいている。



身体を横に向けて、左右交互に獣の様子を伺おうと試みる

が、彼がそこまで冷静になっている訳もなくただゆっくりと近づいてくるということだけしか認識できない



(追いかけたい……でも、追いつかれるかも……)



迷う間に、獣は完全に狙いを定めて跳びかかろうと体を丸めた。



「う、うわああああああああ!」


混乱を払うため、自身を奮い立たせるために叫びながら、

先ほど自分が向いていた方向にいた獣の額に、深く刃を突き立てる。

貫かれた獣は、断末魔と共に闇に消えた。



仲間を消されたからか、目の前の標的の意識が一方向に集中したからか、

その隣に居た獣が地を蹴って跳びあがる。



一瞬だけその姿を見た鳴滝は前のめりになってそれをどうにかかわす、

手から一瞬離れそうになってしまった槍をどうにか自身に引き寄せて、両手で柄を握り締める。



「こ、これで一方向に……!」



獣は目の前に三匹、鳴滝は安堵で思わず状況を口に零す。

三匹は彼を威嚇するように睨み付けて再び間合いを計りながら唸る。


「僕だって、戦える」



言い聞かせるように呟き、より強くギュッと柄を握り締め

先ほど飛び掛ってきた一匹の額を縦に切り裂こうとする。



獣は咄嗟に後ろに跳ぶ、そのため刃の先は表面の皮だけを薄く裂くに留まる。

ポタリ、と黒い雫が獣の顔を伝って地に落ちて消えた。



「そこ!!」



その図体の大きさからか、着地から次の動作に移る時間が長く彼はその間に槍を突き刺す。

敵の身体が消え、槍を素早く引いて残りの獣に視線をやると

既に二匹は鳴滝に向かって襲い掛かってくる瞬間であった。



切り払うという発想が思い浮かばずに、右手にいた一匹の胴を切り裂くが

左側から迫る爪を避けられずに肩から胸を切り裂かれる。



「くうぅ……ふっ……」



衝撃でよろめいたのが幸いか、無理矢理そのまま食いつこうとした獣を振り払えることができた。

そのまま、地面に不恰好に足をついたそれに対して鳴滝は横から頭を貫き、消し去る。



「はぁ……はぁ……くっ……」



戦いが終わって気が抜けた事と、肩の痛みに耐えかねた事で、鳴滝はその場に座り込む。

完全に静けさの戻った世界で、彼の呼吸だけが聞こえる。



流れる血は獣のソレとは違い地に落ちてもなお辺りを染め上げる。


(こんなに痛いんだ……それなのに、僕は…)



今まで自身が操っていた側である獣の一撃の重さと、過去の自分の行いの重さがのしかかる。

手を染めずに与えようとしていた痛み、その手段の汚さ。



(僕は……許されてもよかったのかな、宮内も海部さんも、これだけ抱えてるのかな

僕は……どうしたらいいのかな……)



心と身体に嫌でも突き刺さる、罪の意識。

だが彼の意識に、先ほど見た影が浮かぶ。



(あれは誰だったんだろう、それを……それを確かめないと、僕は

それが、それが何かに、何かの足し?償い?ソレになればいいな)



ゆっくりと起き上がる、もう影は思う場所に居ないかもしれない、それでも彼は行かなければならない気がした。

それにここで努力をしなければ、いつまでも何も変わらない

そんな風に、一ノ瀬や結城なら思うような気がした。



左肩の痛みをこらえて、線路の下から出ると角を右に曲がる。

すぐに、学校の敷地であるテニスコートのフェンスとそれにかかる緑のネットが見えた。



(学校に、居てほしいけど)



ゆっくりとテニスコートの脇を歩く、道は僅かな街頭が照らす以外の明かりは無い。

せいぜい3メートル先が見えてやっとだろうか。



(何か居るかな、さっきみたいなことになったら、僕は……)



その暗闇と、先ほどのようにフェンスを突き破って何かが襲い掛かってくる恐怖に耐えながら進んでいく。



どこか、何時までも続くような錯覚さえ感じられる暗闇を歩き

学校の正門の正面の道路に出ると、前方から誰かの足音が聞こえた。



(さっきの……影?)



驚いて脇で柄を挟み右手で刃の先を音に向けて、いつ襲われても良いように身構える。

先ほどまで逃げていた影が、弱った自分にとどめを刺しに来たのだろうか?



「誰?」

「誰だ!」


同時に暗闇を挟んで声を発した、その正体に聞き覚えのあった鳴滝は槍を下ろして数歩近づく。




「悠斗!良かった……」

「京くん!?どうしたんだよその怪我…っ…!」



暗闇から出てきたのは、一ノ瀬。

頼りになる仲間が来てくれた、と安堵したが声をかけた彼の動きもどこか不自然だ。

一瞬右腕を庇うような動作を見せた相手に、鳴滝も心配そうに言う。


「悠斗……?」

「俺、さっき戦ってたら影を見かけたんだ。で、話しかけようとしたら攻撃されちまって……

 どうにか直撃だけは避けたけどな」



いつものような笑顔、何も無いようで、誰よりも何かを抱えている笑顔。

それに胸がチクリと痛みながらも、鳴滝は自身の怪我について言う。



「僕も影は見たよ、だけど僕は攻撃はされなかった。

 声をかけたのにどこかに行こうとしてて、そのまま獣に襲われて、それで」

「そうか、京くんもがんばってたんだな。」

「僕は……そんな」



否定しようとする鳴滝を制止するように、一ノ瀬は首を横に振る。



「ま、とりあえず今は影だ……相手もそこで待ってるっぽいしな。

 手負いでも、二人居れば何とかなるだろ。」



一ノ瀬が言いながら正門の方を見るのに、鳴滝もその視線の後を追う。

明かりの点いていない街頭が一つ、その下に何かの人らしき輪郭がうっすらと見える。



「悠斗、あんまり、一人で」

「わかってる、京くんもあんまり無理すんなよ」


その言葉に安堵しながらも、結局は自分が足を引っ張ってしまうのではないかという不安に駆られながら顔を伏せた



「怪我、大丈夫か?」



彼の言葉に慌てて顔を上げて、鳴滝は頷いて歩き出す。

一ノ瀬は決して急かすことなく、彼の隣を歩いた。








街頭の下……丁度、体育館の前に当たるその場所に二人がたどり着く。

ゆっくりと一ノ瀬は痛みをこらえながら両腕の鉄甲を胸の前に構え

鳴滝も右腕全体で柄を支えるように槍を向ける。



「……ようやく捕まえたぜ、さっさとその真っ黒な仮面はがしやがれ」

「もう、仲を裂くようなことはさせない」



二人の言葉を待っていたかのように、街頭は光を取り戻してその影の姿を映した。



「大丈夫だよ、仲を裂くなんてそんなこと、望んでないから。」



その言葉と同時に向けられたのは……二つの、銃口。

そして、目に光の宿っていない“彼女”の姿。



「塚…本?」



鳴滝は一瞬右手の力が緩みかけて武器が落ちそうになるのを、どうにか再び強く握り締めることで止める。

一ノ瀬は両腕を構えたまま小さく舌打ちをし、次の言葉を捜す。



「あの妙な狐の術、には見えねぇな。」

「違うよ、って言っても信じたくないかもしれないだろうけど

 でもね、私がコレを望んだのは事実だから。」



にこりと笑う笑顔は、普段となんら変わり無いように見える

しかし、その奥に見える何らかの異常を二人は感じ取っていた。



「どうして、どうして!」

「私だってね、皆が思うほど弱くないのに、それなのに皆わかってくれないから

 だから、少しお願いしただけ、皆に見せ付けるために。」



そういって塚本は右手の引き金を引く、が全くの無音だった。

不発?と二人の脳裏に過ぎった瞬間、一ノ瀬が声を上げる。



彼の腹部から、赤い液体が流れ出していた。



「グッ…なっ…んだよ…これ……!」

「凄いよね、完全に発射音の消えた銃って。

 獣なんか“まるで消えたみたいに”倒せるし。」

「じゃ、じゃあ結城と宮内が言ってたのって!」



鳴滝が心の中の驚きを隠さないままに叫ぶと、塚本は最大限の笑顔になって返す。



「大正解。最初に二人を驚かせてあげようと思ったんだけどね?

 まぁ、ちょっと頑張りすぎちゃって二人から見れるところでは撃たなかったのは失敗だったなー」

「じゃあ、その武器無くなっちまえば一緒だろ……?」



笑顔を浮かべながらも一ノ瀬も余裕が無いのだろう、距離を詰めるために走り出す。

鳴滝もその跡に続き、どうにか武器だけでも奪おうと槍を突き出そうとする。



「次は皆を驚かせてあげたいから……今日はおしまい、ごめんね?」



そう言って、その虚ろな目で二人を捕らえるとその両手の引き金を引き。

無音の銃撃を二人に撃ち込んだのだった……





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